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Episode11

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俺はシートに座り、船体のかすかな振動を背中で感じていた。

窓の外では、朝の光を受けて海面がきらきらと輝いている。

波が船の腹を叩くたびに光が弾け、粒となって舞い上がった。


振り返ると、雅島の輪郭が少しずつ遠ざかっていく。

港の赤い屋根や灯台の白い影が、朝靄の中でぼんやりと溶けていく。

まるで『昨日』という時間ごと、海の向こうに流されていくようだった。


そんなとき、正面に座った蒼空(そら)が俺の顔をじっと見た。


「……あれ? 瑠偉? 目、腫れてない?」


心配そうな声。すぐ隣からはるひも身を乗り出す。


「ほんとだ、大丈夫?」


言葉が出なかった。

まさか「夢を見て泣いて、それで腫れた」なんて言えるはずがない。

戸惑って唇を噛み、黙り込んでいると。


「あー、それね!」

聖の声が割り込んだ。


「……え?」思わず聖を見る。


「瑠偉ちゃん、アレルギーって言ってなかった? 目、掻いちゃうことあるって話してたじゃん。それだよな?」


……そんなこと言ったっけ?

数秒間、思考が止まった。


「えっ、そうなの!?」と蒼空が声を上げ、

はるひも「えーっ、可哀想……」と頷く。


話は、それで終わった。


助かった。

けれど聖のまっすぐな人柄を知っているからこそ、その嘘が少し胸に引っかかる。

いつもの自信に満ちた視線ではなく、わずかに目を逸らしていた。

どうして……? 小さな疑問が浮かぶ。


けれどそれ以上に、目が合ったときの控えめな微笑みが心を温めた。


その後、聖は見事に船酔いでダウンした。


「船酔いとか絶対しなさそうなのに……大丈夫?」

俺はシートから立ち上がり、聖を支えながら甲板へ出た。


潮の匂いを含んだ風が頬を撫で、髪を揺らす。

背を丸め、弱々しくうずくまる聖の背を、時々さすった。


「……瑠偉ちゃん、やさし。天使みたい」


苦しそうに笑った次の瞬間、

聖は「……うっ」と顔を歪めて、海面に盛大にリバース。


「……あはは……」

俺は苦笑しながら背中を摩り、水のペットボトルを差し出す。


「だいぶ……重症だね」


水平線を見つめる。

波のきらめきの奥に、昨夜の光景が浮かんだ。


眠れずに飲み込んでしまった、大量の睡眠導入薬。

そして確かに、あの闇の中で誰かの優しい声を聞いた。

そっと握ってくれた温もりがあった。


あれが、俺を悪夢から引き上げてくれた気がする。

夢だったのか、現実だったのかは、確かめようがない。


そして、さっきの聖の嘘。

それもまた、胸の奥でざわめきを残した。


混乱しているはずなのに、不思議と温かい。


「……瑠偉ちゃん……水」

膝下でうずくまったまま、聖が弱々しく手を伸ばす。

その瞬間、自分でも驚くほど自然に、俺は微笑んでいた。



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夕方になる頃、俺たちはフェリーを降りて久遠くおんの港へと辿り着いた。


港は駅と隣接していて、改札口を抜けるとすぐ海の風が頬を撫でる。

広場の中央では足湯の湯気がゆらめき、観光客たちが靴を脱いで笑い合っている。


懐かしい風景に、思わず足を止めた。

幼い頃、父さんと母さんに手を引かれて歩いた記憶が胸に甦る。


前を歩く三人は言葉を失っていた。

夕暮れの街並みはまるで絵巻物のようで、初めて訪れた者を一瞬で魅了する。


温泉宿の灯りが石畳を淡く照らし、川沿いの提灯が夕風に揺れていた。

赤い太鼓橋が夕焼けの空と川面に二重のアーチを描き、

まるで異世界への入口のように幻想的だった。


ここが幻想温泉街、久遠(くおん)

その名の通り、どこか夢の続きのような場所。


俺にとっては、第二の故郷だ。


港から旅館街へ続く湯気、浴衣姿の人々の笑顔、

硫黄の香りが混じる夏の風。

そのすべてが懐かしく、そして今も変わらずそこにあった。


三人はスマホを構え、夢中でシャッターを切る。

「すごい」「アニメみたい!」と声を弾ませながら進んでいく姿に、

俺はなんだか少し誇らしい気持ちになった。


そして、坂の上にそびえる建物を指差す。


「あそこが、ばあちゃんの旅館だよ」


三人が一斉に顔を上げる。

他の旅館よりも高い位置に構え、夕空を背に堂々と影を落とすその姿。

瓦屋根に走る木のラインと、格子窓から漏れる温かな灯り。


歴史と誇りを背負いながら、凛として立つ。

それが、久遠の象徴だった。


「……でっか」

「ここ、本当に泊まれるの?」


驚きと感嘆の混じった声に、俺は小さく頷いた。


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