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わたしと時々妄想ばっちゃんの日々 番外編3

。万博と言う事は

 良く晴れ上がった空だった。高校2年の始まりだ。今日から又張り切って敦君と待ち合わせて東京の今中高校へ通う日々が始まる。今年も我が母校の中学から演劇部の後輩が入って来たので、彼らとも同じ電車になる事もあろうが、それは神のみが知る事であってわたしの意図する所ではない。

「おはよう又待たせちゃったわねえ、ごめんね」

「大丈夫だよ、全然待ってなんかいないよ。猫との別れが大変だったんだろう?」

「ヘヘヘ、そう言う事にしておこう。でも本当にチャトラーとの別れはちょっと辛いかな。あ、電車が来たわ乗りましょう」

こうして高校生活は始まって行くのだ。

「今年の劇は何をやるんだろうね?まだ例の戦争は2つとも終わっていないし・・大阪の万博は面白そうだけど高校生の身には少し遠いかな?」

「劇を万博がらみにしてその勉強の為に演劇部で行く事にしたら願いは叶うわ」

「真理ちゃんが先生に行ってくれたら叶うかもよ」

「うーん、そうね、ま考えてみるわ」

「武志君は受験、いよいよなんだねえ。大丈夫かな、メンタルの方も体の方も」

「そうだねえ、どうなんだろう?母の話では波があるらしいわよ、良かったり悪かったりね」

「ふうん、そうか、頑張って僕らの一番星になって輝いて欲しいな」

「でも、それを言うと荷が重くってつぶれちゃうわ。わたし達は遠くからそっと見守るだけにしましょうよ」

 その夕方ちらりと彼の姿を見た。彼は玄関のドアから出て来た所でわたしはエレベーターから降りた所だった。

「よっ、今学校の帰り?」武志君が挨拶をする。

「そう、未だ学校始まったばかりだからこのくらいなの。も少しすると色々あるから遅くなるけど」

「まだ演劇部止めてないんだ」

「うんもう少し頑張ってみようかと思っているんだ」

「凄いね、それで受験も医学部受けるんだろう?」

「今の予定ではそうなるんだけど、でも先の事は分からないわ。もしかしたら役者になるって言いだすかも知れないし、美香みたいに栄養士になるって決心するかも知れないじゃないの」

「ええっ真理の決心てそんなものなの?真理の決心は鉄のように固く動かしがたいものだと今まで信じて来たんのに」

「だから万が一そうなるかも知れないって事。志は今もばっちゃんの思いを叶えたいって言う大きな夢は全然変わらないけど、天変地異でも起こってその志が変わるって事も無きにしもあらんよ。所で君はこんな時間どこに行くのかな?」

『あ。俺?下のコンビニで何かちょっと旨いものでも買って来て食べようかと思ってさ」

「そうか、息抜き兼買い食いね」

「やな言い方だねえその言い方」

「じゃあ何と言えばいいの、頭脳の活発化の為の食料調達しに行く所と言えばいいのかな?」

「ま、何でもいいや、じゃあな」

「うん、ま、精々頑張れよ、体を壊さぬようにな」

短い会話だったけれど受験が目の前に迫る彼にしてみればなんの収穫にもならないカスのような時間つぶしだったが、彼はにこやかにエレベーターの中の人となった。

「お母さん、武志君何処受けるか聞いてる?」

「え、うーん、全然聞いてないわ。藤井さん自身もまだはっきり聞いていないみたいよ。本人はちゃんと心の中に決めてる大学はあるらしいけど・・でも入る大学で入学金も入った後のお金も違って来るから、医学部って大変よねえ」

「そうね哲学を学ぶのとは大違いよ」

「言わせてもらえれば美術系とも大違いよ」

二人は大笑い。

「でもそう言ってるわたしが医学を志したらどうするの?」

「うーん、精々お金のかからないとこお願いしたいわ。それでも他の所とは違うんでしょうけど、あっちこっち借りれるとこ見つけて何とかするから頑張ってね」

「藤井のおばさんどうするんだろう?」

「会社から借りるとか言ってたわ、何しろ大会社だから」

「大会社で良かったー、これで少しは安心ね」

「でも返す時が大変よ、医学部は学ぶ期間も長いし、一人前になるのも大変らしいから」

こうして夕食前の母と娘の会話は終わる。

 次の日学校のホームルームの終わりに先生の発表。

「えー、新学期が始まったばかりだが、受験のための学科強化塾を来週から始めるから、受ける者はこの申し込み用紙に書いてなるべく早く出すように。勿論今週末が締め切りだけど、人数が多くなって来たのでクラスも2つに分けるかも知れない」

少しどよめきが起こる。

「まあ成績の良いものとそうでないものとではやはり別のクラスに分けた方が良いと言う意見があって、今回は分けてみようと言う事になったんだ」

どよめきは増々大きくなった。先生は咳払いをする。

「勿論成績が伸びて良くなれば良いクラスに変更する、悪ければこの反対もある訳だ。ま最初のクラスで一先ずは頑張ってもらうんだな、分かったか?」

この後演劇部に顔を出す。

林田先生を初め石川、斎藤先生も共に元気が良い。去年の演劇大会では優勝したから無理もないかな。

それに新入部員も募集もしてないのに沢山入って来てるので廃部の心配をしている所とは大違い。

「えーみんなに紹介しよう、先ずはこちらが3年でクラブの会長をしてもらってる大西君でこちらが副会長の飯島さん、でも2学期までで2年生と交代するけどね」

二人が1年生にあいさつする。

「それから・・彼女のお陰でこの高校に入ったものもいるだろうけど、この子が2年の島田さん。この子のお陰で学校内で塾まがいの勉強をやるようになったんだ。いわば、我が高校のピカ一、顔と言って良いだろう。彼女は一年ながら去年の劇にも出て審査員の高い評価を受けたんだ、君たちも彼女に負けないように頑張ってほしい」

