Episode30
暖かい部屋の中、俺は部屋の隅で毛布にくるまりながら、うとうとしていた。
みんなの笑い声が遠くに聞こえる。
夢と現実の境目を、ふわふわと心地よく彷徨っている。
聖と蒼空、はるひの三人が、小さな声で何かを話していた。何を話しているのかはわからない。
けれど、その声のトーンが柔らかくて、どこか安心した。
そして。
「そ、そ、そ、そんなことない!!違うって!!」
聖の突然の大声に、俺はびくりとして目を覚ました。
「あーあ。瑠偉、起こしちゃったー。」
はるひがからかうように笑い、聖は顔を真っ赤にして慌てて目を逸らす。
「ご、ごめん……瑠偉ちゃん。起こしちゃった。」
「ん?うう?。ごめん、俺こそ寝ちゃってて。」
まだ頭がぼんやりしていて、何のことか分からないまま答えると、蒼空がにやりと笑った。
「いや!聖がな、瑠偉の寝顔可愛くてずっと見惚れてたから!」
「ちょっ、違えよバカ!!」
聖が真っ赤になって蒼空のメガネをずらす。
蒼空は「いてー!」と笑いながら抵抗して、はるひは「あははは」と茶化す。
本当にそう思ってくれてたら嬉しいな。
そんなことを考えたら、なんだか嬉しくなって、また顔が熱くなる。
やがて時計の針が夜明けに近づき、俺たちは連れ立って外に出た。
澄んだ空気が肌を刺すように冷たい。
吐く息が白く溶けて、星の瞬きが遠くに滲む。
灯結神社へ初詣に向かう道には、凍った地面を踏む音と、時折すれ違う人たちの笑い声。
境内に着くと、鈴の音とともに焚き火の香りが漂ってきた。
手を合わせる時、心の中で小さく願う。
「どうか、この時間がずっと続きますように。」
参拝を終えると、俺たちは月待ち台へと足を向けた。
坂を登る途中、空が少しずつ群青から金色へと変わっていく。振り返ると、羽衣浜の向こうに朝日が顔を出した。
波が光を反射して、海面が細かく瞬いている。
空と海の境目がゆっくりと溶け合っていく。
隣にいる聖の肩が、ほんの少し触れた。
その瞬間、海風に混じってやわらかいムスクの香りが鼻をくすぐる。
「……きれいだね。」
そう呟くと、聖は「だな。」とだけ返した。
その声がやさしくて、胸の奥があたたかくなる。
来年も、こうして一緒に見られたらいいな。
できれば、そのときはもう少し違った関係で、隣にいられたら。
……欲張りだよね。
こうして隣にいられるだけで十分だ。
それでも。それ以上を、求めてしまう。
いつか、この気持ちを伝えて、あわよくば「両思いでした」なんて展開になって、そして、付き合って...。
妄想して、我に返って少し照れ臭くなった。
自分がこんなに妄想癖だったなんて知らなかった。
でも、考えるだけならいいよね。
少なくとも
こんな妄想をしている今の俺は、間違いなく幸せだ。
◇
新都から雅島に引っ越してきた俺の2020年は、静かに幕を閉じた。そして、新しい年が始まった。
この島に来たばかりの頃の俺は、心を閉ざしていた。
人との関わりを避け、誰にも笑いかけず、声を出すことさえ億劫だった。
孤独、人間不信、そして、夜ごとに襲う悪夢。
変わりたい。そう願っても、何も変わらなかった。ただ同じ日々を繰り返すだけ。
けれど、その毎日を変えてくれたのが聖だった。
クラスで浮いていた俺を、聖は当たり前のように輪の中へ引き込んでくれた。無理に笑わせるでもなく、無理に慰めるでもなく、ただ隣にいて、話しかけてくれて。
その自然さに気づけば救われていた。
聖に出会って、蒼空やはるひとの出会い。
三人と過ごすうちに、俺は少しずつ笑うことを思い出した。誰かと一緒に笑うという、当たり前で大切な幸せを。
その中で気づけば、聖に恋をしていた。
『好き』という感情。
それは、俺を壊した言葉でもある。
男が男を好きになる。そのたった一つの想いが、過去の傷を思い起こさせる。
またあの苦しみを味わうんじゃないか、
また誰かを信じて裏切られるんじゃないか。
そんな恐怖が、胸の奥に残っている。
それでも、聖が好きだった。
気づけば、日に日にその想いは強くなっていた。
怖いほどに、確かに。
俺は変われた。
もう過去に囚われてばかりじゃない。
未来のことを、少しだけ考えられるようになった。
聖のおかげで。
そして、季節は巡り、春が来た。
新しい季節、少し長くなった髪を海風がやわらかく頬を撫でる。
まだまだ子どもだけど俺は、二年生になる。
確かに一段、大人への階段を登っていく。




