表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

Episode22

2()0()2()0()()1()1()()1()()(()())()A()M()8()()


気づけば、十一月に入っていた。

夏の面影を引きずっていた日々も、いつの間にか冬の空気に塗り替えられていく。

校内ではブレザー姿の生徒が増え、廊下を渡る風も少し冷たくなっていた。


雅島は海風のおかげで、冬でも本土より穏やかだ。

それでも、朝夕の風は指先をかすめ、マフラーが恋しくなる季節になった。


この学校のブレザーは青。

俺の一番好きな色だ。

袖を通した瞬間、少しだけ背筋が伸びるような気がして、

ずっと着てみたかったその制服に、心が弾んだ。


聖のブレザー姿も新鮮だった。

背の高い彼は、ネクタイをゆるく締めただけでも様になっていた。

見慣れたはずの笑顔が、どこか大人びて見えて――

そんな何気ない瞬間に、不意に胸が高鳴る。


放課後は、自販機でホットココアや缶コーヒーを買って手を温めたり、

港近くのカフェ『灯しともしび』で甘いものを食べたり。

ただの何気ない日常。

けれど、傍に聖がいるだけで、それだけで十分に満たされていた。



2()0()2()0()()1()2()()3()()(()())()P()M()4()()


やがて、十二月。

三日は、はるひの誕生日だった。


蒼空は何日も前から「この日に童貞卒業する!」と騒ぎ、

俺の部屋で勝手に盛り上がっていた。

結果、どうやら本当にその目標を果たしたらしい。


興奮気味に事の経過を語り出す蒼空を、

俺と聖は顔を見合わせて、

「いや、もうやめとけ!」

と止めに入り、はるひの名誉を守った。


馬鹿みたいな時間。

でも、そんなくだらない笑いが、妙に心地よかった。


一方で、俺と聖の関係は、あれから何も変わっていない。

意識してしまう気持ちは隠したまま、

表面上はいつも通りの『友達』を演じている。


たまに聖は、俺のことを気づかうように声をかけてくる。


「最近、夜眠れてる?」「なんかあったらすぐに連絡しな?」「薬、飲みすぎるなよ?」


その一言一言が、胸に優しく沁みる。

彼のやさしさに、いつも心がときめいてしまう。

それが嬉しくて、ありがたくて。

心配をかけてしまっていて

同時に、少しだけ苦しかった。



2()0()2()0()()1()2()()2()0()()(()())()P()M()5()()


二学期の終業式が終わった放課後、

俺と聖はいつものように、海沿いのカフェ『灯し火』へ向かった。


ドアを開けると、カウンターの奥から明るい声が飛んできた。


「よっ、少年たち!冬休みだね!今日もいつものでいいかな?」


声の主は、店員の亜美つぐみさん。

いつも笑顔で迎えてくれる朗らかな人だ。


「っす!お願いします!」

聖が慣れた調子で返す。


俺は少し照れながら軽く会釈して、窓際の席に腰を下ろした。

もうすっかり顔を覚えられていて、

ときどきサービスしてもらったり、気にかけてもらったりする。

このカフェは、俺たちにとって小さな居場所のような場所になっていた。


窓の外では、冬の海が鈍色に光っていた。

夏のきらめきとは違う、静かな波が寄せては返す。


そんな景色を眺めながら、聖がふと呟く。


「明日から冬休みだな」


言葉のあと、少し間をおいて俺の方を見て、にっと笑った。


「なあなあ、瑠偉ちゃん。クリスマスさ、どっか行かない?」


「えっ? クリスマス?」

不意の言葉に思わず聞き返す。


「そう! 蒼空とはるひはどうせ二人で過ごすだろ?俺たちは独身同士、フェリー乗って都市部にでも行こうぜ。新都は遠いけど、都市部ならわりと近いしさ」


「あはは…独身って……」

吹き出して笑う俺に、聖もつられて笑う。


「どう?行かない? クリスマスデート!」


揶揄うように笑いながらも、

その目の奥にほんの少しの本気が宿っている気がした。


胸の鼓動が跳ねる。

嬉しくて、どうしようもなく。


「行きたい!」


自然に笑顔がこぼれた。


カップの中で立ちのぼる湯気が、いつもより少し温かく感じた。



2()0()2()0()()1()2()()2()4()()(()())()A()M()9()()