この先生の話の間私は恥ずかしくて逃げたい気持ちを必死で抑え赤くなって下を向いていた。

「ええっとじゃあ島田さん、新入生に一言話してもらおうかな?」

しれっと林田先生はこう抜かしたよ。わたしはそんな柄ではないと言うのに。でも拍手が成る、マイクも渡される。島田真理一体どうする。

「・・・」

そう黙殺する、それしかないと思ってみたけれど、新入生のキラキラ輝く瞳を見ていたらそうもいかない。仕方なく口を開く。

「皆さん、ようこそ。林田先生の話を真面に取っちゃあいけませんよ、話半分、いや、3分の1くらいかなあ。でも他の学校は知りませんがここは塾に通わなくても良いようになってるし、必死に練習すればここにいらしゃる先生方もそれを認めて、一年は一年なりにちょっとした役をやらせてもらえるんです。わたしも顔を真黒く塗って去年の劇に出させてもらいました。とても嬉しかったです」

「島田先輩、わたし達先輩を尊敬してます。学業も演技の方も」

これはこれは後輩の原さんじゃありませんか、あの二代目アン役で悩んでいた彼女とは思えぬ発言。

「そうそう、俺達は、もとい僕たちは先輩にあこがれ,そのお陰もあってこうしてこの高校に入れたんだし、もっと僕たちにお前たちも頑張れよとこう胸を張って言って欲しいくらいです」

「うん、町田の言う通り、そんなに赤くなったり意固地になる事はない。ほうれわたしのお陰で学校内塾も出来たし演劇大会でも賞取れたんだぞうと威張ってて良いと思います」

原さんや町田さんの周りで拍手が起こる。うーん、こりゃ余計恥ずかしい。

この後これからの演劇部の日課やスケジュールが言い渡され、プリントも渡されてお開きになった。やれやれ酷い目に合ったなあ。

次の週からは強化学級の組み分けと勉強が始まる。敦君とは同じ組分けになった。

「良かった、真理ちゃんと違うクラスになったら恥ずかしいし、いろんな点で不都合な事が起こるだろうから。これからも必死になって勉強して真理ちゃんと同じクラスに居られるように頑張るよ」敦君の弁。

「敦君、もしわたしがあなたの進む道の邪魔になったら,何時でもわたしの事ほってあなたの道を歩いて行って頂だい。人生振り返ってあなたの輝かしい演劇の道を少しでもゆがめたり、つまずかせる物がこのあたしだったら、このわたし自身が許せないわ」

「え、そんな事ある訳ないよ、反対に僕が真理ちゃんの足を引っ張っても真理ちゃんが僕の足を引っ張るなんてありえない。真理ちゃんの存在は僕の活力そのものなんだ」

「そう、そんなに言ってもらってとても嬉しいわ。頑張ろうね、演劇部も勉強の方も」

美香ちゃんに電話してみた。美香は相変わらずで彼女と話しているとホッとする。

「あ美香ちゃん、新学期どう?何か変わったことある?」

「わたしには取り立てて変わった事はないけど千鶴ちゃんはもっと強くなるんだと中国に留学するんだって。それに・・睦美の話じゃ健太君、テニス、アメリカへの留学諦めて国内のどこかの大学に推薦で行くんですってよ」

「千鶴ちゃんは勿論だけど健太は健太で身の程で良いんじゃないの。であなたさ、栄養士の道を目指すその志は変わらないのね」

「わたし?志なんてそんな立派なものは元々ないけど、料理作ったり栄養の事考えたりするのってわたしにあってるし、楽しいと思うの」

「そうね、楽しそうだよね。わたしも栄養学凄く興味あるんだ」

「やだ、まさか真理ちゃんそれこそ心替えして栄養士狙ってるんじゃないでしょうね」

「それはないけど、栄養学も面白そうだなって思うわよ」

「お隣の武志君の様子は如何なの?ぶつぶつ言ったり何かおかしな事言ったりしてない?」

「ハハハ、それはないわよ。普通よ普通、いたってね。只受験先を何処にするか迷ってるらしい。入学金や学費、大学で違い過ぎるでしょう、借りても借りたものは返さなくちゃあいけないもんね」

「うん、それこそノイローゼになりそうだもんねえ」

そこで思い出した、あと一人輝かしい我らが仲間背高のっぽのバスケの沢口君は如何しているのだろう。何しろ武志君と話しがしづらい為彼とも音信不通だ。それともう一人沢口君を愛して止まない篠原女史、彼女とも暫く音信不通だ。あの二人も我々の仲間だ、やはり連絡を取らざるを得ない。

で電話する。

「はいこんにちは篠原さん、元気してた?」

「なーに、どうしたの島田さん、病気にでもなったの?」

「えっ病気?全然元気よ。でもさあなたも大事な仲間だから、近況を聞いておかなくちゃと思って」

「ハハーン新学期が始まって学年も上がり、おおっぴらにスパイ行動をしようと言う魂胆だな?」

「何々そのスパイ行動ってのは、わたしは単にみんなの今年の抱負を聞いておかなくちゃと思って電話したまでよ」

「うーんまだ信用ならないなあ、去年はあなたの真っ黒けの化粧に話題も賞も持って行かれたからねえ、今年は内の学校が栄冠を頂かなくちゃつじつまが合わないわ」

「成程成程、演劇に命を懸ける篠原女史としては今年こそはと思っているわけねえ。うん中々感心、わが校にもそんな人材一人ぐらいは欲しいわ。でもこれはただの電話、下心は全然ございません。と言う訳で篠原女史は今年も演劇一つにかけるのねえ、ま頑張ってね、さようなら」

「え、そちらからの情報はないの、何か一つで良いから情報欲しいな」

「スパイあつかいされハイハイいい情報がありまっせ、なんて情報を貰えるなんてそんな話がある訳ないでしょう。それに始まったばかりで、今年の演劇はどういうものにするかも話題に上っていないのよ、あなたの所も同じでしょう?」

