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悪役令嬢のざまぁは、静かなカフェで  作者:


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2/23

第二話 悪役令嬢の評判と、公爵家の娘

 婚約破棄の翌日、社交界は私の話題で持ちきりだった。


「王子をいじめていた悪役令嬢」

「か弱い男爵令嬢を泣かせた冷酷な女」

「やはり、公爵家という立場を笠に着ていたのね」


 どれも、事実とは少しずつ違う。

 けれど、噂というものは正確さよりも、語りやすさを好むものだ。


 私は公爵家の私室で、静かに紅茶を飲んでいた。

 いつもと変わらぬ朝。違うのは、私がもう王家の婚約者ではないという、それだけだ。


「……お前は、本当にそれでよかったのか」

 向かいに座る父――ローゼンベルク公爵が、低い声で問う。


 厳格な表情の奥に、確かな心配が滲んでいる。


「はい。父上」

 私は微笑んで答えた。


「むしろ、肩の荷が下りました」

 父はしばらく黙り込み、やがて深く息を吐いた。


「エドワード殿下からの連絡は来ている。“将来の王子妃を傷つけた公爵家の責任”を、遠回しに示唆してきた」


 予想通りだ。


「ですが、事実として残っているのは婚約破棄を宣言したのが殿下である、という一点のみ。私が誰かをいじめたという証拠は、どこにもありません」


「……そうだな」


 父は、わずかに口角を上げた。


「お前は昔から、感情で動かない。だからこそ、誤解もされやすい」


 それは、私自身が一番よく分かっている。


 私は感情を表に出すのが苦手だった。

 派手に笑うことも、涙を見せることもない。

 それがいつの間にか、「冷たい」「高慢」という仮面を被せられていた。


「社交界に、しばらく出るつもりはありません」


 そう告げると、父は驚いた顔をした。


「……隠れるのか?」


「いいえ。離れるだけです」


 戦う気はない。弁明する気もない。

 私が欲しいのは、理解でも名誉でもなかった。


「少し、王都を歩いてみたいのです」


 公爵家の令嬢としてではなく、

 ただの一人の人間として。


 その日の午後、私は簡素な外套を羽織り、王都の街へ出た。


 人々の視線は、まだ私に気づかない。

 瓶底眼鏡と地味な服装は、今の私をよく隠してくれた。


 喧騒。

 呼び込みの声。

 行き交う人々の熱。


 そのすべてが、少しだけ息苦しい。


 ――もし。


 この街のどこかに、

 何も求められず、何も演じなくていい場所があったなら。


 考え事をしながら歩く私の視線が、ふと一本の路地に吸い寄せられた。

 大通りから外れた、静かな場所。


 そこには、今は使われていない小さな建物があった。


 古い木の扉。

 小さな窓。

 けれど、不思議と落ち着く佇まい。


 私は、立ち止まる。

 胸の奥で、何かが静かに形を取り始めていた。


 ――ここなら。


 誰も、私を悪役令嬢とは呼ばない。

 誰も、何かを期待しない。


 ただ、静かに息をつける場所。


 まだ名前はない。

 けれど、確かに分かる。


 私の次の人生は、この「静けさ」から始まるのだと。

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