Episode29
2020年12月31日。
あのクリスマスの夜から、一週間が経った。
自分の過去をすべて打ち明けてから、心の奥に沈んでいた重さが少しずつ消えていった。
まるで新しい自分に生まれ変わったような気がしていた。
聖は、何も変わらなかった。
俺の秘密を知っても、態度を変えることはない。
今日も目の前にいるのは、出会った頃と同じ。よく笑って、よくふざけて、太陽みたいに明るい聖。
その笑顔を見るたびに、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
やっぱり好きだなと思う。
その笑顔があるだけで、今日も生きていたいと思える。
大晦日の今日は、俺と聖、蒼空、はるひの四人で、聖の家の手伝いに来ていた。
おばあちゃんの畑の片付けと、大掃除。
冬の空気は冷たくて、吐く息が白い。
でも、みんなで笑いながら働く時間は、不思議と温かかった。
「ごめんねえ。手伝ってもらっちゃって。」
聖のおばあちゃんは、俺の祖母と同じくらいの年齢で、穏やかで可愛い人だった。
「いえ! いいんすよ! どうせ俺たち暇なんで!」
蒼空が笑いながら返すと、場の空気が一気に明るくなる。
俺も思わず笑って頷き、手を動かした。
鍬を握る手に冷たい風があたっても、不思議と苦じゃない。
聖のおばあちゃんは、ふと聖を見つめて、目を細めた。
「聖、あんたがこの島に来た時はどうなるかと思ったけんど……ちゃんと、こんなにいいお友達ができてよかったねえ。」
「へへっ。まぁな!」
聖が照れくさそうに笑って肩をすくめる。
その無邪気な笑顔に、みんなもつられて笑った。
畑の土の匂い、風に混じる藁の香り。
遠くから聞こえる波の音。
そんな何気ないすべてが、俺にとっては新鮮で、心に沁みた。
今までひとりで過ごしてきた時間が、少しずつ埋まっていくようだった。
もう『孤独』じゃない。
この島で出会えた仲間たちが、確かに俺の中にあたたかい場所を作ってくれていた。
2020年最後の日。
その笑い声が、きっと俺にとって、一番の年越しの音だった。
◇
俺たち四人はそのまま歳を越すことにした。
一度解散してそれぞれ家に戻り、風呂で汗を流してから、再び俺の部屋に集合する。
玄関のチャイムが鳴る。
最初にやってきたのは、蒼空とはるひだった。
二人の笑い声が廊下まで響いてくる。
「おじゃましまーす!」
「わ、部屋きれいになってるじゃん」
蒼空は勝手知ったように上がり込み、はるひはその後ろを小さくため息をつきながらついていき
「ちょっとは遠慮しろ!人ん家だぞ!」と蒼空の頭を軽くこづく。
蒼空ははるひに逆らえず、はるひが蒼空を自然に引っ張っていく。
まるで息の合った漫才みたいで、見ているだけで笑えてしまう。
きっと二人の間には、もう言葉じゃ説明できないくらいの信頼があるんだと思う。
そんな二人の姿に、俺の胸の奥も少しだけあたたかくなった。
それから少し遅れて、聖が到着した。
両手いっぱいに、パンパンに膨らんだビニール袋を抱えて。
「おじゃましまーす!これ、ばあちゃんから差し入れ!今日のお礼だって!」
袋の中を覗くと、お菓子やジュース、それに畑で採れたばかりの野菜がぎっしり詰まっていた。
「わ、ありがと……こんなに沢山。」
「いいっていいって。ばあちゃん、嬉しそうだったからさ。」
冷蔵庫にしまえるものを片付けてから、みんなで年末の特番を見たり、ゲームをしたりして時間を過ごした。
笑い声が絶えず響き、外の寒さなんてすっかり忘れてしまうほど、部屋の中はあたたかかった。
気づけば夜の十時。
「腹減ったなー!」と蒼空が伸びをしながら言う。
その瞬間、聖が手を叩いて立ち上がった。
「忘れてた!年越しそば、作るか!瑠偉ちゃん、キッチン貸して!あと、手伝って!」
「うん!」
聖に呼ばれてキッチンへ向かう。
その後ろ姿を追うたびに、胸の奥がほんの少しくすぐったくなる。
蒼空とはるひの笑い声が遠くで響く中、
キッチンの灯りの下で聖と二人きりになる。
蒼空とはるひには少し申し訳ない気もするけど...
聖と二人になれることがとても嬉しい。
この時間がとても好きだ。
◇
キッチンに立つと、聖が冷蔵庫を覗き込みながら振り返った。
「じゃあ、瑠偉ちゃんは蕎麦茹でて!俺、つゆ作るわ!」
軽い口調だけど、どこか頼もしい声。
「はーい」
俺は差し入れでもらった生蕎麦を取り出して、鍋に湯を沸かし始めた。
聖は手際よく出汁を取り、調味料を加えながら、慣れた動きで味を整えていく。
いつの間にか、天ぷらの準備まで始めていて、その動きに思わず見とれた。
「聖って、ほんとすごいよね。いっつも適当なのに、料理とか普通にできちゃうんだもん。」
思わず口から出た言葉に、聖は照れたように笑った。
「へへっ。風浦にいた時は両親が忙しくてさ。中学生の頃には家のこと、だいたい俺がやってたんだよ。可愛い妹のために兄ちゃん頑張ってたから!」
そう言って微笑む顔が、優しくてあたたかくて。ずるい、と思った。
ギャップってこういうことを言うのかもしれない。
普段は飄々としてるくせに、こういう一面を見せる。
妹想いで、料理もできて、気がつけばみんなの中心にいて。モテるだろうな、きっと。
「瑠偉ちゃん?顔赤いぞ?どしたの?」
「い、いや!湯気が……なんか熱くて。」
「あんまり顔近づけすぎるなよー?火傷すんなよ?」
からかうように笑う聖の声に、胸がどくんと跳ねた。
本当に湯気のせいなのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、聖と二人きりになると、心臓の音が日に日にうるさく聞こえる。顔に出ないようにしなきゃ。
そんなやり取りを重ねながら、ようやく年越しそばが完成した。
湯気の立つ丼をトレーに乗せて部屋へ運ぶ。
香ばしい出汁の匂いが広がった瞬間、蒼空が歓声を上げた。
「うおぉぉぉ! 天ぷらうめぇぇぇ!!」
「ほんと、あんた達すごすぎ!」とはるひも感嘆する。
笑いながら箸を伸ばす三人を見ていると、それだけで幸せな気持ちになった。
やがて、年越しの瞬間がやってきた。
テレビのカウントダウンが終わり、外からも小さな歓声が聞こえる。
「あけおめー!2021年!よろしくーー!!」
聖と蒼空が声を合わせて叫ぶ。
その声に、俺とはるひも笑いながら手を叩いた。
年越しの夜。
笑い声と湯気と、ほんの少しの照れくささ。
そんな全部が混ざり合って、あたたかい時間が流れていた。