「ヘヘヘ、去年負けたから、今年こそはと張り切っているの。だからもう何にするか決めてあるんだ、春休み中考えていたんですって」

「まあ、凄いわねえ、まさか大阪の万博とか考えていないでしょうねえ?」

「え、どうして分かったの?いやだあこんなに簡単に分かるなんて」

「うん、それはねえみんなが考えているからよ、わたしも敦君とで電車の中で万博をやらないかな、そしたら万博とはどういうものかみんなで見に行けるのにって話したんだもの」

「へええ、そうだったの。うーん今年は万博を取り上げるとこ多そうね」

「じゃあさ,わたしのとこも万博諦めて他の事考えなくちゃいけないわねえ。万博だったら面白いネタ沢山あったのに残念だわ」

「面白いネタ?どんなネタよ教えて頂だい一つで良いから」

「え、それは出来ないわ、あなたとわたしは演劇ではあくまでも敵同士よ。もしあなたに一つでも教えてそれをベースにあんたの所が劇にして演じたら、わたしは心ひそかにあんたの所も応援しなくてはいけなくなるわ」

「うーんケチ。ヒントだけでいいのにさ、わたしがそのヒントに枝葉をつけて先生に進言するのよ。そしたらわたしの株もググっと上がるのに」

「あなたの株はあなた自身の能力で上げて頂だい。では又ね」

まだ話したかっていた篠原女史の電話を切る。今度は沢口君への電話。でも彼居るかな?

『あ、島田さん、久しぶり、元気?清和まだ学校から帰っていないのよ」

「そうだと思いました。又後でかけなおします。別に大事な用があってかけた訳ではありませんから」

「そう、折角かけてくれたのにね、ごめんなさい」

電話はその日の夜になってかかって来た。

「あー、島田さん、良かった島田さんが直接出てくれて」

「へへ、誰が出ても大丈夫よ、お父さんが出てもお母さんが出ても別に何も起きないわ。気にすることはないのにみんな気にするのね」

「お父さんが・・うん、少し苦手だな、君、君はデカルトどう思う?なんていきなり聞かれたら、どうしていいか分からないだろう」

「そんな事いきなり聞いて来る訳ないでしょう。もし聞かれたとしても平然として自分の思う事を言えば好いんじゃない?知らない人だったら、あわたしの知人にはそういう人はいませんのでとか少しでも知ってたらあ彼の事は詳しくないですがまあ彼の言ってることも一理ありますねとかさ」

「君は弁が立つからそういう風に切り返せるけども、普通の人間にはそうは行かないぜ。でさ、島田さん、デートのお誘いなの?そうだったらとても嬉しいけども」

「あー、そうね、でも君はとても忙しい、デートなんて寝言言ってる暇ないでしょう。今日さ我々のグループの近況とこの一年の目標を聞いてみたのよ。で、我がグループの星であるあなたの抱負を聞かないでは締めくくれないと思って電話したのよ」

「近況と今年の目標ね」

「そう、デートとは全然関係ないけどもね、是非聞かせて頂だい」

「そうか近況はま練習あるのみ、それ以外何にもない。ここにさ島田さんとのデートとか挟まってたら言う事ないのにさ、ホントだよ。それで今年の目標は、もう契約してるのでそこでプロとして色んな事を教わる事になるよ。もっと凄い選手になってアメリカからも注目されるよう努力あるのみと言う所かな」

「す、凄いね、凄いよ。わたし一人しかここに居ないけど大拍手を送ろう。わたし達は敦君と島田真理は今年の劇に大阪の万博にしてもらって、その見学を兼ねて行こうなんて遊ぶことばっかり。わたし達もも少し考えてもっと意義のある事にしなくちゃあいけないなあ」

「ハハハ、島田さんをもっと奮い立たせてしまったなあ。君は今のままで大丈夫だよ、敦君もね。二人ともに十分に意義のある事をやってるよ、お正月の演技も素晴らしかったし、劇そのものも素晴らしいと思ったよ」

「ありがとう、劇の台本は今は顧問の先生が書いているの。わたし達は台本渡してもらうまで何にも知らなかったの、今年は2年生になったから、少しはこう言うものやるけど君たちはどう考えるかねとか相談あるかと思うけど。勿論わたしの要望だけど」

「そうか、中学の頃みたいに殆ど君の考えで進められていたけど、今は先生の意向で進められるんだ」

「ハハハそう、でもそれはこの高校に入る時にわたしは高校に入ったら、一切台本にはノータッチだと宣言したからなー」

「所でお隣の武志は大丈夫かな、ノイローゼになって夜な夜な歩き回ってるなんて事ないよね」

「実は夜気勢を上げながら家の中を走り回って家族の者が寝られはしないと困っているのよ」

「えっそんな事が‥やはり身にあった事を目標にすべきだよなあ、今更言っても遅いけれど」

「フフフ冗談よ、それは内の猫がこっちに来た時2,3日夜うろうろしたことがあったので、思い出して言っただけ」

「えー冗談なの、酷いなあ、ホントに心配したじゃないか。本当に彼は大丈夫なんだね」

「ごめんなさい、みんなが彼がノイローゼになってるんじゃないかと言うから、少し脅かしてみようと思って。この間もたまたま家の前で顔合わせたけど普通だったわ。勿論どこの大学にするかで悩んでいる事は明らかだけど。それによって入学金も学費も大幅に違うから」

「そうか、そうだろうな・・こればっかしは俺達ではどうしようもないもんな。国立だったら入学金は要らないだろうけどねえ」

「うーん、国立も年々色々払うものが多くなってるって聞いてるわ。何しろお米がいきなり倍以上に値上がりする世の中なんですもの」

「あ、そうね、コメの値上がり反対。これ困ちゃうよね。我が家は去年の秋以来母がお米がお米がって煩いんだよ」

「あ、良いアイデアね、それ頂き。万博万博ってそ言う考えしか浮かばなかったけれど、お米は中々の掘り出し物よ。ありがとうね」

「ええっなにそれ?いきなり好いアイデアなんてさ、俺何かしたの、お米に何か良いものでもあるの、万博以上に」

「ヘヘヘ来年の劇、みんな何にしようか迷っているの。で今年は万博が注目の的。何しろ受けもいいしやること一杯、台本作りやすい。そこに君のお米の話、これに注目しないでどうするのよ、みんなが万博取り上げている中で我が高校はお米を取り上げる。先生に今度話してみよう」

