プロローグ
つぶれてひしゃげたような顔に、どこかいびつな小柄な体躯。ギャアギャアと奇声を上げて、手にしている錆びついた小剣を振り回す。
邪悪な人型種族、ゴブリンだ。
そのゴブリンの手にしている錆びた小剣が大きく振るわれた。
そのいびつな刃が向かう先には蜂蜜色の金髪に空の蒼さをたたえた碧眼の少女。その凶刃は少女に届く前に円形の板に阻まれた。
打ち掛かられた金髪碧眼の少女が、手にしたラウンドシールドで受けたのだ。
そして、タイミングを計っていたかのように、盾が跳ね上がり、小剣を持つゴブリンの腕も跳ね上げられた。
一瞬、ゴブリンは訳も分からず無様に体をさらす。
そのスキだらけの首元に、少女の右手にある小剣が鋭く突き込まれ、ゴブリンは悲鳴を上げた。血の泡を吐きながら転がりまわる小鬼を蹴り飛ばし、油断無く武器を構える少女。
「次!」
気合いのこもった声は、誰に聞かせるわけでも無い自らの意識を次の相手に向けるための言葉だ。
しかし、その声は涼やかに誰もが魅了されんばかりに戦いの場に響いた。
それに釣られたわけでもないだろうが、二匹のゴブリンが彼女に飛びかかった。
手にするのは錆び付いた手斧に鎚矛。
しかし少女は落ち着いてサイドステップしながら裏拳を放つように上半身を大きく振りながら盾を叩きつけた。小柄なゴブリンはそれだけで吹っ飛び、もう一匹を巻き添えにしてもつれ合うように転がった。
そいつらを一瞥し、次の相手へと目を走らせた。と、豚のような顔が表れ、少女の顔が嫌悪にゆがんだ。
オーク。
ゴブリンと並ぶ邪悪な種族だ。そして人間種族、それも女性からもっとも忌み嫌われる種族だ。
なぜなら、オークは他種族の雌で同胞を増やすからだ。人間だろうがエルフだろうが、およそどんな種族とも交配出来ると言われ、さらにゴブリン以上の繁殖力を持つという。
その力は人間を越え、それでいて知恵が回り、他の邪悪な種族を率いることもある。最悪な敵だ。
「……最悪。どうりで……」
ゴブリンの死体の山の向こう。少女の相棒たる少年が、一人でオーガと切り結んでいた。オーガとは、人肉を好んで喰らう巨人族だ。三メートル近い巨体から繰り出される一撃は、大岩すら砕く。
反面、知能は低いのだが、ゴブリンの群に混じることなどあり得ない。暇つぶしに喰い散らかされるのがオチだろう。
それがゴブリンの群と挟み込むように現れた時点で、普通のゴブリンの群ではないことは明らかだった。場合によってはシャーマン種やロード種のゴブリンに率いられている可能性もあったが、少女にとっては不運極まり無い遭遇となってしまった訳だ。
そして、そのオークは少女を見るなり、下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりをした。どうやら気に入られてしまったらしい。
悪寒が少女の背筋を駆け抜けるが、隙を見せるわけにはいかなかった。ゴブリンなどとはレベルの違う相手だ。
「……ほんと、最悪だわ」
少女、アリーシャ・レストブルクは、悪態をつきながら小剣と盾を構えた。
獣魔と呼ばれる存在がある。それが、世界の覇者として君臨する世界、アールシア界。その中にあるゴルディア大陸では、かつて大陸を支配し、ここ数十年で次々に復活した獣魔共を倒すべく力を求めていた。
絶対数の少なくなった獣魔ではあるが、その力は強大無比。それに対抗するため、国々は獣魔の王を倒すために神より遣わされたとされる神具を求めた。
派遣された軍隊による神具の探索は困難を極め、国々の財政を圧迫した。
そこで、各国は一般の山師やトレジャーハンターをも雇い入れ、彼らを探索者として探索を続けることになった。
だがそれは、様々なトラブルをも生み出してしまった。その結果、多種多様な軋轢と駆け引きと妥協の産物として、探索者たちを管理する組織が出来上がり、そこに所属する探索者たちは、冒険者と呼ばれるようになっていった。