第5話その2
「あれ? アリーシャの奴、どこ行ったんだ? フェルも居ないし……」
姿を消した相棒とフェルに、アッシュはきょろきょろと周りを見回した。するとタカツナが苦笑いを浮かべた。
「歌姫の嬢ちゃんなら、槍の嬢ちゃんを引っ張って湯殿へ行ったみたいだぜ?」
「え? ほんとに行ったのか? どういうつもりなんだ? あいつ……」
タカツナの言葉に、アッシュは眉を寄せた。ギルドの湯殿はタダではない。時間が不規則な冒険者のために、二十四時間使用可能とはなっているが、その維持管理費、人件費、燃料代はバカにならない。国の援助は受けているが、やはりタダで。とはいかないのだ。
「まあ勘弁してやれよ。どっちかってと、槍の嬢ちゃんの為みたいだしな」
「……フェルの?」
タカツナのフォローに、アッシュはますます訳が分からないという顔になった。そんな彼の姿に、タカツナが楽しそうにする。しかし、ユイファなどは後から来たために経緯が判らずに首を傾げるだけである。
そうこうしている内にアッシュは軽くうなずいた。
「……まあ良いか。これで探索の依頼を発行してもらえるしな。欲を言えば魔法使いがほしかったところだけど……」
つぶやいて顎に手をやり思案する少年に、タカツナがおや? となった。
「なんだ、魔法使いが良かったのか?」
「あっ?! い、いえ……スイマセン」
つぶやいた言葉を聞かれ、ばつが悪そうにするアッシュだが、それを見てタカツナがニヤリと笑った。
「なら大丈夫だ。ユイファは魔法使いだからな」
「……………………は?」
アッシュは意味が分からないと言わんばかりに訊ね返した。
そんなアッシュの顔にタカツナが笑みを浮かべた。
「ははっ、おまえでもそんな顔をするんだなあ」
「……からかわないでください」
笑うタカツナを見て、アッシュはからかわれたと思ってか眉を寄せた。が、タカツナは肩をすくめる。
「いや、本当に魔法使いなんだよユイファは」
「師匠! 私はサムライです!」
アッシュに改めて言うタカツナに、ユイファが納得いかなそうな声を上げる。
それを見て、アッシュは訝しげにこの元士族を見た。
「……どういうことです? 確かに体つきやエルフである事を考えれば、魔法使いだと言われた方が納得できますけど、あなたの弟子で、あんな武器まで所持している。エルフは金属を嫌いますから、よほどの理由が無ければあんな武器は持たないでしょう?」
アッシュが精霊術に高い適性を持つことや種族的に金属に弱いエルフの特性を思い出しながら感じる疑問をタカツナに投じた。タカツナはそれを聞いて楽しげにうなずく。
「博識だな。たしかにその通り。ユイファが俺の弟子であることも間違いじゃあないしな。まあ、色々あるんだわ。ユイファ、見せてやれ」
「……もう、見せ物じゃあないんですけど?」
タカツナに言われ、ユイファは渋々ながらも腰を落として鞘に付いてる取っ手へ左手を伸ばした。
それを掴んで左下へと下げると自然、柄が右上に上がる。そこへ右手を伸ばし、しっかり握ると軽く金属が擦れる音を響かせながらユイファは刀身が一メルク(約二メートル)ある野太刀を抜いて見せた。
「……ほんとに抜いた」
いかにユイファがの身長が高いとはいえ、長さ的に抜けるはずがないと思ったアッシュは、軽い感嘆を込めてつぶやいた。なにせ鞘に入っている部分だけで一メルクあるのだ。腕を伸ばしただけで抜ききれる訳がない。
「……ユイファ、刃を鞘に擦ってるぞ。もっと素早く、静かに抜け」
「は、はい! すいません師匠!」
抜いただけでも大したものだというのに、タカツナの言葉は厳しい。しかし、ユイファも真剣な様子で返している。おそらくこれがこの師弟らしさなのだろう。
「……けどどうやって?」
「抜いたかって? 鞘の方に取っ手があるだろう? あっちも向こうに引くんだ。それでほとんど抜ける。で、足りない分は鞘の方にも隙間が作ってあるからそこを通すようにしてるんだ」
タカツナに説明されてアッシュはなるほどとうなずいた。しかし、言うほど楽ではないだろう。切っ先が隙間に引っかかったりすれば、刃先が損耗する可能性がある。切れ味を重視する刀の場合それが致命的なものになる可能性もある。だからこそのタカツナの叱責なのだろう。
「にしても……」
見事だと思う。ユイファは柄を両手で握り、右脇を締めながら野太刀を真っ直ぐ立てる構えを見せている。にもかかわらず、細身のその体はいっさいブレることは無く、静かに立っていた。
端整な容姿を誇るエルフと言うこともあるが、それ以上に真っ直ぐ伸びた彼女の姿勢が美しかった。
「……いきます」
ユイファが表情を引き締め宣する。
軽く踏み出しながら、その手にした野太刀が振り降ろされた。瞬間。
ヒュオッ!
と音を纏うように、空気が動いた。すると、鍛錬場の壁がいきなり切り裂かれた。
「……え?」
驚くアッシュを後目に、ユイファは振り降ろした野太刀を横に振りながら踏み出し、さらに真横に勢い良く振り抜く。
またも風が飛翔し、鍛錬場の壁を切り裂いた。
「……こ、これは風斬?!」
風斬は風で対象を切りつける中位の攻撃魔法だ。風や植物に対して特に高い適性を持つエルフに使い手が多い魔法でもある。
風で切りつけると言えばコレというほど有名な魔法でもある。
しかし、タカツナは左手で困ったように頭を掻いた。
「いや、あれな……風撃なんだわ」
「え?!」
アッシュは驚いてタカツナを見る。風撃は、風の塊を目標に叩き込むだけ。つまり、目標に対して突風を撃ち込む魔法だ。ギリギリ攻撃魔法に分類される魔法でもある。
「どうもな、ユイファの奴がうちの流派の技と組み合わせて使ってみたのが始まりなんだが、妙な変化するらしくてな。色々変わったことが出来るようになっちまった。もう独自流派つってもおかしくないんだが、いまだに俺を師と慕ってくれてるよ」
アッシュに説明しながらタカツナは照れくさそうに笑った。