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異世界転移最強伝説田中  作者: yuruhuwa回路


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3/5

田中、馬車の中で世界を知る。

 馬車は、思ったよりも快適だった。

 

 荷台の端に腰を落ち着けると、積み上がった荷物が風よけになってくれる。草原の道はところどころ凸凹しているが、揺れ自体はそれほどひどくない。蹄の音と車輪の音が一定のリズムを刻み、のんびりとした空気が流れていた。


 御者台には年配の男と中年の男が並んで座っている。若い男——荷台の荷物をずらそうとしていた彼——は、田中の向かいの荷物に背を預けてうとうとしていた。


 田中は揺れる景色をしばらく眺めていた。


 緑の草原。遠くの丘。どこまでも続く道。


 きれいだ、と思った。素直に。


 だが感傷に浸っている場合でもない。田中には今、やらなければいけないことがある。


 情報収集だ。


 この世界のことを、田中はほとんど何も知らない。通貨の単位も、国の名前も、この町がどのくらいの規模なのかも、何もかもが白紙だ。なろうで読んできた異世界の知識はたくさんあるが、それはあくまでフィクションの話であって、この世界がそのまま当てはまるとは限らない。


 幸い、目の前には情報源がいる。


「あの」田中は御者台の二人に声をかけた。「少し聞いてもいいですか。俺、田舎育ちで世間知らずなもので」


 年配の男が振り返った。


「何でも聞きな。道中の話し相手は歓迎だ」


 そう言って男は名乗った。年配の男はガロン、中年の男はテッド、向かいで眠りかけている若い男はルーだという。三人は同じ商会に属する行商人で、ルディアの町に定期的に物資を運んでいるのだという。


「世間知らずってのは、どのくらい?」テッドが少し意地悪そうに笑った。


「硬貨の種類も、ちゃんとわかってないくらいには」


 テッドが眉を上げた。ガロンは苦笑した。


「そりゃあ確かに、相当だな」


 それからガロンは、ゆっくりと話してくれた。


 硬貨の話から始まった。この国で使われる通貨は四種類。銅貨、銀貨、金貨、そして白金貨。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚。銅貨一枚あれば、安い食事一食分になる。田中のバッグに入っていた小袋を確認すると、銅貨が三十枚ほどと銀貨が二枚。しばらく食いつなぐには足りるが、宿に泊まれる余裕はそれほどない。


「銀貨二枚あれば、安宿に二泊はできる」とガロンは言った。「飯込みなら一泊で一枚くらいかな」


 田中は頭の中で計算した。長くは持たない。早めに収入の手段を考える必要がある。


 次に、この国の仕組みについて聞いた。


 田中たちがいるのはレムディア王国という国で、国土はそれなりに広く、王都を中心にいくつかの主要な町が点在している。ルディアの町はその中でも中規模の商業都市で、街道の中継点として行商人が多く立ち寄る場所だという。


「王都まではここから馬車で三日ほどかかる」とテッドが言った。「ルディアは小さくはないが、王都と比べりゃ田舎だな」


「冒険者ギルドはありますか」


 ガロンが少し目を細めた。


「あるよ。なんで知ってるんだ」

「……耳に入ったことがあって」

「まあ、あそこに登録すりゃ仕事は見つかる。ただ、最初のうちは雑用ばかりだ。力仕事か、使い走りか」


 田中は頷きながら、聞いたことを整理した。


 話しながら、ガロンとテッドは田中のことを少し値踏みするような目で見ていた。悪意ではない。ただ、


「こいつは何者なのか」という素朴な疑問が滲み出ていた。


 それが形になったのは、しばらく走ったあとだった。


「さっきの話だが」テッドが切り出した。「車輪を直したとき、あんた、何かスキルを使ったよな」

「ええ、まあ」

「この辺じゃ鍛冶師か大工が持つような系統のスキルだと思うが、あんたみたいな若い旅人が持ってるのは珍しい。しかも、あの精度は普通じゃない。腕のいい職人でも、あそこまでの仕上がりは出ないぞ」


 田中は少し考えた。


 この世界では、スキルを持つこと自体は普通のことらしい。ガロンたちも話を聞く限りそれぞれ何らかのスキルを持っているようだ。ただ、田中が使った能力は「普通のスキルとは少し違う何か」として映ったようだった。


「特殊な経緯で手に入れたものなんです」田中は言った。「説明が難しくて。ただ、人を傷つけるようなものじゃないですし、こういうふうに使うのが自分には合ってると思ってます」


 ガロンはしばらく田中の顔を見ていた。


 探るわけでも、疑うわけでもない、ただ静かに見ていた。


「……まあ、深くは聞かんよ」


 やがてそう言って、ガロンは前を向いた。


「旅人には旅人の事情がある。助けてもらったのは本当のことだしな」


 テッドも肩をすくめた。


「ただまあ、ルディアで仕事を探すなら、そのスキルは強みになると思うぞ。うまく使え」


 田中は素直に礼を言った。


 馬車は走り続ける。


 向かいのルーがいつの間にか完全に眠っていた。規則正しい寝息を立てている。田中はバッグから小袋を取り出し、硬貨を一枚一枚確認した。銅貨は片面に何か紋章のようなものが刻まれている。銀貨は少し大きく、重い。


