第四話 あの日の路地へ
私は、王都の街を歩いていた。
目的地は、はっきりしている。
けれど、それを誰かに説明する必要はなかった。
数日前、あてもなく歩いていたときに、ふと迷い込んだ路地がある。
人の流れから外れた、静かな場所。
そのときは、ただ通り過ぎただけだった。
けれど、なぜか忘れられず、心のどこかに引っかかったままだった。
今日も大通りは賑やかだ。
呼び声、笑い声、馬車の音。
活気に満ちているはずの音が、今は少し重い。
私は足を速め、
記憶を頼りに脇道へ入った。
一つ、角を曲がる。
もう一つ、細い路地へ。
音が、すっと遠ざかる。
――あった。
古い木の扉と、小さな窓。
看板のない建物は、記憶の中と変わらぬ佇まいでそこにあった。
胸の奥が、わずかに緩む。
理由は分からない。
ただ、ここに来てよかったと思えた。
私は扉の前に立ち、しばらく動かなかった。
確かめたかったのだ。
この場所が、私の求めているものに近いのかどうかを。
扉に手をかける。
鍵は、かかっていなかった。
軋む音とともに開いた先には、何もない空間が広がっている。
埃を被った床、使われなくなったままの壁。
それでも、不思議と息がしやすい。
私は、静かに息を吸った。
ここなら、大きな声を出す必要はない。
誰かの期待に応えるために、振る舞いを変える必要もない。
ただ座って、ただ時間を過ごせる。
それだけで、十分だ。
私は、扉を閉めた。
あの日、名もなく通り過ぎたこの建物は、
今日、はっきりと意味を持った。
まだ看板も、名前もない。
何をする場所になるのかも、形は決まっていない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
ここが――
私が、生きていく場所になる。




