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Episode03

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休み時間を告げるチャイムが鳴り、生徒たちの声が教室いっぱいに広がった。

俺は隣の席の秋月に、小さく声をかける。


「…昨日は、傘入れてくれてありがと」


秋月はくるりと顔を向け、白い歯を見せて笑った。

その笑顔は裏も表もなく、まるで太陽そのものみたいに真っ直ぐだった。


「全然いいって! 気にすんなよ! 濡れないで帰れてよかったじゃん!」


あまりにも軽くて、昨日の雨なんてどうでもよかったみたいだ。

結局、クラスに馴染めないまま。唯一話せる相手は、苦手な秋月だけ....それが今の俺の現実だった。


昼休みになると、秋月は教卓の近くで数人と輪になって笑っていた。

裏も表もないその笑顔で楽しそうに話していた。

彼の周りに自然と人が集まるワケが少しだけわかったような気がする。


俺は窓際の自分の席に座り、校庭の向こうに見える海をぼんやりと眺める。


(……同じ転校生なのに、なんであんなに自然に馴染めるんだろ)


胸の奥がモヤモヤとする。

秋月みたいになりたいのか、それとも、あの輪の中に入りたいのか。

自分でもわからない感情だった。


そのとき、秋月の大きな声が教室を弾ませた。


「そうだ!! なぁ、明日からの土日、みんなでキャンプしねぇ? なんかパッと遊びたい気分なんだよ!」


一瞬で空気がはじけ、あちこちから歓声が上がる。


「いいね!」「どこ行く?」

羽衣浜(はごろもはま)しかないでしょ!」


羽衣浜(はごろもはま)。そのワードが出て俺は少しその話題が気になった。

SNSで見たことがある。透き通った海と白い砂浜。

人魚の歌が聞こえる、なんて噂もある島の景勝地だ。


会話の輪がどんどん広がる中、秋月が不意にこちらを見た。


「なぁなぁ! 瑠偉ちゃん も来るよな!?」


(……え? 瑠偉ちゃん?)


突然の呼び方に息が止まる。

しかも、クラス中の視線が一斉に俺に向いた。

逃げ場なんてない。やられた。


「……行くよ」


しぶしぶ答えると、秋月は満足そうに笑った。

本音は“行きたくない”だった。

話せるのは秋月だけ、きっとまた浮くだけだとわかっていたから。



夜。

シャワーを浴び、夕食を済ませると、父が用意してくれた部屋に静けさが満ちていた。

最低限の家具と白い壁。窓を開けると、湿った潮風がゆるやかに流れ込んでくる。

遠くで蛙の声が響き、時おり虫の音が混じった。


(……新都の夜とは、まるで別世界だ)


ため息をつきながら明日の支度を始める。

天敵から身を守るための日焼け止め。

汚れの目立たない黒いTシャツ、タオル、水筒、虫除けスプレー。

テンポよくリュックに詰めながらも、自分が輪の中で浮く姿を想像してしまう。


「……はあ。」


気づけば、窓の外の海がゆらゆらと灯りを映していた。

少しずつ、この島の静けさが好きになっていく。

ほんの少しだけ、心が落ち着く。



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空は雲ひとつない真っ青な夏空。

インドアな俺にもわかる。絶好なアウトドア日和。

そして家を出た瞬間、背後から聞き慣れた声が響いた。


「おーーーい!」


振り返ると、秋月が自転車にまたがって手を振っていた。

陽光を浴びて笑うその顔が、夏を題材にしたアニメ映画のポスターみたいにまぶしくて様になっていた。


「よし! いくぞー!」

「……え?」

羽衣浜(はごろもはま)まで、チャリでゴーゴー!!」

「いや、俺ひとりで行けるから」

「ひとりじゃつまんねーって! ほら、後ろ乗って!」


選択肢は最初からなかった。


「うるさぁ.....。」

ぶつぶつと文句を言いながら仕方なく後ろに乗ると、秋月の背中から柔軟剤と日焼け止めと、少しの汗の匂いが混じった風が流れてきた。

心臓が少しドクッ、ドクッと音を立てた。


「しゅっぱーーーつ!!」


勢いよくペダルを踏む音。自転車は坂道を駆け下りた。

反射的に俺は秋月の背中にギュッとしがみついた。


「ちょ、待って!!」

「風ーーーっ!!」


潮の香りを含んだ風が頬を叩く。

景色が一気に流れ、視界の先、下り坂の向こうに光の海が広がった。SNSで見た景色よりも実物は遥かに美しかった。


坂を下りきった瞬間、羽衣浜(はごろもはま)が見えた。

真っ白な砂浜と透き通る青。

空と海の境界がわからないほどの眩しさだった。


(うわぁ……綺麗...)


胸の奥が高鳴る。

“来てよかったかも”と思えた、その瞬間—


!?

えっ!?なにしてるの!?

自転車は勢いを止めずに桟橋を渡り海に向かって一直線!


「ノーブレーキなのだぁぁぁあ!!」

「バカなの!? 本気で!?」


パタパタと足で必死に抵抗するけど、間に合わない。

やがて秋月の声と同時に、二人は宙へ。

その一瞬、世界がスローモーションになる。光、波、風、そして笑い声。

すべてが弾けながら溶け合い、心の奥がじんわりと温かくなった。


どぼぉぉぉん!!


大きな水音と共に透き通る水の中に俺はいた。

全身を包む冷たさと、泡のきらめき。太陽の光で煌めく

水中の景色があまりにも美しくて、言葉を忘れた。


「ぷはっ……!!」


水面から顔を出すと、クラスの仲間たちの笑い声が響く。

拍手、歓声、笑い声。

そのすべてが、やけに優しく感じた。


「バカでしょ!…ほんっとに……!なんなの!」

「ぷぷっ...。あはは。あはははは!」


そう言いながらも、気づけば俺も笑っていた。

ずっと笑っていなかった顔の筋肉が、ようやく動いた気がした。


濡れた髪をかき上げた秋月と目が合う。

その瞳の奥に、静かな喜びがあった。



『やっと、笑ってくれた』


その瞬間、俺の胸の奥で何かが確かにキュっと鳴った。

やっと引き出せた瑠偉の笑顔が太陽よりも眩しかった。

何がそんなに嬉しいのか自分でもわからないけど、

この瞬間をずっと見ていたいと思った。


その笑顔を引き出せた自分を褒めてやりたい。

そんな風に思ってた。


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