 この金属の重さが、この世界での「生きる力」だ。


 田中は小袋を戻し、ふとガロンに声をかけた。


「一個だけ聞いていいですか。何か困っていることはありませんか」


 ガロンが振り返る。


「困ってること?」

「俺、これから仕事を探すつもりなんですけど。さっきのみたいに、何かの役に立てることがあれば、それを仕事にできないかと思って」


 テッドが少し笑った。


「正直なやつだな」


 ガロンは少し考えるように腕を組んだ。それから、ふうと息を吐いた。


「困ってること、か。まあ、ないわけじゃないが……」

「なんでも聞きます」

「地図だ」ガロンは言った。「地図が、かなわん」


 田中は首をかしげた。


「地図が、ですか」

「そう。この辺の地図を買ったんだが、これがひどい代物でな」


 ガロンはどこか疲れたような顔で言った。


「ルディアからこの街道を通って隣の町に行く道も、大雑把にしか書いてない。王都に向かう幹線道路ですら、枝道の位置が実際とずれてる。川の形も、丘の位置も、なんというか……描いた人間が現地を歩いたことがないんじゃないかってくらいの雑さだ」

「そんなにひどいんですか」

「しかも高い」とテッドが言った。「あの精度でよくあの値段を取れるもんだと毎回思う。でも他に選択肢がないから買うしかない」

「他の商人もみんな同じことを言ってる」ガロンが続けた。「地図が信用できないから、知ってる道しか通らない。知らない道は通れない。だから遠回りになる。時間も金もかかる。まあ、長年の悩みだな」


 田中は黙って聞いていた。


 頭の中で、何かが動いた。


 地図。精度が低い。使い物にならない。商人が困っている——


「……あ」


 田中は思わず声を上げた。


 ガロンとテッドが振り返る。


「どうした」

「いえ、なんでも」


 田中は慌てて首を振り、バッグの内ポケットをそっと押さえた。本の感触がある。


 頭の中を、一つのタイトルが駆け抜けていた。


『世界を測る者 〜異世界転生した伊能忠敬、ずさんな地図を測り直して国境を書き換える〜』


 田中がのめり込んで読んだ作品だ。現代日本から転生した伊能忠敬が、その精緻な測量の知識と「地図師」のスキルを武器に、杜撰極まりない異世界の地図を一から書き直していく話。


 主人公の「地図師スキル」は、歩いた土地の地形・距離・方角を正確に記録し、誤差のほとんどない地図として出力できる能力だ。最終巻では大陸規模の測量を完成させ、それによって誰も知らなかった国境の実態が明らかになり、国家間の均衡が塗り替わるという展開になっていた。


 この力があれば——


 正確な地図を作れる。


 ガロンたちが悩んでいる問題を、根本から解決できる。しかも地図は一度作れば売れる。ルディアの町だけでなく、そこから先の街道、隣の町、王都への道——測れば測るだけ価値になる。


 何より、各地を歩き回る理由になる。


 異世界の地理を自分の足で確かめながら、お金も稼げて、各地の情報も集められる。田中がこれから異世界で生きていく上で、これ以上ない仕事じゃないかと思った。


「あんた、さっきから何か考えてるな」


 テッドが面白そうに言った。


「ええ、少し」田中は正直に答えた。「地図の話、すごく参考になりました」

「参考に?」

「仕事のヒントになりそうで」


 ガロンが少し目を細めた。


「まさか地図を作るつもりか」

「……かもしれないです」


 しばらく間があった。


 それからガロンは、低く笑った。豪快ではなく、静かな、腹の底からくる笑い方だった。


「面白いな、あんたは」

「よく言われます」

「言われ慣れてるのか」

「最近は特に」


 テッドも肩を揺らしていた。


 田中はバッグの内ポケットに手を添えながら、流れていく草原の景色を見た。


 地図を作る。この世界を歩いて、測って、描く。


 なろうで何千と読んできた中で、田中がとりわけ好きだった作品の一つ。派手な戦闘もチート無双もなく、ただひたすら歩いて測って描き続ける地味な話なのに、読んでいてどこまでも胸が弾んだ作品だった。


 それが今、自分の手の届くところにある。


 遠くに、丘の稜線が見えてきた。その向こうに、うっすらと建物の輪郭が浮かんでいる。


「見えてきたぞ」ガロンが言った。「ルディアだ」


 田中は目を細めた。


 町だ。この世界で、最初の町。


 馬車は蹄の音を響かせながら、田中を乗せたまま、その町へと近づいていく。


 胸の中で、期待が静かに膨らんでいた。

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