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Episode21

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「おじゃましまーす」


聖はいつもの軽い調子で声をかけると、迷いなく靴を脱ぎ、まるで自分の家みたいに部屋へ上がり込んできた。

ノートやプリントが机の上に広がり、窓からは秋の夕方の光が差し込んでカーテンを淡く染めている。


テーブル越し、向かい側に座る聖に俺は声をかけた。


「てか、もう夕方だよ? ご飯どうする?」

「うーん…なんも考えてなかった。ちょっと腹減ったかも」

「食べに行く?うち、食材とか何にもないし。即席の袋麺くらいしかないからさ」


そう言うと、聖はふっと笑って立ち上がった。

「じゃ、それでいいじゃん」


本気じゃないと思っていたのに、気づけば聖は戸棚を開け、冷蔵庫を覗き込み、卵やネギ、残っていたハムを取り出していた。


「なにしてるの?」

「ラーメン作ろうかなって思って!これ使っていい?」

「え、うん。いいけど……」


慣れた手つきで湯を沸かし、フライパンを温め、ハムを炒める。

じゅう、と音を立てて広がる香ばしい匂いに、しょうゆとごま油の香りが混ざった。

その香りに包まれながら、俺はただ、夕陽の光を浴びる聖の横顔を見ていた。


自炊なんて必要最低限しかしない俺とは違う。

レシピも見ず、当たり前のように手を動かすその姿が、いつもより少し大人に見えた。


「はい、できたー!じゃじゃーん!」


差し出された丼には、袋麺とは思えないほど彩りのあるラーメン。

半熟の卵、刻んだネギ、香ばしいハム。湯気の向こうで、聖の笑顔が揺らめいている。


「……すごい!聖、料理できるんだ」

「そりゃ作れるよ。風浦(かざうら)にいた頃、妹に毎日作ってたし」

「えっ、なんかずるい」

「なにが?」

「ちゃんとしてなさそうなのに、ちゃんとしてるとこ」


思わずこぼれた言葉に、聖は目を瞬かせたあと、照れくさそうに笑った。

「へへっ、ありがと。てかさ、それ褒めてる?」

「あはは、一応ね。いただきます!」


スープをすくって口に運ぶと、思っていたよりずっと美味しかった。

ちゃんとひと手間かけられていて、優しい味がする。

野菜にもハムにも、どこか家庭的な温もりがあった。


「お、美味しい! 聖、すごい!」

「へへっ、口に合ってよかった!袋麺って意外と奥深いんだぜ?簡単に出来るのが袋麺のいいとこだよな!」

「いやいや、これ簡単のレベルじゃないって」


笑い合いながら、箸を動かす手が止まらなかった。

その時間が、ただ楽しくて。

ほんの少しの沈黙すら、心地よく感じた。



食後、二人で縁側に出た。

風が少し冷たくなり始めた秋の夜。

暮れかけた陽が屋根の向こうに沈み、空が淡い群青に変わっていく。


「……やっぱ、雅の空ってきれいだよな」

聖がぽつりと呟く。


「うん。秋の空って、なんか遠く見える。空気が澄んでて」


空を見上げて黙る。

それだけで十分だった。


ふと、俺は思い出したように口を開いた。

「そういえばさ。今日、蒼空とはるひ、手繋いでたよね」


「え、うそ? マジで?」

「うん。なんかもう、幼馴染って感じじゃなくてさ。自然に手を繋いでて……すごいお似合いだった」


聖は少しだけ目を細めて、空を見上げた。

「青春してるよなー。青春、いいよなー。ちょっと羨ましいなー」


その声に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

風が頬をかすめ、沈黙が落ちる。

言葉にできない何かが、喉の奥でつかえた。



「そういえばさ、聖って……彼女いないの?」


「えっ? いないいない!」

笑いながら両手をぶんぶん振って否定する。


「彼女欲しいって思わないの?」

「うーん……あんまり考えたことないかも。俺、そういうの全然わかんなくてさ」


「意外。聖って、ちょっとチャラそうなのに」

「おいおい、それ偏見だろ!」

大げさに眉をしかめて、

「俺、好きな人にはちゃんと尽くすタイプだぜ?」

と白い歯を見せて笑う。


その笑顔を見た瞬間、その言葉を聞いた瞬間、安心している自分に気づいて、少しだけ戸惑う。


いつからだろう。

聖に対してモヤモヤした気持ちを持ち始めたのは。


気づけば、聖のことばかり目で追っていた。

声のトーン、仕草、笑い方。気になって仕方ない。


決定的だったのは、久遠旅行の日だった。

優しい言葉に、優しい手の温度。

そして、頭を撫でられながら聖の胸で感じた体温。


聖はまっすぐだし、いい意味で悩んでる人がいたら

きっと誰にでもそうするんだろうけど

あんなのされたら...誰だって...。


男が男を好きになるなんて、昔の俺なら考えもしなかったし、

それを拒絶した過去があるから今の自分がいる。


でも今はもう、否定できなかった。

これは、間違いなく『好き』ってことなんだ。


「じゃあさ、好きな人はいないの?」


聖は少し間をおいて、空を見上げた。

「好きな人かー……気になる人は、まあ、いるかな」


「え、誰?同じクラス?」

「教えないけど!」

「えーっ。」


いたずらっぽく笑って、俺の肩を軽く突く。

だけどその仕草が、いつもより近く感じた。



こんなもどかしい距離感が、俺にとっての青春なんだと思う。

隣にいて、笑って、同じ空を見上げる。それだけで、心が満たされる。


けれど、この気持ちは絶対に伝えられない。

だって、俺も聖も、男だから。


もし伝えてしまったら、壊れてしまう。

この穏やかな時間も、笑い合える関係も。

手を伸ばした瞬間に、全部が音を立てて崩れてしまう。


……そう、あの時みたいに。

近ければ近いほど失った時の傷口は大きくて、痛い。


だからこの距離のままでいい。

胸の奥の熱をそっと隠しながら、隣で笑う聖の横顔を見つめていた。


片思いのままでも。その笑った顔が見ていられるなら

俺はそれだけで十分だから。


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