Episode20
2020年8月20日(木)▶︎2020年9月14(月)
楽しかった久遠旅行が終わってからも、俺たち四人は残りの夏休みを存分に満喫していた。
俺の部屋で映画を観たり、羽衣浜で海に潜ったり、清灯川で夕涼みをしたり。
港のカフェでは、くだらない話で笑い合う時間もあった。
ある日は、宿題をまったく手をつけていなかった蒼空にみんなで付き合って、
「そこ違う!」と突っ込みながら教科書を広げた勉強会も開いた。
笑って、ふざけて、いつの間にか時間はあっという間に過ぎていった。
そして夏休みも終わり、2学期になった。
ふと気づけば、今まで一人で歩いていた通学路を、隣に聖が並んで歩いている。
朝の潮風が心地よくて、そんな当たり前の風景さえも少しずつ変わっていった。
教室でも聖は相変わらず、授業中に机に突っ伏して眠っている。
俺は隣の席から軽く小突いて起こす。
「おっ!……んだよ、まだ半分も経ってねぇのか」
と、眠たそうに顔を上げる聖を見て、俺はため息を吐く。
旅行が終わっても続いていった「四人の時間」
そして聖との関係も、聖への印象もまたさらに少しずつ、変わっていくのを感じていた。
◇
2020年10月10日(土)
待ちに待った高校の一大イベント、文化祭。
校門をくぐった瞬間、空気がいつもの学校とはまるで違っていた。
色とりどりの飾りつけ、笑い声、模擬店の匂い、
校舎全体がまるで小さなテーマパークみたいに賑わっている。
一年生の俺たちは、特に出し物の担当もなく自由に楽しんでいい日だった。
四人で連れ立って校内を回る。
昇降口を入るとまず目に飛び込んできたのは、独創的なデザインの文化祭テーマボード。
色鮮やかなペンキで描かれたその大きなキャンバスには、タイトルとイラストが躍っていた。
「これ、俺が描いたんだぜ!」
蒼空が胸を張って笑う。
「え、ほんと? すげーじゃん!」
「上手いね。さすがだね」
俺と聖が褒めると、蒼空は照れくさそうに鼻をこすりながらも、誇らしげな笑顔を見せた。
午後になり迎えた文化祭の目玉生徒によるライブステージ。
校内だけでなく島の人たちも見に来るほど人気のある一大イベントで、体育館は立ち見が出るほどの人で埋まっていた。
会場に満ちる熱気と期待感は、もうただの学園行事じゃない。まるで小さなフェスのようだ。
出演者の中に、羽衣浜のキャンプでギターを弾いていた少年、柴谷昴真の名前を見つけた。
「そういや、昴真出んのか!」
「見に行こうぜ!」
四人で観客席の隅に腰を下ろす。
ステージに立つ昴真は、少し緊張した様子でギターを握っていた。
けれど、音が鳴り始めるとその表情は一変した。
真剣な眼差しで弦をはじく音が会場全体に広がり、観客が一瞬で引き込まれていく。
「すげぇ……!」
蒼空が思わず声を漏らす。
俺も自然とライブステージに魅入っていたが
ふと隣を見ると、聖は無言のままステージを見つめている。
ギターの音よりも、むしろボーカルの先輩の歌声にじっと耳を澄ませていた。
いつもは明るくてふざけてばかりの聖が、こんな真剣な顔をするのは珍しい。
そういえば、久遠旅行の朝も音楽を聴きながらこんな表情をしていたっけ。
聖は、歌が好きなのかな。
舞台の光を映したその横顔は、どこか儚げで。
気づけば俺は、ただその横顔を見つめていた。
演奏が終わると、聖がふと隣の蒼空に声をかけた。
「なぁ、文化祭のステージって、誰が決めてんの?」
突然の質問に蒼空は一瞬きょとんとしたが、すぐに答える。
実は蒼空は文化祭の実行委員をしていたのだ。
「あー。基本は前年のステージに出た人たちの推薦らしいぞ」
「推薦?」
「そう。だから来年の出演者は、今年出てるメンバーの誰かから推されるんじゃねぇかな。
…っつっても、昴真以外みんな三年だからなー」
「ふーん……」
聖は小さく呟いて、再びステージを見上げた。
そこには、先輩たちと肩を並べて真剣に演奏する柴谷の姿。
その瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
◇
熱気あふれるステージが終わり、俺たちは校内を回って色んな出し物を見て回った。
途中、蒼空とはるひがいつの間にか自然に手を繋いでいて、楽しそうに笑い合っている。
まだ少しぎこちないけれど、確かに二人の距離は「幼馴染」から「恋人」になっていた。
ステージの熱気がようやく落ち着いた帰り道。
夕焼けが舗装されていない道を茜色に染める中、聖がふと、俺の横顔を覗き込んできた。
「なぁ、瑠偉ちゃん」
その呼びかけに思わず足が止まりそうになる。
声のトーンが、いつもより少しだけ柔らかかった。
「今日、このあと暇? 瑠偉ちゃんち行ってもいい?」
一瞬だけ、心が少し跳ねた。
でも、それを悟られたくなくて、慌てて表情を整える。
心臓の音を抑えるように小さく息を吐き、いつも通りの調子で返す。
「……いいけど。片付け終わってからね?」
聖は一拍置いて、ニカッと笑った。
「へへっ。了解」
その笑顔が、夕陽に照らされて眩しくて、
俺はほんの少しだけ視線を逸らした。
風が、夏の終わりを告げるようにそっと頬を撫でた。




