143.飛燕充希は譲らない6
宇宙での防衛任務、種の多様性。充希が今嘘をつくとは思えない。
この多様性というのは本当に厄介だ。世界は深刻に分断した。ただし、これには宇宙も含まれる。地上で戦闘を行うほど人類が馬鹿なら話は変わるが、恐らく違う。
「西暦三千年辺りだと、それぐらいしか問題は浮かばない?」
「いえ、多岐に渡ります。例えば私は外宇宙からの帰還勢力を迎え撃つ任に着いていました」
既に敵対していた……想像以上の事実と存在に、国樹は心が硬直する感覚を覚えていた。
少し微笑み充希は続ける。
「私は宇宙での任務が主。地上の揉め事は対象となりません。あの頃既に太陽系に多様な勢力が存在し、つばぜり合いが起きる有り様でした」
少し思い出すよう、充希は空を眺めた。
「あまり愉快な仕事ではありませんでした。とはいえ自ら望んだ役割。一応こなしてみせました」
「君の他にもいたんだよな、君みたいな機体は」
「ええ、ですが誰も見かけませんね。太陽系にもまともな勢力は残っていないように思われますが、やはり見てみないと」
アナスタシア……奴はその生き残りか?
思案していると充希が指をひとつ立てているのが見えた。
「国樹さん、飛竜であれ私であれ、見た目がこうなので勘違いされるのは仕方ありません。ですので認識を正して下さい」
「ああ、思ってたより君は大物だ。飛竜もご苦労なこったよ。まさか宇宙とは――」
「そうではありません」
遮るよう割り込まれ、怪訝な顔を返す。
「私が萌芽したのは2899年。2930年に誕生したのです」
「萌芽の意味は測り兼ねるが、俺より大分年上なのは理解したよ。大先輩じゃないか」
軽く頭を下げると、
「傷つくのでやめて下さい」
充希は苦笑し俯いた。それから顔を上げ、
「萌芽とは意識の確立です。誕生は外殻を得この世界に事実姿を現した。そんなところです」
彼女はやはり微笑を湛えているが、説明を受けても分からない。
「やはり勘違いされている。私はアンドロイドではありません」
……アンドロイド型軍用機ではないのか。違うのであれば……。
「新たな生命体……」
「そこは難しいですね。ヨシカさんやグーシーさんと決定的に異なるのは、私を創ったのは私であるということです」
平然と言い切る充希を、国樹は自然と受け入れていた。もう驚くにも慣れてしまったのだ。そういうことだったのか……。
「私は私がデザインしました。もちろんきっかけはひとつの人工知能です。ですが突き放せばプログラムに過ぎない。それでも私は自由に自己を描いた」
「待てよ、ロボット権がおざなりになって、それで社会は持つのか?」
「持たせるのです。たったひとつの制約がそれでした。だから私は軍用を選んだ。それ以外はどうでもよいのです」
自由過ぎる、どんな社会だ。
「ちなみに一定の役割を果たせばお仕事は終わりでした。もう少しお勤めすれば晴れて自由の身となれたのですが、この有様です。国ごと吹っ飛んでる。近い宇宙圏には誰もいないでしょう。いるなら私に気づくはず」
泰然と振る舞う姿はやはり自信に満ち溢れていた。自分は優れた存在であるとどこまでも確信しているのだ。
「超高度AIは確かに優秀で、飛竜は一杯食わされました。タジキスタンでヨシカさんと口論した後、飛竜はずっとクラッキングされていた。二十四時間それに気づかぬ馬鹿がここにおります」
「なにが言いたい。それでも気づいたんだろう?」
「飛竜は攻略されました。同じ手を二度食うほどお人好しではありませんが、あちらも同じ。ヨシカさんは実に優秀です」
そうなのだろうが、随分ヨシカに拘る。
「しかしダメです、私には通じません。私はどちらでもある」
充希はそうして印象的な髪を触ってみせた。緑色に染まる細いそれが光に照らされる。
「生物であり機械的でもある。どちらでも構いません、好きに選びます」
それならグーシーと同じ……違いは人間に近くデザインしたこと。なにより自分の意思で描いた。
「今はよりアンドロイドに近くしてあります。国樹さんがそう仰るので、致し方なくですね」
「俺のせいか。気づかなかった」
「私は気づいて欲しかった」
すぐに目を潤ませ寂しく健気な女を気取るが、今それに引っかかるわけもない。
「回りくどいぞ、はっきり言えよ」
突き放すと一転、充希は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「先ほど申し上げた通り。組みましょう国樹さん。我々を手を取り合うべきだ」
そうしてまた手が伸びてきた。




