28.透き通るような闇
ここまでの会話は全て、日本語で行わたものだ。
ヨシカは起動してすぐ、こう零した。
「いたっ」と。そして叫んだ。
「え……えええぇぇぇなんで裸なんですか! 誰ですかあなた達! いやああぁぁぁ!」
これは日本語だ。
その後も日本語で戸惑いを表現していた。
ゼスはヨシカをなだめ落ち着かせるため、よりにもよって共通語で話しかけた。
誰でも理解出来るはず、という思い込みだろう。
結果が散々だったのは言うまでもない。
だから国樹は鼻で哂い、日本語で言ったのだ「落としてやれ」と。
ここからの会話は全て日本語だ。ヨシカとゼスをネリーの工場に置いてきたのは、通訳が必要というのも理由だった。
「共通語を話せなくとも聞き取り判別出来るか」という問いに、彼女は首を振った。「ネットワークがあれば解析出来るかもしれない」と言っていたが、いつのネットワークだ。2150年辺りでは恐らく無理だろう。
国樹はグーシーと視線を交わす。
彼がボードとペンを要求していると聞き、対話する気なのだとすぐに察した。思えば最初からそれは可能だった。ヨシカとの会話をグーシーが理解していたから、ではなく出会った時から出来ると気付くべきだった。
ゼスが日本語を話せるのは知っていた。どこで覚えたのかは知らないらしい。
「気持ちは分かるが、俺にまたアジア圏を彷徨えと?」
『そういうわけではない。真っ直ぐ日本に、というのが私の願いだ』
願いか、と国樹は溜め息をつく。
彼の言いたいことは理解しているつもりだ。改めて確認するまでもなく、所有者の安否確認をしたいのだ。そうすれば所有者権限によって制約を受けている部分を開放出来る。
ふっと、ヨシカのバグはこれと同じではないか、と過ぎりグーシーに確かめた。
「ヨシカのバグ、あれは所有者権限のせいじゃないのか。たとえば、所有者から離れると記録関連や機能に制限がかかる、みたいな」
『あり得る。だが深刻なバグはそう珍しいものではない』
「深刻なのに?」
『程度はともかくしょっちゅうだ。そして適時アップデートなりして修正する』
国樹には実感がないので分からない。けどそれは、不良品じゃあないのかね。
『多賀朗、私は深刻なバグは抱えていない』
確かめてもいないのにグーシーは強調してきた。破損個所がある、と言っていた。グーシーのそれは物理的ということだろうか。どちらにせよ、とにかく日本に帰りたいという気持ちは伝わってくる。
「ヨシカにも所有者はいたろうな」
呟き、それがどんな人物なのか思い浮かべた。ヨシカの喜怒哀楽、感情表現や仕草からして、男の可能性が高そうだ。あれを女相手にする必要はない。
『それも含め、今は日本に帰るべきだと私は考える』
思考にグーシーが割り込んだので、国樹は無駄な嫉妬をせずにすんだ。幼いな、と自嘲してから頷く。
「気持ちは受け取った。確かにヨシカを修復するのに君が必要であり、俺にも君の持つ情報が必要だ」
『そう思う』
「だが今決断は出来ない。せめてロシアか中東に入りたい。別の文化圏を見ずに帰る、ということは正直詮無い」
『理解している。本来は欧州から喜望峰へと向かうつもりだと私も知っている』
そういや話してたな。記憶を失った時に改めて説明したのかもしれない。
『多賀朗が決めることだ。ただ、君は狙われているかもしれない。そのことを忘れないでくれ』
また頷いて、彼は頭に叩き込んだ。
一区切りついたが、話は終わらない。
国樹は古い手帳を取り出し、最後のページを開く。グーシーはそれを見て取るが、反応はなかった。
「Transparent Darkとは嗤わせる」という一文が、そこには記されている。
「この意味分かるか」
『言葉の意味?』
「まずそれでいい」
『直訳で"透明な闇"だ。デザインなどで使用される表現だな』
「へえ。これ誰が書いた」
『多賀朗ではないのか?』
少し驚くグーシーに、国樹はかぶりを振る。
「違う、筆跡が別もんだ。恐らく記憶を失った時に書かれたものだ」
『シヴァと呼ばれたあれか。しかし君が自分を失ったと私は断言出来ない』
「そこはいいんだ。直接訊くから」
強調すると『そうか』とグーシーは納得した。リスクはあるがそいつとはもう一度会わねばならないだろう。
「Transparent Darkについてなにか知っているか」
『質問の意図するところが分からない。なにか深い意味があるのか?』
問い返され、国樹は少し躊躇った。ここからは推測で、恐らくそうだ……という思い込みに近い。なにより他人に話すのは初めてだ。ま、グーシーは箱だが。
国樹は大きく息を吸い込んだ。そして吐き出すように言う。
「Transparent Dark。これが人類の歴史、その謎に関わるものだと俺達は考えている」
『どういうことだ?』
「君は知識があっても話せないことが多い。その上でなにか心当たりはないか。これなら答えられるだろ?」
『すまない、把握している記録網には該当しない』
あっさりと打ち消され、国樹は肩を落とした。そんなに早く調べられるのか、と疑問に思うがこれが検索という奴なんだろう。
グーシーならなにか知っていておかしくない。彼は人類史、というより歴史上極めて稀な存在と考えられるからだ。不発、という思いが心を覆うがそれでも自分を奮い立たせる。
「Transparent Dark自体の意味は一般的なものだろう。だが"人類はTransparent Darkに消えた"だと随分印象が変わる」
グーシーが押し黙った。本当に初耳で、知らないのだと国樹は解釈した。
「これは俺の古い知人が調べて得た情報だ。人類はTransparent Darkとやらに消えた、という記述が複数あった。それを各国で探しているが、今以て見つからない」
『それは紙媒体か』
そうだ、と国樹は頷く。
「どうも電子媒体は全滅したよう見受けられる。一方紙媒体が少ないとはいえ残っているところをみると、歴史のどこかでトラブルが起きたと考えるのが自然だろう」
『しかしかなり難しいと思う。狭い範囲なら可能だろうが。防御手段、防護技術も存在する』
「なるほど、つまり電磁パルス程度で全世界がシャットダウンすることはないと」
『そうだ』
「なら、太陽の活動は」
そう言うとグーシーは考え込んだ。頭を悩ませているか、記録を当たっているのだろう。しばらくして、
『想定されてはいたが、分からない』
とだけ答えた。




