Episode28
瑠偉は、震える声で自分の過去を話してくれた。
途切れ途切れの言葉の中に、どれほどの痛みと勇気があったのか。その全部を、胸の奥で受け止めた。
人間不信。嫌われることへの恐怖。
「汚いって思われる」と怯えながら、それでも俺を信じてくれた。
どんなに苦しかったんだろう。どれほどの孤独を抱えていたんだろう。
それでも瑠偉は、話してくれた。
俺を信じて、過去を打ち明けてくれた。その勇気は、決して弱さなんかじゃない。誰よりも強い心の持ち主だと思った。
今、瑠偉は俺の胸の中で眠っている。
泣き疲れたのか、静かな寝息が聞こえる。腫れたまぶたの跡が痛々しくて。それでも眠る顔はどこか穏やかで、少し安心したようにも見えた。
あぁ、やっぱり可愛いな。
守りたい。やっぱり心からそう思った。
胸の奥でずっとムズムズしていたこの気持ちの正体。
それは『好き』なんだ。最初から、ずっと。
正直、今日はその想いを伝えるつもりでいた。
だけど、瑠偉の傷は『好き』という感情から始まったものだった。
その痛みを知ってしまった今、俺は簡単に『好き』なんて言えない。俺のこの感情を押しつけることで、瑠偉の心を再び傷つけるなんて、絶対にできない。
だから今は、ただ隣にいるだけ。この温もりを壊さないように。傷ついた瑠偉が少しでも安心して羽を休めて眠れるように。
俺はそっと瑠偉の髪を撫でて、小さな声で呟いた。
「大丈夫。一人じゃないよ。俺がたくさん笑わせるから。たくさん笑顔にしてやるから。だから瑠偉ちゃんは安心して笑ってて。」
言葉を飲み込むように、最後にもう一度、心の中で囁く。
瑠偉ちゃん、ごめんな。
俺、瑠偉のこと……大好きだよ。
自己満足でもいい。実ることのない恋でもいい。許される限り、その笑顔を見ていたい。隣に居られるなら、それでいい。
声には出せないその想いが、胸の奥で静かに溶けていく。眠る瑠偉の頬に触れる夜の光が、少しだけやさしく見えた。
2020年12月25日AM8:00
まぶたの裏に、淡い光が差し込んだクリスマスの静かな朝。ぼんやりと目を開ける。身体がその温もりを覚えている。聖の腕の中。
あたたかい。
すっぽりと包まれて、聖の手が俺の指を優しく握っている。まるで久遠旅行の朝みたいに。
胸に伝わる鼓動。静かな呼吸。手のぬくもり。全部が穏やかで、優しくて、夢の続きのような不思議な感覚が身体を包む。
俺……全部話したんだ。
それでも聖は、最後まで否定しなかった。ただ、受け止めてくれた。
矛盾してることは分かってた。だから考えないように都合のいいように気持ちを書き換えていた。
人を信じるのが怖いはずなのに、聖のことを好きになってる。あんなに眩しくて、自分とは正反対な聖が苦手だったはずなのに。
でも今は、違う。聖のまっすぐな優しさが羨ましくて、素敵だと思う。その強さと眩しすぎる笑顔に、惹かれてるんだ。
きっと俺は、最初から聖を信じてた。だからこそ、好きになったんだ。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。腑に落ちたように、心の中の靄が少し晴れた気がした。
俺は、聖の胸に顔をうずめて、その鼓動を確かめるように深呼吸をした。
「……ねえ、聖。」
小さく、囁くように言葉を落とす。
「俺、聖のことが……大好き。」
唇から零れたその言葉は、空気に溶けていった。その直後聖は寝返りを打ち、小さく息をついた。ドキッとしたけれどたぶん、聞こえてはいない。
それでもいい。聞こえていなくていい。壊れてしまうくらいなら、離れていってしまうくらいなら、聞こえてなくてもいい。
この距離で、このぬくもりの中で、自分の口で想いを伝えられたことが嬉しかった。
俺はもう一度、聖の胸に頬を寄せる。あたたかくて、安心して。そのまま、静かな眠りに落ちていった。
久しぶりに感じる、心からの安らぎだった。
2020年12月25日AM10:00
二度寝から目を覚ますと、外の光が薄く差し込んでいた。聖は、まだ静かに眠っている。規則正しい呼吸の音と、微かに揺れる胸の動きが、やっぱり心地いい。
俺は、そっと聖の胸を軽く叩いた。
「……おはよ。聖。朝だよ。」
聖がゆっくりと目を開ける。寝ぼけた瞳が俺を捉えた瞬間、彼はハッとしたように体を起こし、握っていた俺の手を慌てて放した。
「お、おはよ。る、瑠偉ちゃん。だ、大丈夫? ご、ごめん……また、そのまま寝ちゃってたみたいで……」
明らかに動揺している。俺がすぐそばにいたことに戸惑ってるのか、それとも俺の過去を気にして、気を使ってくれているのか。
普段、ふざけて笑っているだけの聖が慌ててしまう表情を見て、なんだかこっちまで恥ずかしくなって、思わず視線を逸らした。
「う、うん。俺は大丈夫。…だ、だけどその……落ち着くから、もう少し、こうしてたい。……だ、だめかな?」
言いながら、自分でも顔が熱くなるのがわかった。
恐る恐る聖を見上げると、彼は一瞬言葉を詰まらせて
「そ、そ、そんなことない! こうしてて、いいよ……」と、目を逸らしたまま答えてくれた。
胸の奥が、あたたかくなる。
昨夜の「俺が瑠偉を守るから」
あの言葉がふと蘇る。守られてる。そう思うだけで、心の奥がじんわりと熱を帯びた。
…てか、それって。もしかして告白、なのかな。もしかして勘違いだとしても、そんなふうに感じられることが嬉しかった。
「……ありがと、聖。」
俺はもう一度、彼の手を握った。その手を胸の前に引き寄せ、そっと顔を埋める。聖の体温が伝わるたび、昨日までの痛みが少しずつ溶けていく気がした。
この朝のぬくもりを、ずっと覚えていたい。
そう思った。




