第二十話 それぞれの、その後
時は、確かに流れていた。
あの日々が、特別だったのか。
それとも、ただの通過点だったのか。
答えは、誰も口にしない。
第一王子エドワード・アルベルト・リヒトハイムは、
正式に王位継承権を失った。
失脚という言葉が使われることもあったが、
それは正確ではない。
彼は王城に残っている。
ただし、王太子ではなく、後見人として。
新たに王太子として立ったのは、
第二王子だった。
兄とは違い、言葉数は少なく、決断も慎重。
周囲の声を集め、結論を急がない。
その姿勢は、評価として静かに受け入れられている。
エドワードは、その傍らに立ち、
助言を求められたときだけ、口を開く。
妻も、子も、いない。
それを哀れむ者はいない。
本人も、語らない。
王は、数年後に体調を崩した。
急ではなかった。
むしろ、周囲が覚悟する時間は、十分にあった。
国は混乱しなかった。
静かに、王は崩御し、新たな時代へと移った。
その移行を支えたのが、
宰相ハインリヒ・フォン・ヴァルデックである。
彼は今も現役だ。
若い官僚を傍に置き、書類の読み方、
判断の重さ、沈黙の意味を教えている。
「考えろ。だが、急ぐな」
それが、彼の口癖になっていた。
一方、王国騎士団副団長だった
ヴァルター・クロイツは、
国境警備隊の隊長として着任した。
王都に常駐することは少ない。
だが、用事で戻るたび、
必ず一度は立ち寄る場所がある。
壁際の席。
同じ一杯。
それは、彼が今も“戻ってくる場所”を持っているという、
ただそれだけの話だ。
そして――喫茶ルポ。
店は、今も変わらず、そこにある。
派手な看板も出さない。拡張もしない。
だが、常連たちは知っている。
ここが、思考と休息と再出発の場所だということを。
噂話もある。
「誰が、あの人の隣に立つんだろうな」
声高ではない。
冗談とも本気ともつかない。
ただ、静かなデッドヒートが続いている。
当の本人は、気づいているのか、いないのか。
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ある日の午後、
喫茶ルポは貸切になっていた。
家族だけ。
父と母。
弟妹。
気取らない笑い声。
私は、カウンターの内側ではなく、
テーブルに座っている。
今日は、店主ではない。
娘であり、家族の一人だ。
「この店も、すっかり馴染んだな」
父が、店内をゆっくり見渡しながら言った。
壁際の席。
窓際の席。
カウンター。
誰が座るかを決めなくても、
自然と役割が生まれている空間。
父は、少し考えるようにしてから、
カップを置いた。
「正直に言えばな」
その声は、低く、穏やかだった。
「ここまで来るとは、思っていなかった」
私は、何も言わない。
父は続ける。
「だが――お前が、自分の足で立つ場所を見つけたことは、
最初から分かっていた」
視線が、私に向く。
「どこに立つかより、どう立つかだ」
短い言葉だった。
飾りも、慰めもない。
けれど、胸の奥に、静かに届く。
「よく、ここまで来たな」
それだけだった。
私は、思わず笑ってしまった。
「……ありがとうございます」
それ以上、言葉はいらなかった。
母が、少しだけ目を細める。
「たまには、ちゃんと休みなさい」
弟妹が笑う。
私は、カップを手に取り、
湯気を眺めた。
香りは、いつもより柔らかい。
この場所は、仕事場であり、
生きる場所であり、帰る場所だ。
誰かに選ばれなくてもいい。
誰かの物語に、無理に組み込まれなくてもいい。
私は、ここにいる。
それだけで、
すべては十分だった。
喫茶ルポは、今日も静かだ。
けれど、寂しくはない。
それが、
私の人生であり、
私のざまぁだった。
これにて完結です。初めて最後まで書ききることができました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この物語で描きたかったのは、声高に勝つことではなく、
静かに自分の人生を取り戻すことです。
もしこの物語が、立ち止まって振り返るきっかけになれば嬉しいです。
ご感想や評価などいただけましたら、とても励みになります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




