Episode07
2020年7月17日(金)
夏休み直前の夕方。気づけば俺の部屋は、聖と蒼空を合わせた男子3人の溜まり場になっていた。
いや、溜まり場というより、都合よく使われているだけかもしれない。
高校一年で一人暮らし。これ以上に気楽な場所は、たぶんない。
畳の上でごろごろ寝転ぶ3人。
窓際の聖はTシャツをパタパタさせ、涼しい顔でくつろいでいる。
「ていうか、勝手にくつろぎすぎ。少しは遠慮とかしないの?」
短く突っ込むと、隣で蒼空がスポーツドリンクを飲み干し、黒縁メガネをクイッと押し上げた。
「あのさ……お前らに話したいことがある」
低めの落ち着いた声に、俺と聖は姿勢を正す。
「実はさ、俺。はるひのこと、好きなんだよね。お前らに初めて言うけど」
「そんなん分かってるわ!で?話ってそんだけ?」
間髪入れずに聖。
「えっ!? 分かってたの!? てか“そんだけ?”は冷たすぎだろ!」
蒼空が目を見開く。
「2人とも島育ちなんだよね? 幼馴染? なんか仲よさそうだったから」
と俺が聞くと、蒼空は「そうそう、実はな! 俺とはるひは―」と得意げに語り出しかける。
「うわっ、長くなりそ! いいいい! また今度!」
聖がバッサリ遮った。
蒼空は小さく咳払いし、真面目な顔に戻る。
「で、正直そろそろ告ろうと思ってる。でも心が決まらないし、タイミングがわかんないんだ」
聖はにやりと笑った。
「じゃあさ、蛍祭りで言えば? 夜だし雰囲気いいし、誘う口実にもなるだろ?」
蛍祭り(ほたるまつり)
清灯川で夏に開かれる島の祭り。
“蛍火の夜”とも呼ばれ、川面を舞う蛍の光と夜空に咲く花火が重なり合う。
川沿いには屋台が並び、近くにある、灯結神社で用意された短冊や小さな灯籠を流せる。
島の人は、この祭りを「夏の奇跡」と呼ぶ。
そしてこの祭りは俺達4人にとって、忘れられない青春の原点となる。
「とりあえず最初は4人で行って、適当に俺と瑠偉ちゃんがはぐれちゃえば、あとはお前とはるひでいい感じになるだろ?てか俺行ってみたかったんだよな〜蛍祭り!」
悪戯っぽく笑う聖。
「……うん、俺も祭り行きたい。それがいいかも」
俺もうなずく。
「お前ら優しすぎだろ!!」
蒼空は笑いながら両手を広げて喜んだ。
俺の部屋に、3人の笑い声が響いた。
◇
2020年7月20日(月)
蛍祭りの当日は、学校の終業式だった。
夕方の18時に、会場近くに集合する約束をして、それまでは各々支度したりゆっくりすることになってた。
制服を脱ぎ、シャワーでベタついた汗を流す。
ゆったりと支度をしていると、机の上のスマホが震えた。
画面を見ると、はるひからのメッセージ。
待ち合わせの前、17時に灯結神社で会えないかな?
ちょっと話したいことがあって。
祭りの前に、二人だけで?
少し驚きながらも、指は自然と動いていた。
「わかった。17時に行く」
送信ボタンを押すと、胸の奥に小さな緊張が混じった。
外は、まだ真夏の強い光が残っている。
◇
待ち合わせの10分前に着く。
石段に腰を下ろすと、夏の空気が肌にまとわりついた。
蝉の声、遠くから混じる太鼓の音。
境内は夕方の光に包まれ、海風が木々の間をすり抜ける。
灯結神社。
島の人が“祭りの前に必ず立ち寄る”という場所。
朱の鳥居の影が、長く伸びている。
数分後、石段の下から足音。
浴衣姿のはるひが立っていた。
いつものポニーテールじゃなく、ゆるくまとめられた髪。
落ち着いた色の帯が揺れ、いつもより大人びて見える。
「……やほ。……浴衣、どうかな?」
視線が合って、思わず逸らす。
「に、似合ってる」
短く答えると
「ふふっ。サンキュー!」はるひは照れたように笑った。
並んで石段に腰をかける。
木漏れ日が揺れ、草の匂いを風が運ぶ。
同年代の異性と二人きりなんて初めてで。心臓が、うるさい。
少しの沈黙。はるひが息を吸う。
そして、まさかの告白だった。
転校初日の俺を見て、言葉にできない切なさを感じたこと。
理由はわからないけれど、惹かれてしまったこと。
勇気を出して声をかけ、今日まで一緒に過ごしてきたこと。
「もしよかったら、付き合ってほしいな。」
まっすぐな眼差し。
俺はゆっくりとうつむいた。
(……ありがとう。でも...)
(その気持ちには、応えられないよ。)
(だって...俺は....。)
「……ごめん。はるひのこと、まだよく分からないし……」
「だから、こんな大事なことを、自分の気持ちが分かってないまま簡単には答えられない。……ごめん」
「それに、はるひのことをもっと分かってくれる人は、きっと他にいると思う」
笑おうとしてもうまく笑えず、視線は石段に落ちた。
本当は、人と深く関わるのが怖いだけだ。だけどそれが言えない。
はるひは一瞬うつむき、すぐにぱっと笑顔に切り替えた。
「……瑠偉は優しいんだね。ありがとう」
そして、わざと軽い口調で付け加える。
「だけどさ、ちょっとは期待させてほしかったなー? なーんて!」
その笑顔に、ふっと息がこぼれた。
2人はそれ以上深く触れず、待ち合わせの場所へ向かうことにした。
わざと時間をずらし、別々の道で。
◇
朱の鳥居の陰、さらに奥の茂み。
しゃがみこんでいたのは、またしても聖だった。
(……まじかよ。はるひが瑠偉ちゃんに告白、って)
胸の奥にチクリと走る、説明しづらいむずむず。
瑠偉がその気持ちを断ったとき、聖はほっと胸を撫で下ろした。
その理由を、自分でも言葉にできない。
(……見なかったことにしよ)
(……少なくとも、あのバカには言えねーな)
心の中で小さくつぶやき、聖はそっとその場を離れた。




