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第2話


「いよう! 我らが麗しの歌姫に、灰被り。首尾はどうだったんだ?」

 アリーシャ達が“クレイモア”の城門までくると、槍と盾を持った衛視の男がにこやかに声をかけてきた。その声を聞いて、アリーシャが嘆息する。

「ロバート、それどころじゃあないわ。街道にオークが出たのよ。ゴブリンとオーガを引き連れてね。こちらの一家が襲われて、私とアッシュで助けたのよ」

「なんだって?!」

 アリーシャの言葉に、ロバートは表情を険しくした。

「どの辺りだ? アリーシャ」

「ここから三ヤルク(約六キロメートル)くらいのところよ」

 真面目な顔になって訊ねてくるロバートに、アリーシャは後ろを指さしながら答えた。すると、ロバートの顔色が変わった。

「なんてこった! 目と鼻の先じゃないか! すぐに上司に報告してくる!」

 ロバートは転がるようにしながら城門脇の衛視詰め所へと走り出した。それを見てアリーシャがため息をついた。

「あんなんで大丈夫かしら?」

「ああ見えて真面目だからな? ロバートは。それより“ギルド”にも報告だ」

 不意に横合いから声が聞こえてギョッとなるアリーシャ。いつのまにやらアッシュが音もなく近づいていたらしい。

 傭兵時代には、偵察兵をしていたというアッシュは、基本的に足音がしない。背中に担いだ両手剣すら音を立てないのだから、静穏接敵術の腕前はかなりのものだろう。

「お、驚かさないでよ!? テリーさん達も驚いてるじゃないの!?」

 アリーシャが声を上げ、テリーやミレイナも目を丸くしているのを見てアッシュはバツが悪そうに頭を掻いた。

「あ! す、すいません。つい、いつもの癖で……」

 あわてるアッシュの表情は、とても少年らしくあり、テリーは返って安堵を覚えた。

「……はは、いいさいいさ。それだけ坊主が腕利きだって事だろう? それに俺も商人の端くれだ。見てりゃあ坊主がどんな奴かは分かるつもりだよ」

「……おじさん」

 そんなテリーの言葉に、アッシュは少し照れくさそうに笑った。

 それを見て、テリーは家族とともに二人の前へと移動した。

「改めて礼を言わせてもらうよ、アッシュにアリーシャ。助けてくれてありがとう」

「ありがとうございました」

「ありがとう! お兄ちゃん、お姉ちゃん♪」

 一家からのお礼の言葉に、アリーシャとアッシュは軽く顔を見合わせてから笑った。

「どういたしまして」

「いや、無事で良かったよ」

 そうして笑顔で言葉を交わし、アリーシャとアッシュはテリー達と別れた。




 ギルド。

 正式名称を“セブンスユニオンギルド”といい、国を越えて存在する公機関である。

 獣魔に対抗しうる神具の発見は、獣魔に脅かされる各国にとっては死活問題である。そしてその探索には多くの人員が必要となる。それは一国一国が賄うには膨大になり過ぎており、七つの大国が初めて合同で提唱し、ゴルディア大陸のすべての国が賛同したという異例中の異例。それがギルドだ。

 その活動資金は七大国家を始めとした各国と、商人ギルドなどから出ており、その組織力、発言力は大きい。

 それが許されるほど、獣魔の脅威は大きいのだ。

 そして冒険者達は、まだ見ぬ神具と宝物を夢見て新たな遺跡に挑むのだ。




「ただいま戻りました、ブルーフェザーです」

 質実剛健といった風のギルドクレイモア支部のドアをくぐり、受付に顔を出したアリーシャは、受付嬢のアンヌに声をかけた。事務作業をしていたアンヌだが、アリーシャのその声に顔を上げ、安堵を見せる。

「お帰りなさいアリーシャさん、アッシュさん。ご無事でなによりです」

 その言葉が、アンヌの本心であることをアリーシャもアッシュも知っている。

 ギルドの依頼を受けた冒険者の生還率は九割。これを多いと思うだろうか?

 クレイモア支部に所属する冒険者チームの数が約二百。そのうちの一割、約二十チームが未帰還になる計算だ。むろん、そんな単純な算数ではすまないのも確かだ。

 ギルド側も依頼内容を精査し、冒険者チームの実力にあわせて開示、依頼する。

 それでも、現地で起こりうるイレギュラーによって命を落とす冒険者は後を絶たない。

 ギルドでの受付業務をする以上、そういった場面に直面するのは珍しいことでは無く、どこの支部の受付担当も、冒険者チームの無事を祈ってやまないものだ。

「今回の“ゴブリン駆除”依頼、完遂ですね」

「ええ。そっちはバッチリよ? これがその魔石ね」

「……随分多いですね? そんなにたくさん居たんですか?」

 アリーシャに促されてアッシュが取り出した皮袋二つ分の魔石を見て、アンヌは目を丸くした。

 魔石とは、このアールシア界の生物が死んだ際に体内の魔力が凝集されて生成される石だ。種族の特性に応じた色の石として生成されるのが特徴で、エルフならエメラルドグリーン、人間ならオパールイエローという具合だ。触れてみるとほんのりと暖かく、故人の魂の結晶とも言われていて親しい人の形見として身につけている人も居る。

