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Transparent Dark  作者: 文字塚
参:蜘蛛の糸
33/160

32.蜘蛛の糸

 陽の光が窓から射し込み、マリーの部屋を白く照らす。

 この部屋で寝泊まりするのは国樹とゼス、それにグーシーだ。

 二人を起こす必要はない。

 一階に降りるとヨシカは既に起きていた。

 朝食が必要なのは国樹とネリーだけだが、ヨシカはエプロン姿で手伝っていた。


「おはようございます」


 国樹に気づき、彼女は明るい笑顔を向けてくる。


「おはよう」


 努めて明るく、国樹も笑顔をつくった。寝ぼけた頭を覚ますため洗面所へと向かい、それから食卓に移動する。

 ネリーに挨拶をすませ、三人で食卓を囲んだ。

 朝食には地元の料理が二人と少し分並んでいる。

 この地方のナン、それにシュルボと呼ばれる野菜のスープだ。

 旅人にとって、素朴な地元料理を味わうのは贅沢に入る。

「いただきます」と言ったのは国樹とヨシカで、寝間着のままのネリーはそれを嬉しそうに眺めていた。


「今日はどうするの?」


 自分の手料理を美味い、と自画自賛するネリーに尋ねられ、


「今日も図書館ですね。それから骨董品屋。あとは街を見て回ります」


 確かに美味しい、と国樹は同調しながら応じる。


「えーっとゼス君? でいいのかな。あの子がなんか言ってたよ」

「そうだ国樹さん、ゼスさんが今日は予定を空けておいて欲しいと仰ってました」


 ヨシカはスープに少し口をつけ、それから「美味しいです」と感想を述べた。


「ゼスが?」

「はい、今朝方早く」


 なんだあいつ、起きてまた寝たのか。嫌な予感がするな。


「あ、いけない」


 ヨシカはハッとした顔で、付けたままのエプロンを外そうとしている。ネリーは「別にいいじゃん」と笑うが、ヨシカは少し頬を染めていた。

 国樹は覚めた頭でそれを観察していた。


 全ての発言行動仕草に意図があり、人間をコントロールしようとする人工知能。社会生活適応型である彼女には、セナレセプターというAIが積まれている。

 レセプターは受容体を意味するが、AIとなれば自ずと定義も変わる。


 ヨシカの為すこと全て、アナログハックである可能性、か。

 彼女自身が懸念し国樹に伝えたものだ。

 これは「自分を信用しないで欲しい」ということだが、同時に「信用して欲しい」という意味合いも帯びる。事実を伝えることで信頼関係を構築する目的だろう。

 良く言えば素直、悪く言えばあざとい。

 観察していると自然、ヨシカと視線が絡みそれとなく外した。


「ゼス君はホントに食べないんだね」

「あれは光合成でもしてんじゃないですかね」

「まさか」


 ネリーと他愛のない会話を交わし、一日の始まりを迎える。



 朝食後、嫌な予感は的中した。


「見つけたよタガロ、さあ行こう!」


 昨日洗ったばかりのシーカーズベストを羽織り、ゼスが息巻いている。朝から全開だ。


「どこに?」


 テーブルを拭きながら確認すると、


「高い所さ!」


 腕を挙げ人差し指で天を指し示している。


「そう、それどこにあんの」

「すぐそこだ! 見えてるからね!」


 ゼスの言葉に、ヨシカとネリーも興味を持ったらしい。洗い物をしながらこちらを見ている。


「あのな、パミール高原通ったろ。あれより高いのは逆のヒマラヤ。北に見えてるのは……ネリーさん、あれはなんて山です?」


 話を振ると、ネリーは少し考えてから応じた。


「北ならチムタルガだね。近く見えるかもしれないけど、遠いよ」

「だってさ」


 話は終わり、と台拭きを畳む。


「違う、西だよ。調べたもん」


 ゼスが調べものをするとは。明日は隕石が降るかもしれない。


「サラズムの遺跡なら、ウズベキスタンの国境だから遠いかな。保護区だし」


 ネリーが歴史遺産の名を挙げると、


「そんなに遠くないよ。公園だもん」

「ああ、シルケント?」

「そう、そのケント」


 答え合わせが終わった。

 ネリー曰く正式には「シルケント自然歴史公園」といい、ギサール渓谷の中にあるらしい。一時間もあれば入口までは行けるそうだ。


「そうか、じゃあ自然を満喫してこい。渓谷に落ちるなよ」

「タガロも行くんだよ、高い所に連れてくって約束しただろ!」

「だからパミール高原通ったろ」

「覚えてないくせに……」


 なんて嫌な奴、傷口えぐりやがって……。


「高いってなにが高いんだ。パミールの山とかチムタルガより高いのか?」

「なんか糸みたいなのがあるんだ。見えたんだ、本当だよ」


 ゼスは至って真顔で、自分の目と感覚に相当自信を持っているようだ。「ここから見えるのか?」と確かめると「見える」と即答した。

 会話が聴こえたのか、グーシーも下りてきた。


「グーシー言ってやってくれ。もう俺は山脈とか渓谷とか嫌なんだ。自然は充分満喫した」

『違うのだ多賀朗、私にも見えた』


 思わずも肩の力が抜ける。

 最悪の一日になりそうだ。

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