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悪役令嬢のざまぁは、静かなカフェで  作者:


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閑話 窓際で息をつく男

 その店に入ったのは、偶然ではない。


 正確に言えば、探していたわけでも、

 誰かに教えられたわけでもなかった。


 ただ、歩けなくなったのだ。


 王城を出てから、頭の中では今日も同じ声が反響していた。


 第一王子エドワードの、感情ばかりが先走る言葉。

 根拠のない正義感。

 それを無批判に肯定する取り巻きたち。


 ――幼い。


 そう断じることすら、今では疲労を伴う。


 扉を開けた瞬間、私は足を止めた。


 静かだった。


 意図して黙らせた静けさではない。

 最初から、そういう空気が置かれている場所だ。


 私は迷わず、窓際の席を選んだ。


 外が見える位置。

 思考を巡らせるには、これ以上ない場所だ。


 椅子に腰を下ろし、ようやく、深く息を吐く。

 厨房に立つ女性を見て、私は一瞬だけ視線を落とした。


 ――やはり、彼女か。


 アデリア・フォン・ローゼンベルク。


 かつて第一王子の婚約者だった公爵令嬢。

 そして、「悪役令嬢」として切り捨てられた女性。


 彼女が無実であることは、

 宰相である私――ハインリヒ・フォン・ヴァルデックが、

 最初から理解していた。


 王子が語った「いじめ」の話に、

 具体的な証拠は一つもなかった。


 あったのは、男爵令嬢リリアーナ・フローレンスの涙と、

 王子の感情論だけだ。


 それでも、あの場では誰も止められなかった。


 止めなかったのではない。

 止められなかった。


 彼らは「正義」を演じたかったのだ。

 弱き者を救う自分たち。悪を裁く立場に立つ自分たち。


 そのために、一人の女性を悪役に仕立て上げた。


 私は、その構図に辟易していた。


 豆を挽く音が、耳に届く。


 ざり、ざり。


 一定で、感情の混じらない音。


 湯が注がれ、香りが立ち上る。

 私は、それを胸いっぱいに吸い込んだ。


 ……久しぶりだ。


 何かを判断しなくていい時間は。

 カップが置かれる。


「どうぞ」


 それだけ。


 媚びも、探りも、評価を求める気配もない。


 私は、ゆっくりと一口飲んだ。


 苦味が、舌に残る。

 だが、不快ではない。


 むしろ、頭の奥が静かに澄んでいく。


 ――彼女は、本当に何もしていない。


 改めて、そう確信する。


 王子の婚約者であった頃も、

 彼女は一度も権力を振りかざさなかった。


 沈黙を、傲慢と呼ばれただけだ。

 私はカップを置き、小さく息を吐いた。


「……余計なことを、考えなくて済む」

 思わず零れた言葉だった。


 彼女は、何も言わない。

 ただ、受け止める。


 それでいい。


 この国には、声を張る者が多すぎる。

 静かに考える者が、あまりにも少ない。


 会計を済ませ、私は席を立った。


 扉を出る前、ほんの一瞬だけ店内を振り返る。


 ――この場所は。


 必要な人間から、先に辿り着く。


 そして、分からない者には、最後まで分からない。


 それでいい。


 私は宰相として、再び王城へ戻る。


 だが、次に思考が行き詰まったときも、

 私はきっと、ここへ来るだろう。


 窓際の席が、

 空いていることを願いながら。

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