 これが生成されないのは、魂を失ったアンデッドだけだと言われている。ちなみにゴブリンやオークなど邪悪な種族ならドス黒い魔石が生成される。

「いえ、違うのよ。帰ってくる途中に街道でオークに率いられたゴブリンの群に襲われていた商人一家を助けてね。三分の二はそいつらのよ」

 オーガも居たしね。とアリーシャが付け加えると、アンヌは目を丸くして驚いた。

「街道にですか!? これは、近く大規模討伐がありそうですね……」

 自身の予想に、どれほどの被害が出るのかを想像し、アンヌの表情が曇った。

「……そうね。けど、やらなきゃならないことだわ」

 アンヌの心情をおもんばかりながらもアリーシャは強く言った。

「……そう……ですね」

 アンヌもそれが分かっているからこそ、辛そうながらにうなずいて見せた。

「それから、もうひとつ報告があるのよ」

「……なんです?」

 話題を変えるように言うアリーシャに、アンヌはすぐに切り替えた。

「……討伐依頼のゴブリンの巣の奥で、新しい遺跡の入り口を見つけたのよ」

 アリーシャの言葉に、アンヌはまたもや目を丸くした。

「新しい遺跡!? 本当なら凄いです! この半年、新しい遺跡は見つかっていませんしたから」

「たぶん確実だと思うわよ? あの辺りには他に遺跡は無いしね」

 驚くアンヌに、アリーシャが笑みを見せた。

「ではギルドから人を派遣して、新規の遺跡かを確認しないと……」

「そうよね。それで、情報料なんだけど……」

「そうですね。確かにこちらで把握していない入り口ですし、手付け金としてエルサ金貨二枚(約二十万円)。完全に新規の遺跡と判明したら、もう三エルサでどうでしょう?」

 エルサ金貨は交易商人組合が発行する共通金貨だ。少なくともゴルディア大陸ではどの国でも同じ価値として扱われる金貨で、リルト銀貨百枚分、リール銅貨なら一万枚分の価値と定められている。また、エルサ金貨の上には、ラ・エルサ大金貨というものがあり、エルサ金貨十枚分の価値と定められている。

「全部で五エルサか……うん、じゃあそれ……」

「待ってくれ」

 アンヌの査定にアリーシャがうなずいて了承しようとすると、横合いから制止がかかった。

 アッシュだ。

「アッシュ?」

「……なんでしょう? アッシュさん」

 突然のことにアリーシャは怪訝そうに彼を見て、アンヌは少し身構えた。

「どうしたのよ? わたしは妥当な金額じゃないかと思うわよ?」

 そんなアンヌの様子に、アリーシャが前に新規の遺跡を発見した際の金額を思い浮かべつつ自身の見解を述べた。

 しかし、アッシュは首を振った。

「違うよアリーシャ。そういう話じゃあない」

「?」

 アッシュに違うと言われ、アリーシャは首を傾げた。そしてアンヌを見れば、彼女も困惑気味に自分を見てくる。

「じゃあ何?」

 アリーシャは、ふたたびアッシュの方を見て問いかけた。

 アッシュは、二人を見ながら静かに口を開いた。

「……この遺跡は、俺たちに探索させて欲しいんだ」

 アッシュの口から出た言葉に、アンヌとアリーシャは目を丸くしてから顔を見合わせた。

「新規に発見された遺跡は、発見した冒険者に探索の優先権があるはずだ」

「アッシュさん」

「アッシュ……」

 アッシュに言われ、二人は困ったような顔になった。

「アッシュ、それは無理よ。わたし達“ブルーフェザー”は、あなたとわたしの二人だけの冒険者グループなんだから……」

「そうですね。ギルドとしても許可できません。確かにアッシュさんもアリーシャさんも中堅クラスの実力はありますが、ふたりでの遺跡探索は高ランクの冒険者でも危険です。せめて四人以上なら……」