「はあ、君はやっぱり演劇っ子なんだねえ、どんな時にもそれを忘れない、俺もそう言う事忘れないようにしよう、感心したよ」

「えーこんな事で感心するの、甘い甘い、プロになるにはこんなことで感心してちゃいけないよ、常にアンテナ張ってさ吸収するものを探していなくちゃいけないわ」

後は取り留めのない話が続いたがそこは省略と言う事で。

翌日 林田先生に合う、と言っても部室で会っただけ。

「ねえ先生、今年の劇何をやるお積りですか?まさか万博の話をなさるんじゃないでしょうね」

「うん、何故そう思う?俺の顔にでも書いてあるのかな?」

「いえいえ、綺麗なお顔ですよ。ただお隣の高校も聞く所によると万博の話をするらしいですよ」

「なんだって、そうか、栄南高校も万博をやるのか」

「と言う所を見ますと万博を取り上げるお積りなんですね」

「まあ、戦争物を2年続ける訳にはいかないだろうし・・あれは評判も良かったし、大成功と言えるだろう。で今年は国内だけでなく海外の注目度も大きい万博を取り上げようかと思ってるんだ。一転して明るくて賑やかなのも良いんじゃないかなあと思ってさ」

「そうですね、明るくて賑やかで材料が豊富です、台本のネタには困りません。でも・・栄南もやるとなると、問題点も多いと思いますが」

「うんそこなんだよ、他に何かあるかなあ、万博で行こうと決めていたから直ぐには良いアイデアは思い浮かばないよ」

「あのう、わたしの友人にバスケやってる友達がいるんです」

「君は聞く所によると男の友達が多いらしいな」

「え、そんな事何処から仕入れました?うーん、そう言われれば少なくはありませんね・・でもそんな事如何でも好いんです。問題はその友人のお母さんが友人がご飯をあんまり食べるので、嘆いていられるんですって、お米の値段がいきなり倍以上値上がりして」

「成程、運動部の子供を育てている所は大変だよねえ。何とかならないのかなあ、も少し安く」

「そこでですね、閃いたんです。これを劇に取り上げなくてどうするかって。スポーツをしている人も困るけど、貧乏人は切実に困ります、ね、どうです米不足問題、劇に出来ませんか、何ならその万博の話の中に取り入れてみるのも良いと思いますが?」

「ウウーム、今少し考えてみよう。好い話が出来るかも知れないが・・明るくて賑やかなだけの万博と比べてみよう」

先生の顔には万博への未練がまだまだたっぷり残っている。

「何話してたの?」

部室に入って来た敦君が尋ねる。

「うん、今度やる劇に対する案を一つだけ申し上げてたのよ。ま大した案ではないけれど、万博色に塗りつぶされたものより良いかなと思って」

「え、やはり万博ものをするように先生準備してたんだ」

「昨日さ篠原さんと話してたらあの高校も万博を取り上げると聞いたもんでね、これじゃあどこもかしこも万博だらけになっちゃうんじゃないかと心配になってね」

「そう、万博行きたかったな。劇で取り上げれば正々堂々いけると思っていたんだ」

「あら、未だ先生万博への未練たっぷりだからその夢もまだ生きてるわよ」

他の子も顔をのぞかせる。

「え、万博?行きたいわ」

「劇で万博やるんならおおっぴらに行けるじゃないか、大賛成」

「万博、賛成賛成」

みんなの興奮が 先生にも伝わる。

「こらこら、未だ万博と決めた訳ではない。むしろどこもかしこも万博を取り上げるから、考え直さなくちゃあいけないと思いなおしている所よ」

みんなのがっかりした顔、さっきの騒ぎも静まった。

次の週から学習強化の勉強会も始まる。横田さん瀬川さんとは同じクラスになった。勿論敦君や演劇部員も何人か同じ組になった。皆ほっとした顔をしている。北山さんは残念ながら別のクラスだ。

「良かった一緒の組になって。別の組だったら薬学、少し程度落とさなくちゃいけないと思っていたの」

「わたしももし別のクラスになったら、ホントに必死になって勉強しなくちゃならないと覚悟をきめていたんだ。今も必死に勉強してるけどね」

「わたしもあなた達と一緒の組になって嬉しいわ。目指す所は違っても必死に勉強するのは一緒だもんね」

三人はこれからの勉強の成果を誓い合った。

勉強会が終われば今度は演劇部に顔を出す。中々忙しい。

何時ものように発声練習や早口言葉、リズムダンス、腹筋や背筋を取り入れた体操等等やる事は一杯だ。

林田先生や石川、斎藤先生も最初の時今日はこれこれをやると言って、3年に監督やコーチをやらせて後は時たま顔を見せるだけだ。

終わるのは大体6時か6時半辺りで家に戻る事になる。帰りは敦君と一緒だ。

「ねえもしどうしても抜けられない要件があったら言ってね、付き合えれば付き合っても良いし、居ない方がよけりゃ一人で帰るし、そうでなくても敦君が一人の方が良い時もあるだろうから、その時は遠慮しないで言って頂だい。わたし何時も気になってるの、敦君一人で何かやりたいんじゃないかって」

「うううん、今は何にもないよ。反対に真理ちゃんの方が僕を鬱陶しいと思ってるんじゃないかと気にしてるんだ」

「そう、そういう時はお互い遠慮せずに言いましょうね、二人とももう高校2年なんだし将来の事で何処か気になる所が何処かに合って、覗いて見たいなあ、って思ってるかもしれないじゃない?そんな時は遠慮しないで申し出て。あ、わたしが邪魔にならなければ付き合っても良いけどさ」

