表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/32

Episode09

2()0()2()0()()8()()3()()()()()


蛍祭りから、しばらく経った夏休みの午後。

ファミレスの窓から、強い日差しが差し込んでいた。

エアコンの効いた店内で、俺たち四人はいつもの席に集まっている。


夏休みなんて、ひとりで過ごすと思ってたのに。

大切な友達が三人もできて、思っていたより毎日が賑やかだ。


そして正直、最初は「聖とは絶対うまくやれない」と思っていたけど、

なんだかんだこうして笑ってる。


聖がパフェをつつきながら、何気なく言った。

「旅行とか行きたいなー」


「マジで?」と蒼空が笑い、

「いいよねー、そういうの。青春だわー」とはるひが明るく返す。


「でも時間はあっても、お金がないよね〜」

はるひが肩を落とすと、聖がスマホを取り出した。


「まあ、話すだけならタダだから! 俺さ、ここ行きたいんだよね」


画面には、SNSの『夏に行きたい旅行地おすすめ選』。

——幻想温泉街・久遠。


その文字を見た瞬間、胸が少し動いた。

「そこ、俺の母さんの出身地で、ばあちゃんが旅館やってる」


口に出した途端、聖の目がぱっと輝く。

「それって……フリ?」

「うーん。頼めないこともないけど」


はるひが妙な顔をして言った。

「……あれ、蒼空んちって」


蒼空はドヤ顔で腕を組む。

「まあ、うちの親父、この島で唯一のフェリー会社の社長だけど?」


「お前おぼっちゃまだったのかよ!」と聖が叫ぶ。

「まあ、頼めば乗せてやってもいいけど?」

「お願い!」と聖が即座に食いつく。


俺も笑いながら、「じゃあ俺もばあちゃんに聞いてみようか?」と立ち上がった。


母さんの故郷に、友達と行くことになるかもなんて。

そんなこと、想像もしてなかった。


「もしもし? ばあちゃん? 瑠偉だよ。久しぶり」


電話の向こうで、ばあちゃんは笑いながら言った。

「部屋、取っとくよ。タダでいいから」


席に戻って伝えると、聖は嬉しさをこらえきれず、

「やったー!」と立ち上がった。

隣のテーブルの親子がクスクス笑い、

俺は聖の代わりに頭を下げて謝る。


「……うるさぁ」

そんな俺を見て、聖とはるひは「私たちは元気担当!」と笑い合っていた。


何でもない夏の午後が、急に特別に変わった。

この夏の思い出の始まりの日。



2()0()2()0()()8()()1()0()()()()()


朝6時。

楽しみすぎて、ほとんど眠れなかった。


今日はいよいよ久遠旅行。

俺的には、間違いなく青春の神回だ。


(よし。瑠偉ちゃんを起こしに行こう)


絶対にムスッとされて怒られるのはわかってる。

でも、それも含めて全部が“神回”の一部。


支度をして玄関を出ると、朝の海風が肌を撫でていく。

潮の匂いに混じって、ほんのり湿った空気が胸いっぱいに広がった。


遠くで波が崩れる低い音。

カモメの声。

まぶしい朝日が、海面を銀色に染めていた。


ペダルを踏むたびに、風が頬を切る。

心臓が少しずつ速くなるのは、坂道のせいだけじゃない。


瑠偉の家に着く。

玄関脇のポストを開け、隠してある鍵を取り出す。

ここまでの動きは、もういつものルートだ。


ゆっくりと中に入り、縁側を抜けて部屋の前に立つ。


「瑠偉ちゃーん!」

大きな声を出すが、返事はない。


「へへっ。そうだろうな!こんな時間に起きてる同年代なんて、俺くらいだよな」

そう思って笑いながらドアを開けたその瞬間。


空気が変わった。


朝の光がカーテン越しにやわらかく差し込んでいるのに、

部屋の空気は妙に重い。


胸の奥に冷たいものが落ちていく。


ベッドで眠る瑠偉。

苦しそうに眉を寄せ、かすれた声で何かを拒むようにうなされていた。


ベッド脇の小さなテーブル。

そこには、倒れたミネラルウォーターと散らばった白い錠剤。

床には水がこぼれ、じわりと染みを広げている。


「……瑠偉……?」


声が震えた。

けれど、足が動かない。


立ち尽くしたまま、

ただ、その光景を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