23.その娘の正体と自己紹介
初夏の心地よい風が頬を撫でる。険しい山脈に囲まれるのは相変わらずだ。緑豊かとは言えないが、それでも悪くない気分だった。道がもう少し整備されていたらよいのだが、そのためのバギーとも言える。
当初助手席の存在は不安に慄くようだったが、三人で簡単な自己紹介をすませると幾分緩和されたらしい。空気で伝わってくる。
誰かも分からない奴の車に乗せられ、挙句謎のデカい箱が後部座席に陣取っている。動くし、赤い舌まで装備していればさすがにビビる。
国樹の存在も不安の一因なのは間違いない。唯一の男だ。
それでもゼスがいたことは大きかった。「凄いね、人間みたい」と素直にはしゃぎ「髪キレイだねーサラサラしてる」と後部座席を乗り出し無邪気さを隠さない。女型は困惑していたが、気持ち不安と緊張が緩和されたように見える。
確かに、風になびく髪は印象的だった。ついよそ見運転しそうになる。
気を取り直し、簡単にだが事情を伝えた。インドの遺跡、蹉跌の塔の地下室に君はいたのだ、と。これには思いもしなかった、という反応を見せた。国樹はやや意外に思ったが、確かに地下の代物はのべつ幕なしといった感がある。外観の印象とは違い、拘りなどは感じられない。
口を開かないので、国樹から尋ねた。
「自覚というか、記憶にないのか?」
「……はい、インド……」
初めて口を開いたが、そこ? と国樹はまた意外に思った。なら、元はどこにいたのだ。奴隷商人にでもさらわれてきたのか?
「あの、今、何月ですか?」
恐る恐るだが、ようやく話しかけてくれた。国樹は苦笑して、
「先に自己紹介してくれよ。何者だ君は」
そうしてハンドルにかけた指を一本上げる。
「あ、すいません!」
ハッとした顔を横目で見ると、不思議と生気が感じられた。加えて頭を下げているので、確信は更に深まる。
「私はヒューマンインターフェース搭載、タイプX-07。社会生活適応型AI、通称セナレセプターを備え――」
すっと片手を挙げ、
「ごめん、そういうのいいから、あとで聞く。端的に頼むよ」
国樹は真顔で話をぶった切った。
「えっと……たん、てき?」
やはり困惑気味だが、言葉の意味が分からないわけじゃないだろう。さっくり指摘した方がいいかもしれない。
「要はあれだ、ロボットでオーケー?」
「……あ、はい。一応そうなります」
「そう、よかった」
分かってはいた、分かってはいたがはっきりと答えてくれたのは大きい。
実は人体改造しただけの人間で、サイボーグですとか言われたら人権問題に発展するところだった。国樹は内心ほっと胸を撫で下ろしていた。
遠目に町が近づいてきた。恐らくオビガルムだ。さて、目立つがどうすると国樹は思案し、問題ないだろうと結論づけた。通り過ぎるだけだ。
ゼスやグーシーは特に反応しなかったが、彼女は目を見開いて物珍しそうに眺めている。警戒心は大分と薄れてきたようで、安心した。
「そのなんとかフェースが乗っかってて、社会生活適応の人工知能積んでるってことは、工業用のロボとは違うわけだ」
国樹は付け加えて、あの町は通り過ぎるだけで、今が何年何月かは定義による。正確なところは誰も知らないと告げる。
彼女は後半部分に引っかかったようだが「そうです」と頷いた。
「名前は? 名前教えて。なければ僕がつけたげる!」
拾った犬猫じゃあるまいし。ゼスらしいが。
「はい、タイプ……ではなく、ヨシカと申します」
そうして丁寧に頭を下げ、礼をしている。ヨシカ、ね。どんな字だろう。
「言葉遣い丁寧ーヨシカさん、ちゃん? 年いくつ? 僕? 僕は分かんない」
その訊き方はどうなんだ、と思ったが「十歳ぐらいだ」と国樹はすぐに訂正する。それから自分は「もうすぐ二十歳……」と言いかけてから、そうか七月に入っていたのだと気付く。なら立派に二十歳だ。
「俺は二十歳になった。グーシーとか君はどう数えるんだ」
そういえばグーシーの製造年月日を確認し損ねている。記憶がない時に確かめただろうか。
ヨシカは笑顔で受け答えしていたが、今度は少し困った顔を浮かべた。ようやく見られた明るい表情が曇っている。
「私は、我々は製造時期と稼働時間で判断します。ですが、申し訳ないのですが記憶領域に混乱があって……」
「グーシーと一緒だ。寝起きだもんね、仕方ないよ」
理解したらしく、ゼスは素直にフォローしてみせる。
しかし国樹はひとつ目の懸念材料として数えていた。
故障したらまあ直せない。
優秀なAIを積んでいても車と変わりない。やはり機械で、道具なのだ。高度且つ精密であるほど、それは不可能に近づく。すぐ気付くだろうが、今は話題を変えた。同時に町の入口が近づいてくる。
「見た目年齢はいくつって設定なんだ」
「あーそれ聞いちゃいますか?」
丁寧さを消し、指を口に当て「んー」と思案する姿には男心をくすぐられた。ドキリとしたが、顔に出てないだろうな。
「一応二十歳、ということになっています」
「同い年だな」
「みたいですね」
「どこで作られた」
「日本です」
「なんだまた一緒だ。俺も日本で仕込まれた」
「それは、意味が違います」
ヨシカは悪戯っぽい表情で、国樹を睨む。
こんな顔も出来るのか。
それに、急に距離が近づいた気がする。
これは同胞としてのものか、それとも下ネタぶっこんだのがウケたのか、どっちだ。
違う、少しからかうつもりだったのに、いい具合にあしらわれただけだ。勘違いしてはいけない。国樹は自らに言い聞かせ、バギーの速度を落とし町へと入る。
民家が多く、大きな建物がないことは遠目で見えていた。首都に近いので、恐らく素朴な住宅地というところだろう。
「へえ」とヨシカは感嘆している。ゼスはその様子を見て、こちらに視線を寄越してきた。にんまりと笑っている。嬉しそうでなによりだ。
国樹は初めての異国の町に目を移し、少し感慨に耽る。随分遠くに来たものだ。しばらく走っていると、手を振っている人に気がついた。民族衣装らしきものを身に纏っている。三人は顔を見合わせてから、笑顔で手を振り返していた。




