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第1話


 緩くウェーブのかかった蜂蜜色の金髪を頭の両側で縛った少女剣士がオークと対峙した。

「セッ!」

 その少女、アリーシャ・レストブルグから鋭く繰り出された小剣を、オークが手にした長剣で払った。

 生意気にもまともな長剣である。身につけた鎧も、革製でまともそうだった。

 でっぷりと突き出た腹が、鎧からはみ出ている辺り、台無しだが。

 アリーシャの小剣が流れたのを見て、オークは力任せに長剣を振るった。が、それはアリーシャの盾によって防がれた。

 ガツン!! と堅い音がして、衝撃がアリーシャの腕に響く。それに顔をしかめるが、歯を食いしばってそのまま盾でオークを押しやった。

「ウゴッ?!」

 オークは思わぬ反撃に、たたら踏んでしまう。そこへアリーシャは小剣を突き込んだ。

 皮製の鎧に小剣が突き刺さり、オークの腹にまで届く。

「ブゴォッ?!」

 オークが苦悶の声を上げて飛び退いた。

「逃がさない!」

 アリーシャは逃がすまいと踏み込んでいこうとするが、オークは手近なゴブリンを引っ掴んでアリーシャへと突き飛ばした。

「ちょっ?!」

 思わずそれを盾で殴るように跳ね除けたアリーシャだが、そこへオークが下卑た笑みを張り付けながら切り込んできた。

「くっ?!」

 体勢を崩されたアリーシャは、そのオークの一撃を肩に受けながら押し倒されてしまう。

「かはっ?!」

 背中をしたたかに打ち、肺から空気が吐き出さてアリーシャは喘いだ。

 肩に受けた剣は、かろうじて鎧が防いでくれた。簡素ながらも、金属製の鎧である。装甲部に当たればそう簡単には貫通される物ではない。

 だがオークは気にすること無くアリーシャに馬乗りになると、彼女の右腕を押さえつけながら勝ち誇ったような笑みを浮かべてアリーシャの顔をのぞき込んだ。

 自分に近づいてくる悪臭のする豚面をにらむアリーシャ。オークの口からヨダレが滴り落ち、彼女の頬にかかった。

 瞬間、オークの顔面が殴り飛ばされた。アリーシャが左手の盾で殴ったのだ。

 突然のことにオークは目を白黒させた。そして、オークがアリーシャをにらみつけた瞬間、向こうから雄叫びがあがり、オークが何事かとそちらを見た。

 そこでは、灰色の髪の少年が、狂ったように大剣を“オーガの死体”に何度も何度も叩きつけていた。

「……あのバカ!」

 アリーシャは毒づきながらもすぐに行動を起こした。

 身を起こしながらオークのわき腹に小剣を差し込んだ。

「ブゴッ?!」

「私に跨るなんて、百年早いわよ!」

 驚愕するオークに言い放ち、そのまま小剣を動かしてオークの腹を切り裂いた。

「?!」

 オークは悲鳴を上げる暇もなく絶命する。

 だが、ゴブリンたちはリーダーの死を気にしていられなかった。

 オーガを惨殺した灰髪の少年が、大剣を振りかざして襲いかかってきたからだ。その目は真っ赤に充血し、口から泡を吐きながら絶叫し、手近なゴブリンを斬り飛ばす。

 明らかにまともな状態ではなかった。ゴブリンたちは算を乱して逃げ出した。それに逆らうようにしてアリーシャは少年に向かう。

「アッシュ! 目を覚ましなさい!」

 声を張り上げながら、盾を構える。

 その声に対する返答は、大剣による斬撃だった。

「くぅっ?!」

 それを盾で受け流そうとして、盾ごと腕を持っていかれそうになってアリーシャは顔をしかめた。が、すぐにアッシュを見据え、大きく息を吸った。

 そして、戦場に歌が響き渡った。

「!?」

 アッシュはその声に気圧されるように身をすくめた。だが、すぐにアリーシャに向かって飛びかかった。

 しかしアリーシャはそれを避けようとはせずに小剣を捨てて迎え入れるように両手を広げた。アッシュに押し倒されながらも、彼女の澄んだ音色の歌声は一切乱れることは無かった。

