第4話その2
「くっ?!」
思わぬ攻撃にアッシュは虚を突かれた。だが、即座に大剣を強引に引き戻して剣の腹で受け止めた。
それを認めたフェルが、槍を大きく旋回させながら素早く離脱する。
それを追撃せんとするアッシュだが、横殴りに振り回される槍に邪魔をされて踏み込めなかった。
距離を取ったフェルは、再び元の構えに戻って槍の穂先をアッシュに向ける。
「……あんな派手な動きなんて」
「なかなか良く修練してやがるなあっちの嬢ちゃんは」
フェルの動きに驚くアリーシャの横で、タカツナが感心したように左手であごを撫でた。それを横目で見て、アリーシャは口を開いた。
「……故郷の構えって言ってましたよね? ということは、あの構えは武蔵帝国の槍術ですか?」
「ん? 興味あんのかい? 歌姫の嬢ちゃん」
声をかけられ楽しそうに笑うタカツナ。そこでアリーシャはアッとなった。
「すいません。冒険者チーム“ブルーフェザー”のアリーシャ・レストブルクです」
「ん? ああそうか。酒場で見てるし、名前も知ってはいるから忘れてたんだが、顔見知りですらなかったな」
軽く頭を下げて自己紹介してきたアリーシャに、タカツナが笑う。
「で、槍術だったな。まあそうだ。クジョー流って十文字槍の流派があってな……」
「ジュウモンジ?」
知らない単語に眉をひそめる。それを見て、タカツナは頭に手をやった。
「っとと、通じなかったか。こっちじゃクロススピアっつーんだったか? あれの流派だ」
いわれてなるほどとうなずく。
そんな話をしている二人を後目に、今度はアッシュが仕掛けた。両手で握った大剣を軽くふるいながら、滑るように踏み込んだ。これに反応し、フェルがクロススピアを突き込んだ。瞬間、アッシュの大剣の剣先が回り、槍の穂先がそらされた。
「?!」
「巻いた!」
「巧い」
フェルが目を見開き、アリーシャが声を上げ、タカツナが感心したように漏らした。
その隙もあらば、アッシュは果敢に踏み込んでいく。素早く流れるように振られた大剣の剣先が、フェルの目の前で縦横に振られた。
「くっ!?」
声を漏らしながら、フェルは素早くとびのく。その刹那、アッシュは首筋に感じるモノがあった。
とっさに剣を真横に振って、槍の柄を弾いた。そんな彼の耳先を、クロススピアの横に張り出した刃がかすめた。
後退しながらもアッシュの首を刈りにいったのだ。
そのことに感じるものがあったか、アッシュが小さく笑みを浮かべながらフェルの懐へ踏み込んでいく。
近すぎる距離。弾かれた槍は大きく振られ過ぎ、その刃は即座には使えない。フェルは即座に左手を離して握り拳を作った。右足を後方に引きながらフェルも踏み込んだ。
剣も使えぬ超接近戦。その拳が、アッシュの胸板へと向かった。
踏み込みの震脚を伴った拳打が、彼に届く刹那。それが叩き落とされた。
「えっ?」
思わず呆気にとられた。視界に飛び込んできたのは、左手で大剣の刃部分を、右手でその柄持ち、柄頭をフェルの拳に落としたアッシュの姿。
その柄頭が、アッパースイングでフェルの顎へと伸びた。
とっさに頭を振って避ける。が、そのときにはアッシュは左手を離していた。すばやく柄を両手で握りながら、刃を振り降ろす。
避けられない。そう予感してか、フェルは目をつぶった。
衝撃は来なかった。
おそるおそる目を開ければ、半メルク以上ある大剣の刃がフェルの右耳のすぐそばにあった。
練習用に刃の無い木剣だったとはいえ、そのまま叩きつけられていれば大けがをしていたに違いなかった。仮に本物の大剣であれば、彼女の体は両断されていただろう。
その事実を感じ、フェルの全身の穴という穴が開いた気がした。
「……ま、参りました」
槍から手を離し、絞り出すようにして、フェルは降参の意志を示した。