「あ、そうね、もしそんな所へ顔を出したくなったら、そうだな、真理ちゃんに付き合ってもらえれば心強いね。そんな時が来たら宜しくお願いするよ」

電車の中での短い会話だった。

家に帰ってドアを開ければ愛しのチャトラーが待っている。「ただいまー」と言いながらチャトラーを抱きかかえる。しっかりした体格になっているので昔のように片手でひょいとと言う訳にはいかない、バックを下に置いてしっかりと両腕で抱きしめる。

「幸せだなあ、学校では先生や友達に愛され、家に帰ったらこうしてチャトラーが待っててくれる」

「あらお母さんは待ってても嬉しくないの?」

背後から母の声。

「勿論お母さんあってのチャトラーよ」

「もう一人忘れてない?」

「え?ああお父さんね、お父さんもあっての家族だもんね。4人そろって楽しい家族だ、ハッピーハッピー、幸せだよ」

その後父も帰って来る。父もチャトラーを先ず抱きしめ頬擦りする。

「今年は桜がもう八重が咲き始めたよ、ちょっと前までは考えられない位早まってるね」

「大学の桜?もう八重桜咲いてるの?ほんとに早いわねえ、他のも色んなものが早まっているんでしょうねえ、そう言う事きちんと考えてスケッチの日取りを考えなくちゃあいけないわ」

「どこか行くのかい?まあ八重は花期が長いから良いけど、花期の短いものだったら気を付けなくちゃいけないね」

母は今度どこに行くのか話さなかったけれど、あのにこやかな顔を見ればきっとまた友人からの誘いの電話があったのだろう。

 中々林田先生の決心は固まらないようだ。5月になった。先生は部室の机の上に突っ伏したまま動かない。

「味もそっけもない劇を書くのって大変ですよねえ。まさか恋する万博とか、泣きわめくお米なんて変でしょうし」

林田先生ぱっと顔を上げる。

「え?何だって、恋する万博、泣きわめくお米だって。ふうーん、そうかそんな手もあったか」

「ええっ、冗談で言っただけですよ。そ、それを本気に取って台本にするんですか?」

「いい案が浮かばなかったんだ。思い切ってパロデイー風にするのも面白いかも知れない。ちょっと調べて来る」

そう言うと彼は机からすくっと立ち上がり部室から出て行った。

「ま、真理ちゃん、先生に又何か言ったの?」心配そうに敦君が尋ねる。

「うううん、ただ先生が突っ伏して苦しそうだったから、冗談半分恋する万博、泣きわめくお米と言っただけよ」

「恋する万博、泣きわめくお米だって。それ何?」

「劇の題の事よ、先生劇は万博で行こうと決めていたの。でも栄南も万博やるって教えたら困っていらしたから、今はお米が大変だからそれもありですよと進言したの。でも先生万博に未練たっぷり、だからミックスも出来ますよと言ったの。それからと言うもの今まで机に突っ伏する日々だったの。でわたしが恋する万博、泣きわめくお米と言って見たの」

「ふうんそうなんだ、恋する万博、泣きわめくお米ねえ・・・面白いかも知れないねえ、それ」

周りに集まって来た部員達も口々に面白い面白いと言っている。

その日も部員達は決められた発声方や体操、ダンスの稽古をするだけ。後から入って来た石川、斎藤両先生も一応みんなの稽古にアドバイスを2,3か所言うと何事もなかったように又部屋から出て行った。

「林田先生あの机で台本書くのね。わたし今まで全然気づかなかったわ.良くあんな部員や他の先生も出入りする所で台本書けるわねえ」

「去年も書いてたよ、ちらりと見たけど詳しく見た訳じゃないし内容は分からなかったけど」

「ふうーん敦君は知っていたんだ。わたしならもっと静かなところで書きたいなあ」

「あそこが好いんだよ、演劇部なんだから台本書いてても誰も文句は言わないし学校の事やってるんだから正々堂々出来るじゃない」

「そうね、そうなんだ。わたし達からすると家に帰ってからと思うけど、先生からすると台本書きは学校の仕事なのよねえ。うんしっかりお仕事してもらいましょう」

これはその日の帰りの電車の中で交わした敦君とわたしの会話の一部である。

翌日部室に行くと林田先生がパソコンに向かっている。もうすっかり晴れやかな顔をしていて昨日までの懊悩していた姿は皆無だ。

その時彼はパソコンを打つのを止めてチラリとわたしの方を見た。わたしは軽く会釈をした。彼も軽く会釈をし、またパソコンの中の人となる。

ぞろぞろ他の部員も入って来る。

「あ今日は台本書いてるんだ」

「何かいいアイデアが浮かんだのね、机に突っ伏す事もなさそう」

「良かった良かった、兎も角台本は出来上がりそうだね」

台本に何の責任も持っていない彼らは彼を横目にしつつ勝手な言葉を述べるだけ。そして彼の事は無視し自分たちの当面の稽古のルーチンをしくしくと、いやがやがやと行っていく。

「面白いのが出来ると良いね、楽しみだよ」

「そうね、面白くて沢山の部員が出れる劇だったら良いわね」

「沢山の部員か、そうだね、せめて3年2年の殆ど出られたらいいなと思うよね」

「うん、みんな舞台が好きなんだから」

「昔みんなに同じくらい喋ったり舞台に出れるように台本書く時苦労したんだよね」

「今はそんなこと考えなくて良いからとっても気が楽よ。高校に入ったら台本作り止めますって宣言して良かった」                                                                                                            

これも敦君とわたしの」帰りの電車の中での会話である。

帰れば愛しのチャトラーのお出迎え。これが最大の喜びだ苦労して長崎から連れて来た甲斐がある。きっと父も母もチャトラーを飼って良かったと思ってるに違いない。

時は過ぎゴールデンウイークさえも受験生の身には何一つ黄金の日々もなくそそくさと過ぎ去り、それから5月としては真夏のような暑い日が何日か続いたかと思うと、その後は雨や曇りの日が続く。

