第5話その1
エルフ。
常緑の女神、ヘスペリアの祝福を受けて生まれたとされる種族だ。金髪碧眼長身スレンダーで、細く尖った耳を特徴とし、理知的で精霊術を得意とする。
そんな種族が、アッシュの目の前で鍛錬場の入り口につっかえてもがいている。どうやら腰の上辺りで真横に取り付けられた棒状の長いパーツの両端が、鍛錬場入り口に引っかかっているようだ。
「し、師匠っ?! 助けて下さい! 鍛錬場に入れませんっ! 呪いです! 妖術です!」
しかしそれに気づく様子もなく、エルフの少女はわたわたと手を振りながら、タカツナに助けを求めていた。
そんな彼女の姿にアッシュは眉をひそめて首を傾げた。
「……エルフ?」
「疑問系で言い直さんでも、正真正銘エルフだ。……多分な」
自信なさげなタカツナに、アッシュがうろんげなまなざしを向ける。その間にも、エルフの少女は「助けて下さい師匠!? 呪い殺されます?!」などと騒いでいた。
そんな弟子の姿に、タカツナがため息をつく。
「……はあ。おいユイファ落ち着け。オサフネだ。お前のオサフネが入り口に引っかかってるんだ」
「へっ? オサフネ?」
タカツナに指摘され、一瞬きょとんとなったユイファだったが首を巡らせて背中を確認すると素っ頓狂な声を上げた。
「あああっ?! ほんとだっ!? オサフネが引っかかってるぅっ!?」
「だからそう言っただろうが……」
タカツナはあきれ果てたように、左手で顔を覆った。その間にユイファはガチャガチャやりながら鍛錬場に入ってきた。
「師匠! どこに行ったかと思ったじゃないですか!」
声を上げながらやってくる二人の前にユイファ。ほっそりとした肢体を包むのは、麻のシャツに深いスリットの入ったスカート。そしてなめした革の胸鎧と革のグローブにブーツ。上に羽織るはゆったりとしたローブ。
「……」
だが、アッシュの目は、そんな彼女に不釣り合いな代物に吸い寄せられていた。
腰の辺りに真横に下げられた一と四半メルク(約二メートル五十センチ)はある棒状の物体。いや、右側にあるのは緋色の組み紐が巻き付けられた“柄”だ。そして、わずかな反りを見せながら左へ伸びていく艶やかな朱色の筒。それは左端の方が反りがきつくなっていた。さらに握りのようなものまで着いている。
刀だ。それも巨大な。
「……対獣魔刀」
「お? 知ってんのかい?」
アッシュのつぶやきに、タカツナが面白そうな顔になった。アッシュはその巨大な刀に釘付けに
「……話だけなら聞いたことあります。大型の獣魔に対抗するために、武蔵帝国が開発したサムライの武器」
「正式には“野太刀”ってんだがよ。本来は馬に乗って扱うんだが、うちの流派じゃ徒歩で扱うんだ」
笑いながらタカツナが解説する。その様子にユイファが不思議そうな顔になった。
「……あのお、師匠? こちらの方は?」
横目でアッシュを見ながら、師であるタカツナに訊ねるユイファ。するとタカツナは破顔した。
「ああ、喜べユイファ。こいつはアッシュ。今日からお前が所属することになる冒険者グループの奴だ」
「は?」
タカツナの言葉に、ユイファの目が点になる。が、タカツナは気にした様子もない。
「だから、お前が所属することになる冒険者グループだ」
しっかり聞けと言わんばかりに繰り返した。
「……はあぁぁああっ?! き、聞いてませんよ師匠っ!?」
驚いたエルフの少女はガチャガチャと騒がしい音を立てながらタカツナに詰め寄る。だが、元士族の男は飄々としたものだ。
「今言ったからな。それに、お前もそろそろ武者修行に行きたいとか言っていただろう?」
「そ、それは確かに言いましたが、一言の相談も無く決めるなど横暴……」
声を上げるユイファに、タカツナが嘆息した。
「……ユイファ、おめえ師匠の命が聞けねえってか?」
「ぐ……失礼しました。」
タカツナの言葉にユイファは言葉を飲み込み頭を下げた。
その様子にアッシュが苦笑いを浮かべた。
「苦労してるみたいだな」「……もう慣れました」
目の端に光るものを湛えながら応えるユイファ。と、その顔があっ! となる。
「あ、申し送れました。私、ナヴァルの森のユイファリア・レナーテともうします。ユイファとお呼び下さい」
そう自己紹介し、腰を折るユイファ。釣られてアッシュも頭を下げた。
「あ、ああ。俺はアッシュだ。で、こっちが相棒のアリー……って、あれ?」
アリーシャを紹介しようとして、アッシュは横を見たが、そこにアリーシャの姿は無かった。