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Episode13

湯けむりの向こうに、朱に染まった山の稜線が重なっていた。

石造りの露天風呂は広々としていて、肩まで湯に沈めば、熱がじんわりと身体の芯にまで染みていく。


湯面には、風に散らされた木の葉が時折浮かび、暮れゆく空の色を映しては、ゆらゆらと溶け合っていた。


俺たちはそんな湯に身を沈めながら、授業の愚痴や先生のモノマネ、くだらない話ばかりで笑い合っていた。

隣の女湯からは、はるひの甲高い笑い声。

それに蒼空が悪ノリして返し、聖が大声で突っ込む。

湯けむりの合間に響く笑い声が、心地よく夜の気配に混ざっていった。


やがて湯から上がり、脱衣所で浴衣に着替える。

聖と蒼空は帯に悪戦苦闘していて、特に聖の帯は見事に斜めへずれていた。


「なにそれ、全然結べてないよ」

思わず笑って、俺は聖の前にしゃがむ。


帯を取り直し、背中に回して結び直す。

近づいた瞬間、温泉で温まった聖の体温と石鹸の爽やかな香りが、ふっと鼻をかすめた。

心臓が一瞬だけ跳ね、息を整えるように深呼吸してから帯を締める。


「あっ……ありがと」


結び終えた聖は、少し照れたように目を逸らした。

その様子を見ていた蒼空は頬を赤く染め、俺と聖を交互に見つめている。

普段のように茶化すこともなく、ただ静かに。

俺はその視線に少し戸惑いながらも、浴衣の裾を直すふりをして目を逸らした。



部屋に戻ると、共用の和室には大きなちゃぶ台が置かれ、仲居さんが次々と料理を並べていく。

色とりどりの前菜、湯気を立てる陶板焼き、艶やかに盛られた舟盛り。

黄金色の天ぷら、香ばしい土鍋ご飯まで――まるで小さな宴会だった。


「やっば! 旅館のご飯ってこんなに豪華なの!?」

はるひが大げさに声を上げると、蒼空はすぐにスマホを構えて写真を撮りまくる。


「見てこれ、映える映える!」


「てか……本当にタダでいいの? 瑠偉ちゃんのばあちゃん、怒らない?」

聖が箸を持ったまま心配そうにつぶやく。


「だいじょうぶ。ほら、食べよ!」

そう言うと三人は笑いながら箸を伸ばした。


「うまっ!」「ヤバ、これ幸せすぎ!」

笑い声と湯気が混ざる。

この時間が、ずっと続けばいいのにと思った。



食後は明日の予定を話し合った。

目的地は『幽霧ゆうむの滝』。


「朝早く行かないと混むかもな」

「じゃあ、八時出発で!」


ワイワイと盛り上がりながら、プランを決めていく。


やがて、聖が大きなあくびをして

「ねむ……。わり、早いけど寝るわ」と立ち上がった。

部屋を出る前、ふと振り返り、蒼空に向けて親指を立てる。


「……!」

蒼空は驚いたように目を瞬かせ、すぐに照れたようにメガネを押し上げ、同じように親指を立て返した。


その一瞬のやり取りを、俺は見逃さなかった。

けれど何も言わず、笑いを噛み殺して視線を逸らした。



2()0()2()0()()8()()1()0()()()()()P()M()2()1():()0()0()


寝室に戻ると、畳の上には整然と布団が敷かれていた。

畳の香りがふわりと鼻をくすぐる。

懐かしい香りは心をほぐし、疲れを静かに溶かしていった。


開いた窓からは、久遠の夜風がすっと入り込み、障子をやわらかく揺らす。

静かな虫の声と遠くの川のせせらぎが重なり合い、まるで子守唄のように響いていた。


「つかれたぁぁぁ……」

聖が大げさに声を上げ、布団の上にドサッと腰を下ろす。


「こういう時間が、なんだかんだ一番落ち着くかも」

俺がそう言うと、聖はにやりと笑い、悪戯っぽく目を細めた。


「なぁ、蒼空……今日、告るのかなぁ」

声をひそめながらも、目だけがキラキラしている。


「ていうかさ、もう始まっちゃったりして……」


「何が?」

俺が真顔で聞き返すと、聖は一瞬たじろぎ、ぎこちなく両手でジェスチャーをした。


「っ……!!」

顔が一気に熱くなり、思わず布団を叩く。


「ばっ……バカ! 何言ってんの!」


「冗談だって、冗談」

肩をすくめながら笑う聖。

そのまま大の字になったかと思うと、ほんの数秒で寝息を立て始めた。


その無防備な寝顔に、思わず小さく笑ってしまう。


俺も目を閉じてみたけど、眠れなかった。

まぶたの裏に昨夜の夢の続きがちらつく。

暗闇に引きずり込まれるようなあの感覚が、まだ消えない。


気配を殺して布団を抜け出し、縁側のように造られた木のバルコニーへ出る。

椅子に腰を下ろし、膝を抱えて座る。

夜風が頬を撫でた。


秋を先取りした風が、夏の名残をさらうように吹き抜けていく。

その冷たさが、熱を持ってざわめく胸の奥を、ほんの少しだけ静めてくれる気がした。


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