「お母さんまだ梅雨には入っていないのよねえ」

「ええ、全然そんな事天気で話題にもしないわ」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

「ああ、あ、ぱっと晴れ上がった空に向かっておーい、元気してるかいって叫びたい。お母さんはどう?昔お母さんは朝早くに窓を開けてそのころ空き地だった所へコケコッコー朝ですよ、みんな起きなさいって言ってたんでしょう、タクシーの運転手さんが朝帰りで寝ていたのに」

「まあ概ねあってるわね、母がそう言ってたものね」

「じゃあ今も叫びたくない、もし晴れていたら青空に向かって、おーい蒼空さんゲンキーって

叫びたくない?」

「昔だったら叫んでいたかも知れないけど、こんなレデイーになった身ではねえ、チャトラー」

チャトラーがニャーと返事をする。

「そうねえこんなマンションから母娘並んで青空に向かって叫んでいたら、五色沼の良い名物になるわねきっと。わたしは名物になるのは御免被りたいわ、ここはあなただけで名物になって頂だい」

母はつれない。

6月になった。林田先生の様子から見て台本は大体書き終えたみたいだ。本人の先生に二人の先生も加わって何やらひそひそやっている。時々笑い声も漏れて来る。ううう、知りたいぞ、知りたいぞ。真理の気持ちはピークに達しているのだ。でも先生たちの口は堅い賄賂を使ってもどうも聞き出せそうもない、ではせめてその劇の題だけでも良いちょっと耳打ちだけでも良いから教えて欲しいものよ。何時もの発声練習もリズムダンスの稽古も身が入らず上の空。

「真理ちゃん大丈夫だよ、題はさ恋する万博、泣き叫ぶお米、そのままだよ」と敦君が言う。

「ええっそんなあ、わたしが冗談で言ったのがそのまま題になるなんて許せないわ。もっと夢のある題にしてほしいな。例えば万博にバラの花を、米にはユリの花をとかさあ、色々考えられるでしょう」

「駄目駄目、林田先生がそんな甘ちょろい題をつける訳がない、恋する万博、泣き叫ぶお米で好いんじゃない、これが一番だよ他にある?」乗り出してきた部長もそのままの題に賛成だ。

人の気持ちも-知らないで部長の言葉に頷くみんな。

「みんなはそれで好いの?ま、恋する方は良いとして,泣き叫ぶお米って言うのがねえ今一わたしには心の中に納まりきらないのよ」

「お米のヒントをくれたのがあの沢口君だろう?やっぱりそれは泣き叫ぶ方がぴったりだよ」又敦君が発言する。

「えー沢口ってあのバスケの沢口?」

「何、あの沢口が言ったの」

「いえ、彼は言ってません、泣叫んででもいません。ただお米が急に値上がって困ったという話をしただけよ」

「キャーあの沢口さんとそんな話が出来るなんて素敵。もしよかったらわたし、お結び作って差し入れに行っても良いわ」

「あらわたしもお結び差し入れしたいわ。彼何が好きなのお結びの中身」

「わあ沢口さんの友達だなんて、ねえーねえー何時か都合の良い時に彼のサイン貰って来てくれないかな、お願い」「わたしもお願い!」「お結び100個と彼のサインかえっこ」等等題の話が沢口君の話に入れ替わりとても大騒ぎで煩い事になってしまった。

「沢口君って学校違っても人気あるのねえ」

「うん、彼の人気は高校だけでなくバスケに興味のある人には凄い人気があるらしいよ、特に女性には。あのマスクだろう、人気沸騰中さ」

「ふうん、人気沸騰中か、成程ね」

これも帰りの電車での敦君との会話。

翌日強化塾の会(変な名前)が終わって部室に行く。林田先生が一人だった。彼とわたしの目があった。「島田君よ、たまたま昨日の話が耳に入ってさあ」

「え。昨日の話って何ですか?」

「またまたとぼけて。あの沢口から出た言葉だったんだ、泣き叫ぶお米って」

「ええっ、いえいえとんでもないです。恋するも泣き叫ぶもみんなこのわたしが言った言葉です。彼はお米の話はしましたが、米が泣き叫ぶような事はこれっぽちも言いませんでしたし、していません」

「ふうんそうか、何だか詰まらないねえ、ここで彼が泣き叫んでくれたら面白かったのに」

「あ、そんな事言ったら、彼劇見に来るんですからやめてください。勿論他の人が泣き叫ぶのは構いませんが」

「彼、劇のファンなの?バスケやってるのが演劇に興味あるなんて珍しいな」

「あ、たまたま彼の友人でわたしの幼馴染と親友で彼に引っ張られて見に来たんです、中学時代。それからずーっとわたしの劇見てくれているんです」

「つまり島田真理のファンと言う事だ」

「ついでにお伺いしますが、この劇の題名は一体何でしょう?気になって気になって、夜も寝られません

是非題名だけでも教えてください」

先生大いに笑う。

「そのままだよそのまま。その方がインパクトあってさドキッとするだろう、他の格好つけた名前よりずっと良いよ、君の口から聞いた時、これは行けると思ったんだ」

何時の間にやら周りに集まって来た他の部員も頷いて聞いている。

「さあ、題名は分かったんだ、みんな張り切って練習してくれたまえ、万博って言う事は踊りもみんなでやるような賑やかな場面もあるんだ、リズムダンスも頑張ってやるように、良いね」

みんな納得して「はーい」と引き下がり何時もの稽古のルーチンに戻って行った。

うんどうもみんなで、あるいは一部の人数でダンスをやるらしい。そう言えば松山さんの素晴らしい歌を聞いたどの先生か忘れたが、彼に来て欲しくて劇の中にミュージカルを入れても良いと言ってたなあと思い出した。ダンスがあれば歌もありだよなあ。恋する万博には歌とダンスが欠かせない、絶対に。では泣き叫ぶお米には?ダンスは良いよ、泣いているのをより効果的に高めるのにダンスは必要だとわたしも思う。悲しみのダンスなんて良いじゃないか。泣き叫ぶのにミュージックと言うのは余りピッタと来ないが。

