35.天を貫く3
早朝、まだ日が昇らないうちにネリーの工場を出る。
シルケント自然歴史公園までネリーの知り合いに送ってもらい、そこから件の建物を目指す。
やはり見えない。
日が昇り始めても、棒状の建物を国樹は視認出来なかった。
グーシーは「なんらかの偽装が施されている」と言っていた。
レーダーで捉えにくいステルス技術のことは、知識としてある。
肉眼で捉えづらいとなれば光学迷彩を思い浮かべるが、そんな技術今この世界に存在するはずもない。
謎の建造物に再びたどり着くと、日は完全に昇っていた。
崩れた箇所を今一度確認し、国樹は息を吐き出した。
「ゼス、覚悟出来てんだろうな」
「出来てるよ」
ゼスは意気軒高、若さをたっぷりと滲ませ胸を張る。
「タガロはどうさ?」
出来てねーよ、というのが本音だが言えるわけもない。
「やるぞ、一日で片づける」
そう宣言して、二人は謎の建造物へと潜り込んだ。
ゼスを先に行かせ、国樹も続く。
梯子は等間隔だ、距離は測りやすい。
中は意外にしっかりとした造りで、試しに足をかけてみたが梯子が軋む音もしない。
しかし妙だ。
建物の存在自体妙だが、どこか違和感を覚える。
それがなんなのか分からないまま、国樹はヘルメットのライトを点け、ゼスと共に昇り始めた。
昇り始めて六時間、国樹の体力に限界が訪れた。
安全帯に繋げたフックを梯子に引っ掛け、上半身の体重を解放する。
休みながら昇っていたが、いくらなんでも過酷過ぎる。こんなトレーニング、アスリートでもやらないだろう。高度も相当稼いだはずだ。息苦しいのはそのせいか。
「タガロ、大丈夫?」
「どうだろ、外が見えないのが辛いかな」
景色が見えたら怖気づくかもしれないが、いくらなんでも単調過ぎる。
時計は正午近くを指示していた。
違和感の正体は掴めた。
内部に虫の一匹もいやしないことだ。
なぜだか、蜘蛛の巣も存在しない。
人も虫もコウモリも、ここを見つけることなく迷いこむこともない?
そんな馬鹿な、不自然過ぎる。
「これ誰か使ってるな、たぶん」
「今もってこと?」
「たぶんだけどな。とすると、諦めるわけにもいかん。けど身体が持たない」
壁に頭を預け、国樹は脱力しきっていた。
「他の天使が使ってるとか?」
「ご兄弟かね、他にもいるのか?」
見上げると、ゼスは考え込む素振りをしていた。他の天使とかは正直分からない。今この少年に関して言及するなら、とんでもない体力の持ち主ってことだ。というより、飽きはともかくそもそも疲れを知らないのだろう。
「他に来てるって話、聞いたことないんだよなあ」
「お前はそもそもなんで来たんだ」
「だから、前にも言ったけど好きで来たんじゃないんだよ。寝相が悪かったのかもしんないし、忘れ物取りに来たのかもしんない」
ほんと、いい加減な奴だ。
しかしどうする……じき3000メートル稼いでしまう。大体標高2400メートル辺りから、高山病の症状は出るらしい。この建物は恐らく標高1000メートルに建っている。合計すると、4000メートルというリミットはすぐそこだ。
「僕は平気だよ」
「だろうな、問題は俺だ」
「今度にする?」
「冗談、今日片づける」
仕方ないもう少しだけ。引き際は間違えずにと言い聞かせ、二人はまた昇り始めた。
一時間もしないうち、国樹の体力がこと切れた。
「ゼス、正直すまんかった。もうダメだ」
これは弱音ではない。恐らく高山病の症状が出始めている。呼吸は荒いし頭痛、吐き気が出てきた。まともに喋るのも辛い。
「あ、うん。じゃあ少し上になにか見えるから、そこまで行って休もう」
……先に言えよ。そんな怒りを言葉にすることなく、国樹はそのなにかを目指し昇らざるを得なかった。
ほんの50メートルほどだ、国樹には暗くて見えなかったが確かにあった。天井があり、穴が開いている。梯子はそこで終わっていた。昇りきると床があり螺旋階段が上へと続いている。
それがなんなのかは正直どうでもよかった。国樹はすぐに高山病対策の薬を飲み、身体を休ませた。頭痛と吐き気は直治まるだろう。問題は呼吸だ。これが戻らないなら、どうなっていようと下りるしかない。
「大丈夫?」
覗き込んでくるゼスは、少し不安そうで背中までさすってくれる。弱々しく片手を挙げ、それから階段に向けて振る。
「悪いがひとりで行ってこい。えーっと、あんま遠くまで行くな。なんかあったら教えてくれ」
「分かったよ……」
ゼスはしょんぼりとしていたが、それでもしっかと踏み出している。国樹は横になり、ひんやりとする床に肌をつけた。
本当になにかあるとは驚きだ。けど今そんなこと考えられない。高山病は死に至る病だ。万が一を考え、もう戻るべきだろう。酸素ボンベでも担いでくるべきだったか……。
眠ってはいけない、高山病の基本だ。だが気持ちいい。快感を覚えるよう、意識は遠のいていく。
身体を揺さぶられ、国樹は不快感を覚えた。
「やめろゼス、生きてる死んでない」
気怠く応じると、ゼスは首を横に振る。
「上になんかあった」
「へえ……そう」
人が気持ちよく寝てんのに……爆破してやろうかな、この建物。国樹は身体を起こし不承不承、上へと歩を進めた。
次回天空の先。お楽しみに。




