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Episode08

18時になり、約束の場所で四人が顔を合わせた。

少しだけ気まずかった。

けれど、はるひが何事もなかったように明るく笑ってくれたおかげで、

俺も自然にその輪に混ざることができた。


ただ、蒼空の気持ちを知った上でのこの空気は、

心の奥に小さな痛みを残していた。


一方で、聖もまた気まずさを抱えていた。

偶然、蒼空のために「上手くはぐれるルート」を探して

神社の周りを歩いていたとき、

あの告白の場面を目撃してしまったのだ。


そんなことがあったとは何も知らない蒼空は、

はるひの浴衣姿に思わず目を奪われている。

微妙な空気が流れかけたそのとき、

聖がいつもの調子で声を上げた。


「よっし! んじゃ店まわろー!」


はるひは「綿菓子!」と元気よく、

俺は「チョコバナナかな」とぽつり、

蒼空は「焼きそば!」と即答。


その声を合図に、夜の清灯川へ足を踏み入れた。

川沿いの出店が並び、赤い提灯が川面に揺れている。

焼きもろこしの香り、油の弾ける音、金魚の水音。

それらが夏の夜を形作っていた。


やがて人の流れが途切れた瞬間、視界がぱっと開けた。

対岸の茂みの奥、立ち入り禁止区域から、

溢れ出すように蛍が舞っている。

提灯の灯とは違う、やわらかな緑の明滅が

静かに水面を照らしていた。


まるで時間ごと、

別の世界に紛れ込んだような光景だった。


「……すげぇ」

誰かの小さな声が夜に溶けた。


再び人混みに戻ると、蒼空とはるひが金魚すくいに夢中になっていた。

その笑い声を背に、

お面屋の軒先で聖が何やら品定めをしている。


真っ白な狐の面。

目尻に紅、耳の縁に金のきらめき。


「これ、瑠偉ちゃんにプレゼント」


「え、なんで? 俺に? 子供じゃないんだけど」


「狐ってさ、なんか瑠偉ちゃんに似てると思ったから」

「え、なんで?」

「白くて、ちょっとツンってしてるところとか」

「……うるさぁ」


ぷいっと横を向く。

突っぱねたつもりなのに、胸の奥がくすぐったい。


「ちゃんと、大切にしろよ?」


聖は笑って、俺の頭にそのお面をそっと被せた。

はるひは二人の様子を見て、

胸の奥で小さく「そういうことか」と呟く。

悔しさよりも、不思議な嬉しさが勝っていた。



花火打ち上げの十五分前。

人で埋まる川沿い。

聖と目が合い、軽く顎で合図される。

俺は蒼空とはるひの元を抜け出した。


「うわっ、あいつらどこ行った?」

蒼空のわざとらしい声を背に、俺たちは灯結神社の方へ向かう。


「うまく抜けられたな」

聖が笑う。


「意外に上手く行ったね。でも、なんでこんなとこまで?」

「まあまあ。瑠偉ちゃん、俺とゆっくり話したいだろ?」


その言葉に返す間もなく、夜空が破裂した。

橙と群青の花が咲く。


「おっ、始まったな!」


聖の手招きに導かれ、

木々の隙間から空がよく見える場所へ腰を下ろした。

「ほら、完璧だろ」

「……まぁ、悪くないかも」


花火の光が、聖の横顔を照らしている。

穏やかで、どこか芯のある表情。

その横顔に見入ってしまう。


「なあ。実はさ。さっき、瑠偉ちゃんがはるひに告られてるとこ、見ちゃった」

「えっ!?」

「偶然な?」

「盗み聞き!? 信じらんない!」

「違うって! 本当に偶然!」


その慌てた声に笑いそうになる。

けれど、聖の次の言葉に息を飲んだ。


「でも、ちょっとだけ……安心した」


「え? どうして?」

「何に安心したの?」


問い返した瞬間、聖が俺の顔に白狐の面を被せた。


「コンコンッ」


白い世界の向こう、聖の笑顔が滲んで見えた。


花火が咲き続ける。

狐の面越しに見た光が、頬を淡く染めた。


少しずつ、確かに。

俺と聖の距離は、近づき始めていた。



夜風が熱を冷まし、

川辺に残る煙の匂いが祭りの終わりを告げる。

花火の余韻を残しながら俺と聖は家までの帰り道を歩いていた。


聖がスマホを見て笑った。

「ほら、蒼空から。“結局何も言えなかった”ってさ」


俺は思わず笑い、聖は肩をすくめる。

「せっかく二人にしてやったのにな!」


俺の家の前に着くと、

聖はもう一度、お面を俺の頭にちょこんと乗せた。


「ちゃんと飾っとけよ。似合ってたから」


そう言って背を向け、

「じゃね。今日はありがと。おやすみ、瑠偉ちゃん」と手を振る。


その背中を見送りながら、

小さな声で呟いた。


「……こちらこそ。いつもありがとう」


遠くでまだ響く祭りのざわめき。

蛍火の夜は、青春のはじまりの匂いがした。


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