何て事を考えながらその日のルーテインを終わる。

「一体どんな劇が出来るんだろう?楽しみな様な一抹の不安を秘めてるような・・」

帰りの電車の中で敦君が言った。

「そうね楽しみでもあるし、不安でもあるわね。それに誰かが恋する人間や泣き叫ぶ人間をやるのかも大いに関心があるわ」

「そうか、そうだよね、恋する者と泣きわめく者がいるんだ・・もしかして去年みたいに君と僕がやらされるって事はないだろうねえ」

「それは、それは今は分からないけど、わたし達が抜擢される可能性大いにあるわよ」

「ええっそんなあ、どちらも嫌だけど、特に泣きわめくなんて特に嫌だなあ」

「でも敦君のモットーはどんな役でもオーケイっと言う事ではなかったの?」

「それはそうだったけど、でも何となく嫌なんだなあ」

「ハハ、分かる分かる、きっとみんな嫌がるだろうな、泣き叫ぶお米なんて」

後から一人になって考えてみた。もしわたしが泣き叫ぶ方の役が回って来たら、喜んで引き受けるだろうか。うーんアンマリやりたくないなあ、と言うのが先ず最初に出る言葉。でもでももう一度考えてみよう

こんなに目立つ役はそうとない、自分をアピールするのにこんな儲け役が他にあるか・・ないないもしわたしが女優として生きるとするならば、絶対に頂きたい役だ。只わたしは残念ながら俳優の道は考えていない。あっちゃん、あっちゃんしかいないじゃないか。もしかしたら今頃敦君も心を入れ替えてお米の役を考えているかも知れない。電話してみよう。

「あっ敦君、わたしねえあれから考えてみたんだけれど、あの泣き叫ぶお米ってさあ、随分目立つ良い役だと思うんだ。わたしが女優志願だったら絶対にやりたいと思うんだけど、残念ながらそうじゃない、俳優志願は敦君の方なんだ。で君に電話してみたの」

「えっそうなの、そうか、そうだよね、僕は俳優志願なんだから、僕が喜んで引き受けなくちゃいけない役だったんだ。僕もあの後考えてさ、泣き叫ぶって一言で言うけれどその表現をさ、表すのに色んな方法あるなあと思ったんだ。先生に聞いてみようかな、明日。泣き叫ぶってお米ですか人間ですか?どちらにしてももし役をやらせてもらえるんでしたら、是非その役やらせて下さい、って」

その翌日の勉強会が終わった後、部室に行った.私の横に敦君ピッタリ張り付いている。

林田先生じろりとわたし達を睨む。

「お前たち仲が良いんだな」先生の一言。

「はーわたし彼の付き添いで・・」私が答える。

「一体何の付き添いなんだ」

「鬼のような人に彼が一世一代のお願いをすると言うので」

「ふふん、その鬼のような人物とは・・もしかして俺の事?」

「はい当たりです。その先生に彼がどうしても話したい事があるそうです」

先生目をわたしから彼に移した。

「大人しい谷口君が鬼のような俺に一体どんな用があるのかな」

「ぼ、僕先生の事を鬼だなんて思っていません、尊敬してます。まるで中学の時のま、いえ島田さんみたいで」

「じゃあ、その島田さんみたいな林田にどんな御用かな?」

林田先生がにやにやしながら尋ねる。増々ぎこちない体になる敦君の脇腹をつつく。

「あのう、あのう、僕もし良かったら・・あのうやりたいんです・・そのう、泣き叫ぶお米の役を」

先生、目をぱちくり。パソコンと敦君の姿を交互に見つめた。

「先生、そのお米って役は人間ですか、それとも米自身ですか?」溜まりかねてわたしが聞く。

「あ、ああ、米か、米は米だよ、でも怒りや悲しみを歌で表すんだ」

「歌で!」敦君もわたしも驚きの声を上げる。うーん、米が歌を歌うとは考えていなかったよ、歌うなら万博の方がピッタリ似合っている。

「ぼ、僕、歌そんなに得意じゃないけど、これから一生懸命練習して頑張ります、やらせてください!」

覚悟を決めた敦君はきっぱりと言い切った。

「そうか、実ははっきり言って誰にこれをやらせようかと迷っていたんだ。うん、谷口君が引き受けてくれるとは有り難いよ。なんてたって演劇部の1,2位を争う名演技者だからな、君がやってくれるなんて願ったり叶ったりだよ」

先生ニコニコ顔。

「じゃあさ、早速だが、谷口君、歌の稽古に音楽の青山先生のとこに行って先ずは発声練習をしに行ってくれ、話は付けてあるから音楽教室に行けば分かるはずだ。それからその1,2を争う島田君も実は恋する万博の方をやって欲しいから、君も一緒に稽古してくれないか?」

「えーわたしが恋する万博役ですか?ま演劇部に居る以上どんな役でも喜んで引き受けますがね」

「じゃあ、二人は青山先生の所へ。島田君が一緒なら谷口君も心強いだろう」

こうして役名は決まったもののどんな展開になるのか全く持って知らぬままに二人は音楽教室に放り込まれた。ましてわたしは今日役名が決まるなどとは想像もしていなかったのでもう晴天の霹靂、ビックリ仰天だあ。

青田先生は男の先生だった。何しろ高校に入ってから芸術は美術にしていたので音楽教室に行くのも初めてだ。敦君も書道を取っていたのでこれも初めてだ。

「あのう演劇部からここに行って先ずは発声練習の稽古をするように言われましてやってきました。こっちが谷口敦君でわたしが島田真理です。どうぞ宜しく」

「た、谷口敦です。宜しくお願いお申します」二人そろって頭を下げる。

「ああ君たちが今度の主役をやる二人と言うのは?君が有名な島田さん、聞いてるよ、君の成績凄いんだってねえ。うん、それから君が谷口君。君も劇が旨いんだってね、でも良くお米の役引き受けたねえ、随分林田先生悩んでいたようだが」

