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Transparent Dark  作者: 文字塚
捌:凪ぐ風の中
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113.風が凪ぐ2

 聞き捨てならない台詞はさすがに拾い上げた。発言者も遠くを眺めていたが、こちらに向き直る。


「心身共に魅力的です。そんなことされたら女性はどうにかしてしまいます」

「そりゃ美男美女の話だ。俺には関係ない。他愛なく聞き流しゃいいんだよ」

「なら他愛なく聞き流して下さい」


 譲らんね。国樹が厳しい視線を向けると、ヨシカも迎え撃つ姿勢を取った。本当に議論する気か? 冗談。

 顔に出すが、ヨシカの強気は崩れなかった。そうして畳みかけてくる。


「いいですか国樹さん、この旅を思い出して下さい。国樹さんにその意図がなくても、あなたは多くの女性に優しさ以上のものを示してきたはずです」

「してないよ。君にだけだろ」


 自覚ある事実だ。両手を広げると、


「名前で呼んで下さい」


 違う角度から攻められた。いいけど、なんか怖さがあるなおい。


「申し訳ありませんが、それが私だけならどれだけ有頂天になっていたか。本当に困った人です。私は……私は再起動したばかりですからいいです。大丈夫です。けれど、他の女性は違うんですよ?」


 なにを言ってるのか分からない。アンドロイドは再起動したら警戒心が強くなるのか。ん? なんかありそうだな。


「もし私が嫉妬深い女だったら……違いますけど。とにかく、国樹さんが女性慣れしていることだけは分かりました」

「そりゃ一人旅なんだ。女と話すこともある。向こうからしたってこんな世界だ、珍しいだろ? こちとら日本人だぜ、希少種みたいなもんだ」


 女を避けて通る旅なんてごめんだし、そもそも無理な話だ。だが一度も間違いは犯していない。おお、なんと自制心の強い。意外な発見だ。そういやヨシカのあん時だけだな……あれは、思い出してはいけない。刺激が強過ぎる。


 思い返せば、無理に数えて失態は一度だけ。あの一度だけ……あれ、顔や身体はともかく心は超一流な気がしてきた。もしかして、内面はパーフェクト?

 新発見にひとりで納得していると、露骨な溜め息が聴こえてきた。珍しい、ヨシカがこんな態度を取るとは。


「そこまで仰るなら指摘させていただきます。本音がお聞きしたいそうですし」


 ヨシカははっきりと怒っていた。なんで怒ってるの……結構いい男かもしれないのに。


「私はマリーさんという方を存じ上げません。ですが事の成り行きは国樹さん自身から、加えネリーさんからもお聞きしています。お姿も写真ですが拝見しました」


 ヨシカがじとり、睨みつけてくる。語気も強く、迫りくる勢いがあった。


「はい……」


 思わず子供のように返事してしまう。いやなんでだ、君は、じゃなくてヨシカはもっとお(しと)やかなはずなのに。

 しかしマリーは話が違う、古い出来事に過ぎない。そう否定しようとしたが、


「マリーさんはかなり国樹さんに惹かれていたでしょう。ネリーさんも仰っていました。いえ違います、証拠があります。言わなくてもお分かりでしょうがバギーです。荒れ地用のバギーをわざわざピーキーにつくるとはどういうことです」


 いや知らない。嫌がらせか趣味か技術的限界、的なこと? 予算かもしれない。


「ああもう乙女心が気の毒で私がネリーさんの立場なら妹さんを想い絶対シンガポールに立ち寄るよう説教しています」


 長台詞噛まないな、凄い。淀みなく流麗だし。さすがアンドロイド。

 気高く胸を張り、パーフェクトアンドロイド娘は続ける。


「そのネリーさんに対しても同じです」

「おいそれはないだろ!」


 思わず抗議を声を上げるが、


「妹と離れ離れになったネリーさんにまるで弟のように接する国樹さんは正直見ていられませんでした」


 蔑むような目を向けまた長広舌が飛んできた。いやそれでも違う、これはこじつけだ。


「礼を尽くしただけだ! 親切にしてもらったろう?」

「メカニックとしてネリーさんを本気で必要としたら、下手すれば彼女はこの旅に同行していました。危ういところです。マリーさんと出会う順番が逆ならどうなっていたか。そもそも私達がいなければ……そう、私がいたからたまたまこうなったんです」


 なぜヨシカの手柄に。

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