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異世界転移最強伝説田中  作者: yuruhuwa回路


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5/5

田中、ギルド登録をする。

 市場の喧騒を背中に感じながら歩いていくと、中央通りはすぐに見つかった。

 

 名前の通り、街の中心を貫くように伸びた広い通りで、石畳の質も他の路地とは段違いに整っている。両側には少し格のある店が並び、行き交う人の数も多い。馬車が通れるほどの幅があり、実際に荷馬車がゆっくりと走っていくのを田中はよけながら歩いた。


 しばらく進んだところで、看板が見えた。


 木製の大きな案内板で、矢印とともにいくつかの文字が書かれている。


 ——商人ギルド。

 ——冒険者ギルド。

 ——錬金術ギルド。

 ——神殿。


「錬金術ギルドまであるのか」


 田中は思わず立ち止まった。錬金術ギルド。なろうではよく見る設定だが、実際に案内板に書かれているのを見るとじわりとくるものがある。


 ただ今日の目的地は決まっている。


 田中は商人ギルドの矢印が示す方向へと歩き出した。


 二つ角を曲がったところで、それは見えた。


 確かに、でかい建物だった。テッドが「すぐわかる」と言っていた意味がよくわかる。周囲の石造りの建物よりも一回り以上大きく、入り口の上には商人ギルドの紋章と思しき天秤のマークが彫られた石板が掲げられている。扉は両開きで、人が出入りするたびにその向こうから話し声が漏れてきた。


 田中は扉の前で足を止めた。


「……緊張するな」


 声に出してみたら、余計に緊張した。


 なろうでは何百回と読んでいる場面だ。主人公がギルドに登録し、そこから異世界生活が本格的に始まる、あの場面。頭の中では知っている。ただ、知っているのと、実際に目の前に扉があるのとでは、やはり違う。


 田中は一度、深く息を吸った。


 ゆっくりと吐いた。


「よし」


 扉を押して、中に入った。


 広かった。


 外観の大きさからして広いとは思っていたが、中に入るとさらに天井が高く感じられた。床は磨かれた石畳で、窓から差し込む光が白く反射している。においも市場とは全然違う——書類と木材と、かすかな蝋燭の香りが混じっている。


 右手には長いカウンターが続いており、何人かの受付係が立っていた。全員きちんとした制服を着ていて、市場の活気とは対照的な、落ち着いた空気が流れている。


 カウンターの上の壁には、いくつかの看板が横並びに張り付けてあった。


 ——登録専用。

 ——納品専用。

 ——仕事相談。

 ——一般窓口。


 田中は少し見回した後、「登録専用」と書かれた窓口に向かった。


 待っている人は一人だけで、すぐに番が来た。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」


 受付係は二十代半ばほどの女性で、にこりと笑って田中を見た。感じがいい。


「商人ギルドへの登録をしたいんですが」

「かしこまりました。ではこちらの書類に必要事項をご記入ください」


 そう言って女性は一枚の紙を差し出した。羽根ペンとインク壺も一緒に置かれる。


 田中は紙を手に取った。


 名前、出身地、年齢、主なスキル——項目が縦に並んでいる。文字は読める。リーナの補正がここでも効いている。


 が、書く方はどうだろう。


 田中は羽根ペンを手に取り、まずインクをつけて紙の端で試し書きをしてみた。見慣れない文字体系を、自分の手が書けるかどうかの確認だ。


 ——書けた。


 こちらも補正がかかっているらしい。田中はひそかに「本当に気が利く、リーナさん」と思いながら、書類に記入し始めた。


 名前:タナカ・ソウタ。


 出身地は少し迷った。具体的な地名を書くと後で辻褄が合わなくなる可能性がある。田中はしばらく考えてから「遠方より」と書いた。曖昧ではあるが嘘でもない。


 年齢:十七。


 主なスキルの欄は、一番悩んだ。「作品の能力を引き出す本を持っている」とは書けない。田中は少し考えてから「製造・記録系」と書いた。嘘はついていない。使える能力を機能で分類すれば、大体そうなる。


