第4話その1
「……」
「……」
開始の合図があっても双方構えたまま動かなかった。その一番の原因は、フェルの構えにあるだろう。
このゴルディアス大陸では槍使いの一般的な構えは、右足を軽く前に出しながら、槍を右脇から左上方へと穂先を向け、斜めに構える。これが攻防ともに優れている構え方とされている。
しかしフェルの構えは、それからは逸脱しすぎていた。
まず、右半身になり、右足を前に、左足を後ろへ大きく開き、腰を落とす。かなり低い。そして右腕を伸ばし、左腕をわずかに曲げながら、ほぼ水平に槍を構えていた。
槍を水平に構えるだけなら、そう珍しくはないが、これだけ腰を落として重心を下げる構え方を、アリーシャはもちろん、傭兵として人間同士の戦いも数多く経験してきたアッシュも知らない。
そのため、彼は攻めあぐねているのだ。
一方で、フェルは半眼ながらも鋭い眼光を以てアッシュを見つめていた。もはや朝にアリーシャ達と話したときのような茫洋とした気配では無く、触れれば切れるのではないか? と思えるほど鋭い気配だ。
ピンと張りつめた空気に、アリーシャは喉の渇きを覚えた。
と。
「おー懐かしいねえ、我が故郷の構え方だ」
不意に横合いから聞こえた声に、アリーシャはギクリとなった。
いつのまにやら隣に男が一人。白髪混じりで長めの黒髪を頭の後ろでまとめて垂らし、少しとぼけたような顔で、口に細長い棒をくわえている。
着ているものも珍しいもので、袖が大きく膨らんだゆったり目の上衣に麻のシャツ。下は足元に向かって膨らんだズボン。
どちらも濃淡な青色や緑色で地味な印象を受けた。
そして、腰のベルトに差した独特の反りのある鞘と剣。
商売人の娘であったアリーシャには見覚えのある服装。
ソーダリアとは、中央に位置する央華典国を挟んで反対側、東夷の曹舞国の向こう、東の地の果てにあると言われる島国、武蔵帝国の装束だ。
「……ムサシのサムライ?」
「まあ、“元”だがね?」
驚きながら訊ねたアリーシャに、男は笑いながら答えた。
「“元”武蔵帝国士族、タカツナ・ビトウだ。よろしくな? 歌姫の嬢ちゃん」
「はあ」
自己紹介しながらウインクしてきたタカツナに、アリーシャは面食らってしまった。
と、気を取り直して対峙するふたりへ視線を戻した。
「……あれ? 位置が……」
「ふたりとも足先だけでポジションを変えてるのさ。互いに自分が有利な位置を占めるためにね」
アッシュとフェルの立ち位置がズレていることに気づいてつぶやいたアリーシャに、タカツナが軽く解説した。それを聞きつつアリーシャはふたりから目を離すまいと決めていた。
「……そろそろ動く……かな?」
タカツナがおもしろそうにつぶやいた瞬間、アッシュの大剣が動いた。刹那、フェルが一挙投足に踏み込み、十字槍を突き出した。それをアッシュが剣で弾いた。
その瞬間、弾かれた方向へ槍が加速し、フェルが体をくるりと反転させて背中を見せた。直後、槍の石突きが鋭くアッシュの鳩尾へ伸びていった。




