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Episode31

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新学期が始まる前のその日、俺の誕生日だった。


自己紹介のときに、よく「えっ、最後なんだ!」とか「一番遅い誕生日だね!」なんて笑われる。けど、そんな会話ももう遠い。


最後に誰かに祝ってもらったのがいつだったか、正直思い出せない。そのくらい、いつの間にか『何でもない日』になっていた。


誕生日なんて、誰かが覚えてくれてこそ意味を持つんだと思う。

でも、それがなくなった途端、ただの数字になる。

だから俺も、覚えていなかった。自分の誕生日すら。


聖から誘いがあったのは一週間前だった。

「31日、空けといて!『灯し火』でご飯食べよう!」


そう言われて、なんとなくスケジュール帳に書き込んだ。そのとき、ふと気づいた。この日、俺の誕生日だって。


その瞬間、嬉しくて心が跳ねた。

たまたまでもいい。聖と一緒に誕生日を過ごせるなんて。


だけど、自分から「今日、誕生日なんだ」なんて言うのは絶対に無理だった。

そんなの、まるで『祝ってほしい』って言ってるみたいで、痛い奴みたいに思われそうで。



そして当日。

俺は鏡の前で、何度も髪を整えていた。寝癖を直して、少しだけワックスをつけて、横の髪を耳にかけてみる。


鏡を見るのは好きじゃなかった。頼りない顔が映るたびに、なんだか嫌になるから。


けれど今日だけは違った。

鏡の中の自分は好きな人に、少しでもちゃんと見てもらいたい俺だった。頼りない自分の顔はそこには映っていない。

そのことに気づいた瞬間、頬が熱くなった。視線を逸らしながら、思わず笑う。


「……大丈夫、いけるよ。瑠偉。がんばろ」

小さく呟いて、鏡の中の自分にエールを送る。


外は春の風。カーディガンの袖を整えて、玄関を出る。胸の奥が、ほんの少し痛いくらいに高鳴っていた。今日も聖に会える。



約束の時間17時。

俺は港の坂を下りきり、カフェ『灯し火』の前に立っていた。


夕方の潮風が、髪をやわらかく撫でていく。

古民家を改装した店のガラス窓からは、海の光が反射してきらめいていた。


聖、蒼空、はるひ。みんなで何度も訪れた場所。けれど、今日は少しだけ違う。胸の奥で、言葉にならない音が小さく鳴っている。


入り口の脇で加熱式タバコをくゆらせていたのは、カフェのスタッフ・亜美つぐみさんだった。


「やほー、瑠偉ちゃん! いらっしゃい! 聖、きてるよ!」

笑顔で手を振る彼女の声が、潮風に混ざって弾む。


「こんにちは。今日はお邪魔します」

軽く頭を下げると、亜美さんはニッと笑って俺の肩を軽く叩いた。


「青春していけよー!」

その言葉に、思わず笑ってしまう。


『青春していけよ』亜美(つぐみ)さんの口癖だ。

年は25歳。お団子ヘアが似合う明るい人で、いつも笑顔が絶えない。


元々、新都で暮らしていたらしく、同郷とあってその話題になるとよく盛り上がった。

俺も聖も、蒼空も、はるひも、『灯し火』に来るときはいつも彼女に元気をもらっていた。


案内されて店の中に入ると、潮の香りとココアの甘い匂いが混ざり合って、落ち着く空気が胸に広がった。


窓際の席は、みんなの特等席。そこに、聖がいた。

海を背に座るその姿は、どこかいつもより大人びて見えた。


整えられた髪、シャツの襟元。落ち着いた色の服がよく似合っていて、思わず足が止まる。


……かっこいい。


小さく手を振ると、聖が気づいて笑った。

その笑顔に、胸の鼓動が少し早くなる。


俺も控えめに手を振り返して、テーブル席へ向かった。椅子を引く音がやけに大きく響いた気がして、

「……ごめん」なんて口に出してから、なんで謝ったんだろうと自分で苦笑する。


亜美さんが運んできたのは、いつも俺が頼むホットココアだった。湯気がふわりと立ちのぼる。それだけで少し安心した。


聖の前に座り、俺はカップを両手で包む。

どうしよう。なんだか、うまく言葉が出てこない。

今日の空も、海も、彼の笑顔も。全部、やけに眩しかった。


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