 アッシュの表情が揺らぎ、凶相が和らいでいく。

「……ぐ、ぁ……あ、りーしゃ」

 アッシュのその声を聞いて、なおアリーシャは歌い続けた。

 やがて、アッシュの顔から、凶相が抜け落ちていった。

「……す、まん……アリーシャ……」

 そう告げて、灰髪の少年はアリーシャの下腹を枕に意識を落としていった。その安らかな寝顔を見て、アリーシャは歌うのをやめて一息ついた。

「……はあ。なんとか……落ち着いたわね」

 そして、後ろを振り向いた。

「もう大丈夫よ。出てきて」

 アリーシャのその声に、額と肩から血を流す男性と、それを支える女性。そして、小さな女の子が姿を現した。

「……終わったの? お姉ちゃん」

「ええ、終わったわよ? もう大丈夫」

 女の子の問いに、アリーシャは答え、輝くように笑った。

「あ、あんた……そっちの奴は大丈夫なのか?」

 おそるおそるといった体で訊ねる男性に、アリーシャは一瞬きょとんとなって苦笑いをした。

「ああ、ちょっと寝てるだけですから。すぐに起きますよ」

「い、いや、そういうことではなくて……」

 冗談めかして言いながら、アッシュの髪を撫でるアリーシャに男性はしどろもどろに言う。

 アリーシャは、笑顔を消して、真剣な顔になった。

「……大丈夫です。さっきも見たでしょう? 私が歌えば止まりますし」

「……そうか。いやスマン。助けて貰って礼も言わずに……」

 男性は済まなそうに頭を下げた。しかし、アリーシャは笑顔で首を振った。

「いえ、さっきのコイツの暴れっぷりを見れば無理からぬことです。けど……」

 アリーシャは優しげにアッシュを見下ろした。

「あんまり怖がらないでやってください。こう見えて、存外繊細なんですよ、コイツってば。アレももともとはコイツのせいでは無いですし」

「……信頼、なさってるのね?」

 男性を支える女性に言われ、アリーシャはハッと顔を上げた。

「い、今のは内緒ですよっ?!」

「おねえちゃん、顔が赤いよ?」

 あわてるアリーシャに、女の子がくすくす笑って言うと、アリーシャの頬は、さらに色を濃くした。

 と。

「……うぁ?! なんだ? どうした?」

 灰髪の少年が目を覚まして顔を上げた。

「って、あんたはまた変なタイミングで起きるな!」

 そんな少年にアリーシャは真っ赤になりながら左手を振るった。

 ラウンドシールドを手にしたまま。

 ゴパンッ! という間抜けな音と「ごぺっ?!」という奇妙な声が中りに響いた。

 男性が目を丸くし、女性が口元に手をやり、女の子が目をぱちくりさせた。

 やがて誰からともなく笑いがこぼれ始め、それが周りに伝染し、その場に笑い声が響いた。




 アリーシャとアッシュがこの三人。ロックフェラー一家を助けたのは全くの偶然であった。

 ソーダリア王国外縁部に位置する城塞都市“クレイモア”での商売がうまくいったテリー・ロックフェラーは、妻子をクレイモアに呼び寄せて住むことを決め、二人を迎えに馬車で往復していたのだ。

 ちょうど同じ頃、アリーシャとアッシュは、冒険者互助組織“ギルド”のクレイモア支部からの依頼で、ゴブリンの駆除をした帰りだった。

 クレイモアに続く街道。“漆黒の森”からそう離れていない場所に差し掛かったとき、遠目にロックフェラー一家の馬車がゴブリンに襲われたのを見て、アリーシャとアッシュはすぐさま駆け出していた。ギルドの憲章でもこういう場合は極力助けるようにうたっているし、二人とも見て見ぬ振りなど出来ない質だ。

 そして、ゴブリンどもを引きつけつつ一家を逃がそうとしたのだが、そこへオーガが姿を現し、先の状況となったのだった。

「……まったく。さて、それじゃあ……」

 顔を赤くしたアリーシャが軽く咳払いをしてから小さく息を吸った。

 そして紡ぎ出されるは天上の旋律。美しいソプラノボイスの歌声が、朗々と響いた。

「……」

「……」

「……」

 その歌に、ロックフェラー一家は思わず聞き惚れた。

 と、テリーがハッとなった。

「……き、傷が……なんてこった呪奏歌か! お嬢さん、あんた呪奏士か?!」

 驚きの声を上げるテリーに、アリーシャは笑いながら歌い続けた。

 呪湊士。

 呪奏歌と呼ばれる詩を詠うもの達の総称だ。

 呪湊歌とは、歌声によって魔力を導き出し、詩によって力の方向性を定め、魔法によく似た現象を引き起こせる詩だ。

 特筆すべきは、その効果範囲の広さと、精神に作用する効果の強さがあげられる。

 また、“神の詩編”という神具を扱えるのも彼らだけだ。

 欠点は、魔力を導き出す声を作るのが難しく、使用できる者、きちんと制御できる者が少ないということだ。この声に関しては先天的に声を出せる人間が有利で、後天的に修得するには数年以上かかると言われている。