朝からずっとそわそわしていた。

鏡の前に立っては髪を直し、服のシワを伸ばして、また全身を確認する。


「……よし」

小さく声に出してみても、すぐまた気になって鏡を覗き込んでしまう。


聖とクリスマスデート(仮)。

期待と緊張で、呼吸が浅くなるくらい落ち着かない。


いつも一緒にいるはずなのに、今日はまるで違う日みたいだ。


予想できた?聖に誘われて、こんなにも胸を躍らせているなんて。考えられない。あの聖に片思いをして少し悩んでいる自分がいるなんて。


良い意味でも、悪い意味でも。俺は確かに変わった。

そしてその変化のそばには、いつだって聖がいた。


待ち合わせは港。

潮の匂いを含んだ冷たい風に少し身を縮めながら歩いていくと、

すでに聖の姿が見えた。


「あ……」

思わず、声が漏れる。


普段より少しセットされた髪。

センスよく着こなされたジャケットとマフラー。

まっすぐ立って俺を見つけ、柔らかく笑うその姿に、

胸がどくん、と跳ねた。


ただそれだけで息が止まりそうになる。

どうしてこんなにも、ときめくんだろう。


かっこよくて、眩しくて。

隣に並ぶだけで嬉しいのに、

鼓動が速すぎて胸が疲れてしまいそうだ。


「おっ、瑠偉ちゃん!そのコートめっちゃ似合ってるな!」

いきなり褒められて、心臓が跳ねる。


「えっ……ありがと。聖も、そのニットすごく似合ってる。大人っぽい。」

聖は、照れ隠しみたいに鼻をかきながら笑った。


「それにさ……今日の瑠偉ちゃん、なんかふわふわしてて可愛い。」

「は?か、可愛い……?ふわふわって何それ……?」

思わず顔が熱くなる。


『可愛い』

その言葉は、ずっと苦手だった。

男なのに、って何度も思った。

どうすれば普通の男子に見られるか悩んだ時期もあった。


でも、今は違う。

聖に『可愛い』って言われて心の奥が温かくなった。

嬉しくて、もっと可愛いって思ってもらいたいなんて考えてしまう。


……はあ、俺、重症だ。


「ひ、聖のほうがいつもと違っててなんかかっこいいよ。ジャケットも似合ってる。」

「えー?かっこいい?マジ?」

聖は子どもみたいに笑って、肩を揺らした。


「うん……」

小さく返した声は、照れくさくてすぐに風に紛れた。


「へへっ。なんか俺たち、付き合いたての中学生みたいだなっ!」

「あはは。ほんとにね。」


付き合いたての中学生か。

そんな感覚は経験したことなんてない。

でももし誰かと付き合うっていうのが、

こんな風に胸があたたかくなることなら少し、羨ましいと思った。


二人で顔を見合わせて笑ったその瞬間、

冬の港に吹く風すら、優しく感じられた。


フェリーに乗る前、俺はポケットから薬を取り出した。


「はい、聖。酔い止め。せっかくのデートなのに撒き餌したら台無しだからね。ちゃんと飲んで。」


水のキャップを開けて手渡すと、

聖は「瑠偉ちゃん、さすが!」と笑いながら

慌てて薬を口に含んだ。


その仕草が少し可愛く見えて、思わず笑ってしまう。


やがてフェリーに乗り込み、甲板へ出る。

冬の冷たい潮風が頬を撫でるけれど、

聖の隣にいると、不思議と温かかった。


「なんか俺、緊張してきた……」

聖が照れくさそうに呟く。


「な、なんでよ。普通に遊びに行くだけじゃん。そ、それに聖から誘っておいて!」


俺だって...とっくに緊張してるよ。

そう返しながら、胸の奥がじんわり熱くなる。

フェリーが動き出すと、波が陽を反射してキラキラと瞬いた。

白い航跡の先に、今日という一日が広がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