Episode18
2020年8月12日(水)AM7:00
いつのまにか眠ってしまっていた。
久遠の朝の気配は、音も光もやわらかく透き通っていて、目覚めをそっと包み込む。
視線を横に向けると、聖が口を半開きにして気持ちよさそうに眠っていた。
「……っ!」
昨夜のことが一気に蘇る。
聖は俺の話を聞いて、優しく包み込んでくれた。撫でられた頭のぬくもり、抱きしめられた胸の鼓動。あの温度がまだ身体の奥に残っている。
どうやら俺は、そのままその鼓動に包まれて眠ってしまったらしい。
慌てて身体を離そうとして、気づく。
聖の手が、しっかりと俺の手を握っていた。
まるで「離さないよ」とでも言うように。
胸の奥がじんと熱くなる。
頬が赤くなり、顔がじわりと熱を帯びる。
ど、どういう状況……これ。
だけど、不思議と嫌じゃない。
むしろ安心して、居心地がいい。そんな感覚が胸いっぱいに広がっていく。
今、隣で俺の手を握りながらむにゃむにゃ寝息を立てているのは、初めて会ったとき最悪な印象だった同級生、秋月聖。
寝顔を見ては布団に顔を埋め、またそっと見上げて。
何度も繰り返しながら、現実なのに夢のような。同級生の胸の中で眠るという変な時間を過ごしていた。
やがて聖が寝返りを打ち、ゆっくりと目を開ける。
その気配に気づいて、俺はあえて寝たふりをした。
聖がどんな反応をするのか、少し見たくなったから。
聖もまた、俺が胸元で眠っていることに気づいたらしい。慌ててギュッと握っていた手を離した。
だって、胸の鼓動が早くなったのが伝わってきたから。
まだ少し、手汗で湿っている。握られた手の感覚は温かくて優しい。
気まずさと照れの空気の中、俺も同時に起きたように見せかけて顔を上げた。
「お、おはよ、聖。なんか昨日そのまま寝ちゃったみたいだね……」
そう言うと、聖は顔を真っ赤にして、照れ隠しみたいにいつもの調子で返す。
「あ、あ、ああ。そうみたいだな!へへっ、ま、まあ仕方ないだろ!瑠偉ちゃん眠そうだったし!」
また気まずい時間が流れそうになったそのとき、
廊下をドタバタと走る音が近づいてきた。
俺と聖は慌てて身を離し、俺は自分の布団に転がって「今起きました」みたいな顔を装う。
ドアが勢いよく開き、蒼空が大声で飛び込んできた。
「おはよーっ!!」
俺と聖の顔を見て、首をかしげながら言う。
「ん?なんか……お前ら顔赤くね?熱でもあんのか?」
すかさず聖が立ち上がり、蒼空の額をこづく。
「ねーよ!!」
「いってぇ!」
大げさに頭を押さえる蒼空。
その様子がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
◇
あっという間に過ぎた久遠での旅は、終わりを告げた。
旅館を出るとき玄関では、ばあちゃんが優しい笑顔で見送ってくれた。
「ありがとうねぇ。」
その声を聞いた瞬間、俺は思わずばあちゃんを軽く抱きしめていた。
「また来るね。ありがとう。」
そう伝えると、ばあちゃんは目を細めて少し涙を浮かべ、静かに頷いた。
そして聖たち3人に向かって言う。
「瑠偉のこと、これからもよろしくお願いしますね。」
3人は声をそろえて頭を下げた。
「はい!こちらこそ!!ありがとうございました!」
俺たちはそのぬくもりを胸に刻んだまま、旅館を後にした。
港に着くと、潮の香りと夏の海風が身体を包み込む。
青く透き通った水面が陽射しにきらめき、フェリーの白い船体がゆっくりと揺れていた。
その船を前に、聖は明らかに顔色を悪くしていた。
「撒き餌パフォーマンス、期待してるからな!」と蒼空がニヤリと笑い、
「盛大なの、希望してまーす!」とはるひが追い打ちをかける。
「うるせぇ!うるせー!うるせー!」
聖は低く唸りながら手を振って一蹴する。
やがてフェリーに乗り込み、甲板へ出た。
夏の空気を胸いっぱいに吸い込んで、大きく伸びをする。
「本当に、あっという間だったな。」
蒼空が遠ざかる久遠を見ながら呟く。
「そだな。また来ような。んで、島に戻ってもまた集まろうぜ。」
聖が少し照れくさそうに言い、はるひも俺も力強く頷いた。
白い航跡がきらめきながら遠くへ伸びていく。
揺れる夏の海の上で、俺たちの笑い声が風に溶けていった。
「バイバイ久遠。ただいま、雅。」
誰かの小さな声が、夏の風に乗って儚く響いた。




