Episode06
2020年6月29日(月)
翌日。教室は朝から賑やかだった。
話題の中心は、もちろん羽衣浜のキャンプ。
「やっぱアレ最高だったよなー! 聖と瑠偉が海に落ちたとこ!」
「そうそう、あれマジでやばかった!」
「てか聖! お前、食材のお金まだ払ってないだろ!」
「そいや、昴真のギターもヤバかったよな?」
笑い声の波は途切れない。
俺は輪の端に腰を下ろし、耳を傾けながら、ときどき短く返事をした。
完全に混ざれているわけじゃないけど
前みたいに孤立してる感じはしない。
羽衣浜のキャンプ。本当に、行ってよかった。
授業が終わり、リュックを背負って下駄箱へ向かう。
昇降口を抜けようとした、その時。
ぱっと視界に飛び込んできたのは、大きな瞳と高く結んだポニーテール。
制服のリボンは少し崩して結ばれていて、自由で活発な雰囲気をまとっている。
「やほー! ねえねえ君、転校してきた隣のクラスの瑠偉くんだよね?」
明るい声。迷いのない距離感。
自己紹介は、名前だけであっという間に終わった。
「ね、これから時間ある? 島、案内してあげる!」
あまりの唐突さに、「いや、でも……」と口が先に動く。
彼女は返事を待たずに、俺の手を取って
「ほらほら、こっちこっちー!」
「えっ?ちょ、ちょっと!」
夕方前の校舎を抜け、外の光の中へ。
足は、その勢いに呑まれるように自然と動いた。
彼女の名前は、三条 はるひ
陸上部。日焼けした肌と弾ける笑顔が印象的な、パワフルな同級生だ。
「島のこと、ぜーんぶ案内してあげる!」
ぐい、と手を引かれ――
「あの……わかった。行くから、手は離して」
「わ、ごめんごめん!」
はるひは笑って手を離し、歩幅を合わせてきた。
その自然体に、少しだけ肩の力が抜ける。
その様子を、昇降口の自販機の影から覗く影があった。
聖だ。
(あれ……三条じゃね? ん? 瑠偉ちゃんと……?)
眉がぴくりと動く。
息を小さく吐き、何事もないふうに壁から離れる。
(べ、別に気になるわけじゃないけど。……安全確認。安全確認)
ぶつぶつ言い訳しながら、こっそり後をつけ始めた。
さらに、その聖の背後にも、もう一つの影。
茶髪、大袈裟なパーマに黒縁メガネ、妙に飄々とした空気の少年。
スマホをいじりつつ軽い足取りで聖の後を追う。
白石 蒼空。
このときはまだ知らなかったけれど、
はるひと蒼空は、俺にとって“かけがえのない親友”になる。
本当の兄弟みたいに思える人たちだ。
◇
はるひは驚くほど丁寧に島を案内してくれた。
古い言い伝え、地元の隠れ名所、観光の王道スポットまで。本当に、いろいろ。
正直、すごく楽しかった。時間はあっという間に過ぎる。
最後に辿り着いたのは、「月待ち台」と呼ばれる展望台。
木造の手すりの向こうに、空と海の境が溶け合うような景色。
傾きかけた夕陽が羽衣浜を金色に染め、
波はゆるやかに光を運んでいく。
あの夜、聖と星を見た“人魚の浜”も見えた。
小さな人影がポツポツと歩き、足跡を残していく。
月待ち台から少し下がった坂道。
木陰にしゃがみ込み、展望台を見上げる聖。
(瑠偉ちゃん、普通に笑ってるじゃん。あの笑顔は俺がいちかばちかで海にダイブしてまで引き出した笑顔だぞ。
なのに三条は軽々と……女子の特権か!? 感じ悪っ!)
さらにその後ろでは蒼空がスマホをいじりながら距離を詰める。
(秋月聖。俺はお前を知っている……! 転校してきたよそ者のくせに、なんかキャラ被ってんだよな。
しかもクラスじゃちゃっかり人気者。おまけに、はるひをコソコソつけるとか。
……ストーカー属性まで被る気か!?)
じりじり、じりじり。
そして木の根に足を取られた蒼空が、
「うわっ!」
しゃがんでいた聖に全力衝突。
「ぐはっ!」
二人まとめて派手に転倒。
その音は、展望台まで届いた。
振り返った俺は、目を見開く。(えっ、聖?)
はるひは同時に、「あれ、蒼空!?」と声を上げる。
蒼空と聖は、顔を合わせた瞬間、同時に指を突きつけた。
「あーーっ!!」
「いってーな! なにすんだよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「いやお前が突っ込んできたんだろ!」
「いやお前がそこにいるのが悪いんだろ!」
互いの顎をつねり合い、ほぼ取っ組み合い。
なのに、空気はなぜかほがらかだ。
はるひが呆れ顔で坂を下りてくる。
「アンタたち、なにしてんの?」
俺は笑いをこらえきれず、後ろを向いて肩を震わせた。
泥だらけの二人は、まるで長年の腐れ縁。
そのシュールさが、じわじわと可笑しい。
「……はぁ。とりあえずファミレスでも行こうぜ」
聖の提案に、はるひが即答。
「いいね。もちろんアンタたちの奢りでね」
「は? なんでだよ!」
「お前のせいで疲れたんだよ、クソメガネ!」
「な、なんだとー!?」
わけも分からないまま、四人は並んで歩き出した。
◇
席に着くなり、思い思いに注文。
運ばれてきた皿とグラスから、湯気と甘い香りが立ちのぼる。
向かいの聖は、目の前のチョコパフェを迷いなくパクパク。
頬はほんのり赤く、口元にチョコソースがついている。
(……子どもか)と、心の中でツッコむ。
ストローをくわえたはるひが切り出した。
「で、アンタたち……なんであんなとこにいたわけ?」
「えっ……」聖と蒼空が同時に固まる。
「いや……その……」
「別に、ちょっと……」
(“瑠偉ちゃんが気になってたから”なんて言えるかよ!)
(“はるひをつけてた”なんて、死んでも言えるかぁぁ!)
(……瑠偉くんと二人、いい感じだったのになー)
(なんかよく分からないけど、このノリ楽しいかも……)
誰も本当のことは言わない。
それでも、テーブルの上には笑いがあふれた。
この日を境に。
クラスが違っても、四人で一緒に帰ったり、
放課後にカフェへ行ったり、ごはんを食べたりするようになった。
この時間こそが、俺の人生における“かけがえのない宝物”との出会いだった。




