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Episode19

案の定、聖は船酔いで完全にダウンしていた。


甲板では、盛大な撒き餌パフォーマンスを披露してしまい、

船内中の笑いをさらう形で旅を締めくくることになった。


雅島に着くころには、聖はまだふらふらで、港のベンチに腰を下ろすと、そのまま背もたれにぐったりと体を預けた。


俺は自販機で冷えたスポーツドリンクを買って、無言で差し出す。


「…ありがと」


かすれた声でそう言って、聖はゆっくりと口をつけた。

「はあ。うまっ...。」

少しだけ安堵したような息がこぼれる。


その横では、蒼空とはるひが肩を寄せ合って爆笑していた。


「いやー、あんなに盛大に撒く人、初めて見た!」

「ほんとだよ、あれは伝説級!帰りのフェリーであれはないって!」


「……うるせぇ」


聖は低く唸るように言ったが、声に覇気はなく、

反論する気力もなさそうだった。


俺は苦笑しながら、港の向こうの夕陽を見上げた。

懐かしいオレンジ色が、ゆっくりと波間に溶けていく。

その光は、楽しかった三日間の終わりを静かに告げていた。


ふと思い出したように口を開く。


「蒼空、はるひ。聖のことは俺が見てるから、二人は先に帰ってていいよ」


二人は顔を見合わせ、優しく笑った。


「ありがと。じゃあお言葉に甘えちゃおっか」

「また近いうちに集まろうな!」と、蒼空が手を振る。


「聖のこと、頼んだぞー!」


そう言い残して、二人は夕焼けの中へと歩き出した。

港の風に髪を揺らしながら、笑い声を残して。


俺と聖だけが、ベンチに残った。



帰り道。

夕焼けの坂道を並んで歩きながら、蒼空がふと口を開いた。


「なんかさ、俺たち、瑠偉に気を遣わせちゃったかもな」


はるひは少し考えてから、小さく笑った。


「うーん、そうかもね。ちょっとだけ申し訳ないなあ」


それでも、と続ける。


「でもさ、瑠偉……変わったよね。この旅行で」

「うん。特に今日なんて、前よりずっと笑ってた気がする」

「そうそう。あれが本当の瑠偉なのかも」


はるひは目を細め、どこか嬉しそうに微笑んだ。

「……可愛いよね」


「……てかさ、あのふた―」


蒼空が何か言いかけたところで、はるひがすかさず手を振って遮る。


「言うなぁ。わかってるって!」


からかうように笑うその顔は、どこか楽しげだった。

蒼空も照れくさそうに笑い返す。


「それより、『はるひの初彼氏』はさ、手繋ごうぐらい言えないの?」


差し出された手に、蒼空の目がまん丸になる。


「え、えっ……いいの!?」


はるひは肩をすくめて笑った。

「せっかく、瑠偉が作ってくれた時間なんだから。ありがたく使おうよ」


「……うん!」


勢いよく頷いて、その手を取る蒼空。

夕陽の中、二人の影が並んで伸びていった。

繋いだ手の温もりが、まるで新しい一歩を照らすようだった。



俺は、手を繋いで歩く二人の背中を、見えなくなるまで見送っていた。

ふふっ……胸の奥があたたかくなって、自然と笑みがこぼれる。


横を見ると、聖の顔色はだいぶ戻っていた。

俺はその背中を軽く摩りながら、残りのドリンクを手渡す。


「ありがと。もう大丈夫!復活した!」


そう言ってゆっくり立ち上がる聖。

まだ少し足元がふらついているけど、笑顔はもういつもの聖だった。


「俺たちも帰ろっか」


声をかけると、聖はニカッと笑って「そだな!」と返した。

並んで自転車を押しながら歩く道。

潮の匂いがして、空はもうすっかり暮れかけていた。


その沈みゆく光の中で、

俺は『帰ってきたんだな』としみじみ思った。



家の近くの公園のベンチに腰を下ろし、

スマホで久遠旅行の写真を一緒に眺めた。


笑ってる顔、ふざけてる顔、全部が眩しくて愛おしい。

この島に来てよかったって、心の底から思えた。

写真の中の自分は笑顔ばかりで、少し驚く。

ほんの少しの時間で、人ってこんなに変われるんだ。


なんだろう。孤独だった自分は

人と深く関わるのが怖くて距離を保ってきたはずなのに。


悪魔の中を彷徨っていた自分を救ってくれたあの温かい手と優しい声は紛れもなく聖だった。

それがわかってからは聖の体温が自分を安心させてくれていることに気づいた。


今思えば塞ぎ込んでいた俺にずっと声をかけてくれたのも

忘れていた笑顔を思い出させてくれたのも聖という存在だった。


大丈夫。変われるよ。

2ヶ月前の、あの不安だった自分にそう言ってあげたい。

そして、まだこれからも、きっともっと変わっていける。

そう思わせてくれた三日間の旅行だった。



玄関の前まで、聖は送ってくれた。


「じゃっ!瑠偉ちゃん!また、そのうちな!」


最後に手を振って、名残惜しそうに何度か振り返りながら歩き出す聖。

その背中が見えなくなるまで見送って、

俺は胸の奥にぽっかりとした寂しさを感じた。


...三日間、ずっと一緒にいたもんね。

寝る時も、起きる時も。トイレ以外、ほとんど一緒にいた気がする。

そりゃちょっと寂しくもなるよね。


不思議。もう少し聖と一緒にいたい。

そんな風にまで思ってしまう自分がいた。


この気持ちってなんなんだろう。

友達っていうのは、こういう感覚なんだろうか。


人との関わりを絶っていた自分にはこの気持ちがなんなのかあまり理解ができなかった。


部屋に戻ると、俺はすぐにスマホを手に取った。


 聖、本当にありがとう。

 また遊びに行こうね。

 気をつけて帰ってね


送信した瞬間、既読のマークがつく。

同時に、聖からのメッセージが届いた。

それはほとんど同じ文面だった。


まるで心が重なったみたいで、思わず笑ってしまう。


これは、俺の青春の神回。

一生、忘れない。


この夏は、静かに、そして確かに過ぎていった。


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