 書き終えた紙を受付に差し出した。


 女性は紙を受け取り、内容をざっと確認し始めた。名前の欄で、その手が止まった。


「……タナカ・ソウタ様、と」

「はい」


 女性は顔を上げた。さっきまでの受付用の笑顔とは少し違う、純粋に驚いたような表情をしていた。


「あの、失礼ながら——苗字をお持ちで?」

「あ、はい」

「ご出身は……」女性は書類の出身地欄をもう一度見た。「遠方より、とのことですが」

「ええ、まあ、かなり遠い方で」


 田中は努めて自然に答えた。女性が驚いている理由は、なんとなく想像がついた。なろうで読んできた知識の中に、それに近い設定がいくつかあった——おそらくこの世界では、苗字を持つのは貴族か、それに準ずる家柄の者だけなのだろう。


 平民はファーストネームだけ。苗字があるということは、それだけで出自を語ってしまう。


 しまった、と田中は内心で思った。日本人として当たり前に名前を書いたら、いきなり地雷を踏んでいた。


「その、あまり大げさに構えていただかなくて大丈夫です。家の事情がいろいろありまして、今は一人で気ままに旅をしているだけなので」

「は、はあ……」


 女性はまだ少し戸惑ったような顔をしている。


「登録は、問題ないですよね?」田中は穏やかに、しかしそれとなく話を打ち切るように言った。「商人ギルドへの登録は、どなたでも可能と聞いていたので」

「も、もちろんです。問題ございません」


 女性は我に返ったように姿勢を正した。


「少々お待ちください」


 そう言って女性は奥に入っていった。


 田中は小さく息を吐いた。


 次から名前をどうするか、少し考えなければいけないかもしれない。タナカだけにするか、あるいはタナカという苗字がこの世界ではどういう響きを持つのかもう少し調べてからにするか——


 まあ、登録してしまったものは仕方がない。


 田中はカウンターの前で待ちながら、ギルドの中をぼんやりと眺めた。待合のような椅子が並んだスペースには数人の人間が座っており、書類を読んでいる者、隣の人間と話している者、眠そうにしている者とさまざまだ。商人らしき格好の中年男性が多いが、若い人間もちらほらいる。


 しばらくして、女性が戻ってきた。


「タナカ・ソウタ様」


 名前を呼ばれた。


 田中は一歩前に出た。女性は小さな硬い板を差し出した。


 ギルドカードだ。


 木製、いや——手に取ると木よりも少し重い。何か加工された素材だろうか。表面には田中の名前と登録番号らしき数字が刻まれており、右上に商人ギルドの天秤マークが入っている。


「こちらがタナカ様のギルドカードです。各種施設での身分証明や、ギルドへの仕事の申請にお使いください。大切に保管してください」

「ありがとうございます」


 田中は受け取ったカードをしばらく眺めた。


 手のひらの上の、小さな硬い板。


 何でもない、ただのカードだ。ただ、これを持っていることで田中颯太はこの世界に「存在」できる。身元不明の旅人から、ルディアの商人ギルドに登録した一人の人間になれる。


 なろうの主人公たちが口を揃えて「ギルドカードを手にしたとき感慨があった」と語っていた意味が、今ならわかる気がした。


 田中はカードをバッグの内ポケットに、本と並べてしまった。


 さて。


 登録は終わった。


 次だ。


 田中は改めてカウンター上の看板を見た。


 ——仕事相談。


 テッドが言っていた。地図師みたいな仕事もそっちに来る、と。


 田中はバッグをかけ直し、「仕事相談」と書かれた窓口に目を向けた。


 登録窓口よりも少し奥にある、その窓口。今は一人の客が話し込んでいて、受付係が熱心に何かを書き留めている。もう少し待てば空きそうだった。


 田中は「仕事相談」の窓口に向かいながら、内ポケットの本の感触をそっと確かめた。


 地図師の力。『世界を測る者』の主人公が積み上げてきた、あの技術。


 それをここで、使えるかもしれない。


 田中颯太の異世界での仕事、その第一歩が、今始まろうとしていた。

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