 アリーシャは典型的な前者で、物心着いた頃には先ほど詠った“癒しの詩”を詠っていたほどだ。

 そんなことを思ってか、テリーはしきりにつぶやいている。

「しっかし、嬢ちゃんが呪湊士だったとはなあ。王都に行けば引く手あまただろうに。もったいないことだ」

「私の夢は騎士になることですから」

 そんなテリーに、アリーシャは彼の娘であるシャンテの手を引きながら答えた。テリーは荷物を担ぎ直しながら顎に手をやる。

「ソーダリア初の女性騎士か。女性騎士と言えば、隣のレグディア共和国のオクタヴィウヌ様が有名だな」

「そうですね。市井の女剣士であられたオクタヴィウヌ様は数々の武勲をお立てになり、共和国のピンチを何度も救った英雄として、吟遊詩人の詩にも謳われている位です。『祖は赤い髪の剣士。麗しくも勇ましき乙女の騎士。剣を振るえば邪悪を退け、盾をかざせば万民をも護る。それこそ、赤き髪の乙女の騎士』」

 テリーに答えながら、オクタヴィウヌを讃えた詩の一節を詠いあげるアリーシャ。その美しい声と吟じた詩に、テリーとその奥方が聞き惚れた。

「……素晴らしい。わたしも職業柄顔見知りの吟遊詩人が何人か居ますがね。あなたはトップレベルの歌い手ですよ」

「……ほんと、素敵」

 手放しで褒めるテリーに彼の妻ミレイナ。

 そんなふたりにアリーシャはあわてて首を振った。

「そんな、わたしなんて本職の吟遊詩人に比べたら駆け出しにもならないですよ」

 そう答えながら、彼女はチラと後ろを見た。

 アリーシャとロックフェラー一家から五メルク(一メルク=約二メートル)ほど後方を、大剣を背負った灰髪の少年、アッシュが一人で歩いていた。先ほどのこともあり、街道沿いでも警戒するに越したことはないと彼が警戒役を駆って出てくれたのだが、それだけでは無いことにアリーシャは気付いていた。アッシュは一家が自身に対して抱いた感情を把握していた。それは恐怖。暴走した彼を目の当たりにした彼らのことをおもんばかり、あえて距離を取ったのだ。

 アッシュの暴走。それは、呪いによるものだ。半年前、アリーシャとアッシュが初めて出会った討伐任務の際に、討伐対象の獣魔によって掛けられた凶暴化の呪い。戦いの興奮から凶暴化し、周囲のすべてを殺し尽くし、破壊し尽くすという呪いだ。

 傭兵であった彼は、その呪いを理由に、傭兵団をやめた。

 そして、そんな彼を止められることを理由に、アリーシャは半ば押しつけられる形で一緒に旅を始めたのだ。

 今のところ、アリーシャの歌を以てしかアッシュは止められない。

 ふたりで旅をするようになって一年。方々手を尽くしているが、解呪には至らなかった。また不思議なことにアリーシャ以外の呪湊士にも彼を止められなかった。

 旅の途中で知り合った呪湊士は、おそらくアリーシャの声質によるものだろうと推測していたが、真実は定かではない。

 ともあれ、そんな優しさを持ったひとつ年下の少年を、アリーシャも放ってはおけなかった。

「アッシュ! 周りの様子はどう?」

「大丈夫だよ。ちゃんと見てる」

 アッシュに声を掛けるアリーシャ。その顔に浮かぶの、信頼の笑み。

 いびつな形で始まった二人の関係は、この一年で互いを支え合うものに変化していた。

「お姉ちゃん、見えてきたよ!」

 シャンテの声に振り向けば、高い城壁が見えてきた。


 城塞都市“クレイモア”。


 ソーダリア王国の外郭防衛を担う要のひとつであり、外国との交易の要衝でもある城塞都市。そして、アリーシャとアッシュが現在拠点としている街でもあった。

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