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Episode15

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山に向かって温泉街を登っていくと、石畳の道の両脇には土産物屋や湯気を立てる茶屋が並び、旅情を誘う香りと音が心をくすぐる。

木札の看板、団子の甘い匂い、遠くで響く風鈴の音。そんな風景が、まるで時間をゆっくりにしてくれるようだった。


やがて、滝へと続く洞窟の入り口が現れた。

周囲には薄い霧が漂い、太陽が昇っているというのに、どこかひんやりとした不気味さが空気を包んでいた。


「うわ、なんか出そうだな……」

蒼空が肩をすくめる。


「やめろよ……俺こういうのマジで苦手なんだよなぁ……」

聖も渋い顔でつぶやく。俺も自然と足取りが重くなっていた。


対照的に、はるひは楽しそうに笑って「大丈夫だって。行こうよ」と軽やかに言った。


洞窟を抜けた瞬間、視界が一気に開ける。

切り立った岩壁から幾筋にも流れ落ちる巨大な滝が、白い水煙を舞い上げていた。

太陽の光を受けて虹がかかり、轟音と共に降り注ぐ水流は、大地そのものが息をしているようだった。


「すげぇ……」

聖が呟く。俺たちは夢中で写真を撮り、売店でお土産を覗いたりしながら観光を楽しんだ。


その時だった。

滝の手前、ベンチの横に一人の少年がいた。

歳は俺たちと同じくらいに見える。

寂しそうな横顔で滝を見つめ、白いミルクティーの缶を細い指で握りしめていた。


「……?」聖が首を傾げ、蒼空も気づく。


「おーい、大丈夫か?」蒼空が声をかける。


聖も「観光客かな?」と笑みを浮かべたが、少年は何も言わず、小さく首を横に振るだけだった。


そしてミルクティーをその手に包んだまま、ゆっくりと背を向け、霧の奥へと消えていった。


「なんだぁ?あいつ……」蒼空がつぶやく。


「……さぁな。思い詰めてた感じするけど、場所が場所だけに……なんか心配だな」

聖も滝壺を見下ろしながら、不思議そうに呟いた。


その場には妙な余韻だけが残った。


やがて観光客の数が増えてきたので、聖が「そろそろ切り上げて温泉街を散策しよーぜ!」と提案し、一同は頷いて滝を後にした。



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帰り道の洞窟に入ると、霧は来たときよりも濃くなっていた。

白い靄が視界を覆い、足元すら心もとない。


「ちょ、マジでやばくね?前見えねーよ!」

蒼空が声を裏返す。


「お、おい、ふざけんなよ!マジで出るぞこれ!」

聖も怯えた声をあげた。

はるひは悪戯っぽく笑い

「さぁ男子、先に行って確認してこい!」と茶化す。


笑い声を背に進むが、霧はますます濃くなり、やがて前がまったく見えなくなった。

その時だった。


俺の足が止まった。

さっきまで一緒にいた三人の気配が、遠のいていく。

まるで、この霧に飲み込まれ、どこかへ連れ去られてしまうかのように。


声が霞み、輪郭がほどける。

胸の奥に、じわりと恐怖が這い上がり、身体を縛りつけた。動けない。進めない。


「……瑠偉ちゃん?」


その声が霧の奥から響いた瞬間、固まっていた身体がふっと解けた。

視界がわずかに晴れ、霧の中に浮かび上がる輪郭。

聖だった。


「……わっ……」


次の瞬間、俺の手が強く握られる。


ぐっと引かれた感触に、胸の奥が熱くなる。

微睡の中で闇に沈みかけた俺を救ってくれたあの手の温度に似ていたから。


心臓が痛いくらいに高鳴る。息が詰まるほど胸が締めつけられて。

それでも、俺は涙が出そうなほど安心していた。


聖は微笑んで静かに言った。

「行こう。」

その声に導かれるように、小さく頷いて一歩を踏み出す。

繋がれた手が、霧の冷たさを忘れさせてくれた。


やがて霧の出口が見え、蒼空とはるひの姿が現れた。


「おーい!」

「よかった、無事だ!」


4人は安堵の声をあげて互いに肩を叩き合った。

「こんなの聞いてない……」「マジで逸れたかと思ったぞ……」

蒼空と聖が半ば本気で震えた声を出す。


はるひはケラケラ笑いながら

「実は“はるひちゃん行方不明ドッキリ”仕掛けようと思ったんだけど……怖くなってやめたわ」

と悪戯っぽく言い、三人を呆れさせた。


そのやり取りの中、聖はさりげなく俺の手を離した。

けれどすぐに、心配そうに顔を覗き込み、何も言わずに問いかけるような瞳を向ける。

俺はまだ手に残る温もりを確かめながら、小さく「うん」と頷いた。



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その後、4人は温泉街に戻り、射的で競い合い、甘味処でかき氷やあんみつを分け合ったり久遠の街並みを巡った。

石畳の道には、夕暮れに溶け込む旅館の灯りが優しく滲む。

懐かしい温泉街の景色に、心の奥が温かくなる。


やがて旅館へ戻り、共用部屋で晩御飯を囲んだ。

豪華な料理を前に、聖は「なぁ……これタダだよな?」と呟く。

すかさず蒼空が「お前それ何回目だよ!」と笑い、

はるひも「昨日も今朝も同じこと言ってたよね」と便乗して、皆で吹き出した。


食後、今日撮った写真を見せ合う。

滝の霧の中で怯えた顔、温泉街で笑う顔、無邪気な自撮り。

スマホの画面に映るそれぞれの姿が、2日間の思い出を鮮やかに閉じ込めていた。


―明日で、久遠ともお別れだ。


あっという間の2日間に、少しの名残惜しさを抱きながら、

4人は笑顔で久遠最後の夜を楽しんだ。

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