 アリーシャは残念そうに、アンヌは心配そうに言う。

 だが、アッシュは引く気はないようだった。

「それは俺も分かってるよ。けどアリーシャ、おまえも気づいてるだろ? 遺跡に潜らない限り俺達は今の段階で足踏みを続けるようなもんだ」

「……」

 アッシュの言葉にアリーシャは黙り込んだ。確かにその通りなのだ。二人で受けるゴブリン駆除などに比べれば、遺跡に潜った方がはるかに実入りは良いし、経験も積める。

 ハイリスクハイリターンが見込めるのだ。

 だが。

「……いえ、やっぱり二人じゃあ無理よ。少なくともわたし達と同格の魔術師や神官が居てくれないと、対処できない局面も出てくると思う」

 アリーシャは形の良い眉を寄せながら頭を振った。蜂蜜色のツインテールが揺れて、照明を反射する。

「なら、俺が抜ければ……」

 言った瞬間、アッシュの右頬が爆ぜた。アリーシャが彼に平手を見舞ったのだ。

「……殴るわよ?」

「……もう殴ってる」

 にらむアリーシャに、アッシュが右頬を押さえながらつぶやくが、アリーシャの表情がさらに険しくなったのを見て両手で自分の口を塞いだ。

 そんな二人をアンヌがジト目で眺める。

「……こほん。まあ、夫婦喧嘩はともかくとして……」

『夫婦じゃないっ!』

 アンヌの言葉に異口同音に叫んでから赤面する二人。

 そこかしこから、そんな二人を見てやっかむ声が聞こえる。


『畜生、灰被りの野郎……』

『歌姫とイチャつきやがって……』

『月の無い夜には気を付けやがれ……』


「と、とにかく! 俺はこれ以上おまえの足を引っ張りたくは無いんだ。分かるだろう?」

 周囲からの殺意の籠もった視線を背中に受けつつアッシュが言う。これにはアリーシャも黙らずにはおれない。

 そんな二人を見て、アンヌは小さく息を吐いた。

「……まあ、確かに。将来有望な冒険者二人を、町中の内職で潰してしまうのは、ギルドとして避けたいですね」

 アンヌの言葉に、アリーシャとアッシュは目をそらした。実際、日々の生活のために、アリーシャは酒場で歌い、アッシュは食堂で働いている。冒険者としての稼ぎだけで食べていけていないのだ。

 ちなみにアリーシャの稼ぎはアッシュの倍以上もある。

 アンヌは目をそらす二人に微笑んだ。

「……三日、待ちましょう。それまでに後二人、仲間を見つけてください。それが出来ましたら正式にブルーフェザーに新規遺跡の探索依頼を発行します」

 アンヌの言葉に、二人は顔を見合わせた。

「ふぅ……」

 アリーシャは噴水が見えるように設置されたベンチに座り込み、ため息を吐いた。となりには、疲れたように背もたれにもたれ掛かりながら空を見上げるアッシュの姿。

 アンヌの宣言から1ミーツ(約二時間)ほど経ち、ふたりは疲れきった様相で城塞都市クレイモアの中心にある噴水公園にきていた。先ほどまでは冒険者を相手に勧誘を続けていたのだが、成果ははかばかしくない。

「……今日はちょっと無理ね」

「……スマン。俺のせいで……」

 疲れたように言うアリーシャにアッシュは申し訳なさそうに言う。それを見てアリーシャは苦笑いを浮かべた。

「仕方がないわよ。この街の冒険者で、あなたのアレを知らない人なんていないわ。知らないのはほんとの駆け出しか、外から来た冒険者くらいよ。駆け出しと組むつもりはないし、冷やかしを追い払うのにちょうど良いくらいよ?」

 おどけたようにアリーシャが言うが、アッシュの表情は晴れない。

「だけど……」

「ストップ。また『俺が居るから』なんて言い出したら殴るからね?」

 アリーシャのその言葉に、アッシュは言葉を飲み込んだ。だが、断られる理由のほとんどが、アッシュの暴走の呪いだ。

 アリーシャだけなら引く手あまたなのだ。盾の扱いに長けた防衛型の前衛職で、広域回復まで出きる呪奏歌の使い手。しかも贔屓目に見ても美人である。彼女を欲しがらない冒険者パーティは居ないくらいである。

 しかし、アリーシャはかたくなにアッシュと一緒にということを条件にした。

 アッシュにとって、アリーシャのその気持ちは嬉しくもある。しかし同時に申し訳なくもある。アリーシャの夢は、騎士になることだ。これまでに冒険者から騎士になった者は少なくない。

 しかし、それは簡単な道ではない。しかもアリーシャは女性である。世の国々では騎士と言えば男の職業という風潮が強く、それだけでもアリーシャは不利だ。

 実戦的な武勲をいくつも立て、冒険者の中でもめざましい活躍を見せなければ、王都から注目されることはないだろう。

 しかも、そこがスタート地点なのだ。

 つまりアリーシャは、未だスタートラインに立つことすらできていないのだ。

 アッシュは、難しい顔で日が傾き始めた空を見つめた。もうすぐ影入りの刻(ダルクイム=夕方頃、一七時〜一九時頃を指す)だろう。

 今日はもう探せない。夜には仕事がある。と、アリーシャが立ち上がった。

「もう影入りのダルクイムね。そろそろ店に戻りましょうアッシュ。お互いに仕事があるしね」

「……そうだな」

 アリーシャに言われ、アッシュも立ち上がった。

 仕事だけでは無く、武具の手入れもしなければならない。

 ギルドを出る前にシャワーで全身に浴びた返り血などは落としたが、時間が無く武具は水で流すだけに留まった。

 それらをちゃんと手入れしてやらねばならない。

 損傷の度合いによっては、武具屋に修繕を頼むか、新しい物を用立てなければならないだろう。そんなことを考えつつ、ふたりは連れだって歩きだした。

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