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Episode25

聖は、布団の中で小さく丸まり、泣き声を押し殺して震えている俺の異変に気づいたのだろう。

ゆっくりと身体を起こし、眠そうな声でそっと問いかけてきた。


「……瑠偉ちゃん?どしたの?眠れないの?」


その声は低く、いつもの調子よりもずっと優しかった。胸の奥まで染みて、返事をしようとしても喉が詰まる。

声を出したら、堰が切れて泣いてしまいそうで。


俺はただ、背を向けたまま小さく肩を震わせた。


聖はそれ以上何も言わず、ベッドに静かに腰を下ろした。わずかに沈む布団の感触が伝わって、すぐ隣にいることを教えてくれる。


「……瑠偉ちゃん。大丈夫?」


その言葉の優しさが、痛いくらいに響いた。鼻をすすりながら、なんとか声を絞り出す。


「…大丈夫。ごめんね、聖。」


「ううん。」


短く否定したあと、聖は少し間を置いて続けた。


「大丈夫じゃない。話せる?」


言葉を失う。沈黙だけが落ちた。

だけど何も言えずにいる俺を、聖は責めなかった。


「瑠偉ちゃん…泣いてるよね。」


優しく、それでもまっすぐに言い当てられて、胸の奥が締めつけられる。そんな俺に、聖はほんの少しだけ笑みを混ぜた声で言った。


「へへっ。瑠偉ちゃんが泣き止んで寝るまで、俺ここ動かないからな」


その言葉に、目の奥が熱くなる。

静かな夜の中、聖の声だけがあたたかく響いていた。


俺は観念した。

こうなったら、聖は絶対に引かない。それくらいのこと、もうわかっていたから。


枕を濡らした涙を袖で拭い、ゆっくりと身体を起こす。

ベッドの端に腰を下ろすと、隣にはまだ眠そうな目で俺を見ている聖がいた。その視線に、逃げ場なんてなかった。


「…聖。ごめんね。せっかく楽しい日だったのに、こんなにしちゃって。ちょっと話してもいい?」

「大丈夫だよ。うん。話して?」


「久遠旅行の初日、俺が……夢にうなされてたの、見たって言ってたよね?」


聖は、静かに頷いた。目を伏せたまま、俺は続ける。


「それで…最終日の夜だったかな。聖、俺の頭……撫でてくれたよね。抱きしめてくれたよね。『泣いてもいいよ』って『力になりたい』って…言ってくれた。」


声が震える。息が詰まって、途中から言葉にならなかった。気づけばまた、涙が頬を伝っていた。


「……俺ね、」


喉が詰まって、しばらく沈黙が落ちる。

それでも、聖は黙って待ってくれていた。その沈黙は、すごく優しい。


「俺…過去にあった出来事のせいで、人を信じるのが怖いんだ。」

「だから……人と関わること自体を拒んでた。一人でいた方が、傷つかなくて済むと思ってた。自分を守るために、一人になった。」


涙で滲む視界の中、聖の姿がゆらゆらと揺れる。


「だから……雅島に引っ越してきた。壊れてしまった心を治すために。」


その言葉を最後に、もう何も言えなくなった。

聖は黙って俺の言葉を受け止め、ゆっくりと小さく頷いた。

「うん……」と。


それだけで十分だった。

その声は、俺の泣き声に溶けていった。


「……聖。俺、これから……なんで夢でうなされてたのか話そうと思う。でも、この話を聞いたら…聖、俺のこと嫌いになっちゃうと思う。俺のこと……汚いって思っちゃうと思う。」


涙が止まらない。言葉が崩れて、最後は息の音しか出なかった。


聖は、黙って俺の言葉を最後まで聞いていた。そして、ゆっくりと顔を上げて、真っ直ぐに俺の目を見つめた。


その瞳は、迷いがひとつもなかった。

ただ、まっすぐな想いだけがそこにあった。


「瑠偉ちゃんのこと、絶対に嫌いにならない。瑠偉ちゃんのこと、絶対に汚いなんて思わない。約束する。だから、大丈夫だよ。」


その声は低く、やわらかくて、力強かった。心の奥にある恐怖を、静かに包み込むように。


俺は泣きながら、掠れた声で問いかけた。


「聖。手…握ってても、いい?」


聖は何も言わずに、両手で俺の震える手を包み込んだ。その温もりが、胸の奥に広がっていく。


その手はやっぱりあたたかい。

その手はやっぱり俺を救ってくれる。


今、俺は確かに聖を信じていた。信じることが、怖くなかった。この人なら、確かに信じられる。そう思った。


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