初めて受ける音楽の発声法、でも二人とも必死でくらい付き頑張った。

やれやれの一日だった。電車に乗っても二人とも無口のままだった。疲れたこともあったし、初めての環境に全然慣れていなかった所為もある。

「疲れたねえ」と敦君が一言。

「うん疲れたわ」わたしも一言。コトコト電車は荒川の鉄橋の上を走って行く。

「わたし迄役が決まるとは思っていなかったわ。青山先生の話から推測するともうわたし達の役決まっていたのねえ」

「そうだねえ僕に如何切り出すか、それが問題だったんだ」

「去年、わたしが真っ黒けで出て今年は敦君が真っ白けで出るんだ」

「うん、そこの所が可笑しいよね」

「わたし達何となく似てるね、役に関しては」

「ああそうだねえ、役に必死に取り組む所も似てる、真理ちゃんが研究畑に行ってしまうのはとても寂しいよ。何時までも高校2年だったら良いのにさ」

「ハハハ、皺くちゃの高校2年生が出来上がるわねえ」

二人は全く元気のない声を出して笑った。

そうこうしてる間に期末試験が始まり、終わった。

青山先生の教室に来る生徒の数もそれまでに沢山来るようになっていた。こう言ったことから林田先生は本格的なミュージカルを一応目指しているらしいと皆も考え始めていた。

「まあ、今度はみんなも感じているように一種のミュージカルだ。君らは演劇は得意だろうが、歌の方では今一。で夏の間歌の稽古に徹してもらう事にする。音楽の先生も協力してもらってそれぞれのパートの部分を指導してもらうから、さぼらないで頑張って欲しい」

これはこれは大変な事になった来たぞ。冗談で言った事がこんな大掛かりな劇になるなんて思ってもみなかった。言い出しっぺとしては身が引き締まる思いでこの夏を過ごそう。

暑い夏が始まった。もう夏休みにどこか遊びに行こうなんて言葉は吹っ飛んでしまった。先ずは午前中は学校塾が始まる。運のいい奴は手作りの弁当を食べ、そうでないものは近くのコンビニでパンやおお結びを買って来て食する。もちろんわたしはコンビニ派だ。

歌は青山先生だが、ダンスは石川、斎藤先生に体操の桑畑先生が加わって作られたもので、桑畑先生の物凄い熱意が感じられるものだ。よって初めの頃の踊りの稽古はみんな言葉を失うほど厳しいものとなっている。初め経済界を代表するお偉方を象徴する渋めの大人の役の人達が,大人びて渋めに歓迎の意味を込めて歌い踊る。次に賑やかで華やかに一般民衆の役の人達が歓喜に満ちて、これまた同じメロディーに乗せて歌い踊る。その後いよいよわたしの出番。わたしは所謂万博に憧れ夢見る乙女の役なのだが、只これも同じメロディーに乗せて歌い踊る事になっている。当初中学時代にやったシンデレラのカエルの王子とシンデレラのダンスを思い浮かべていたわたしだったが、桑畑先生のダンスはそんなものではなく、まるでわたしがバレリーナか何かになるような厳しさを求められた。勿論家に帰ってからも練習して、やっと桑畑先生のオーケイを貰えたのであった。敦君はこの時お米だったのか?嫌々彼は経済界の一番偉い人物に成りあがって、その経済界の人達の中心となって踊っている。彼も渋い踊りに辟易しながらも、これまた何とかこなしているようだ。

「みんな慣れない歌と踊りで随分参っているみたいだけど、ここのシーンは劇の冒頭を彩り、この劇の内容の半分を意味する大事な大事な所なの。団体で出てるからわたし一人位手を抜いても大丈夫だと思わないで頂戴、手を抜くと団体だからこそ観客には直ぐ分かってしまうのよ。もしこんな役やりたくないと思ったら、悪いけどそういう人にはここから出て行ってもらうか、頭を下げて裏方さんの人達に入れてもらいなさい」

石川先生もとても今回は手厳しい。

そんなヒーコラな日々を送るわたしにお母さんの声がかかる。

「今日昼間、去年夏休みにボランティアで行った老人ホームから電話がかかって来て、今年も宜しくお願いしたい、みんな楽しみにして待ってるから、って」

確かに忘れてはいない、ちゃんと記憶の引き出しの中に仕舞ってはある。でも今年は駄目だ、とても無理。ボランティアは五色沼の清掃で済まそうと決めていたんだもの。

「お母さん、とても今年は無理よ。劇の台本も稽古する暇もないわ」

「そう、仕方ないわねえ。断りの電話を入れたら。でもね今稽古してる所丁度キリが好いんでしょう?

その稽古の場面、老人ホームで出来ないかしら」

「えっ、老人ホームで稽古するの?うーん出来ない事もないわねえ、衣装も舞台装備も何にもないけどそれは自前で何とかするとして・・・明日先生にお願いした上で人数を集めてみるわ」

確かに当初と比べたらこの稽古と言うもの、もう各段に歌も踊りも旨くなっていて人様の前に出しても全く遜色のないものに出来上がっている。ここで老人ホームに披露したからと言って何ら恥ずべき所は何にもない。

翌日稽古が始まる前に石川先生の所へ直行する。

「あのう、石川先生、お願いがあるんですけど」

「え、どんなお願いかしら?」

「実は昨日老人ホームから電話がありまして、去年ボランティアでやった劇を又やってくれないかと言う事でした。去年の夏休みの宿題の一環として有志で行ったものです。みんな楽しみにしているとの事ではじめ断ろうとしたんですが、もしお許しがいただけるんでしたら、この冒頭の所を稽古代わりにさせていただければ、ホームの人達も喜んでいただけると思うのですが」

「ええっ,何ですって、老人ホームでこれを披露したいんですって」

途方に暮れる石川先生。その時後ろの方から林田先生の声がした。いないと思っていたが、ちゃんと彼は存在してたのだ。

「あー、それそれ、その老人ホームね。去年電話貰ったよ、お礼のね。中々評判が良かったらしいよ。うーんそうだなあ、みんなの稽古も熱が入ってこの部分は殆ど出来上がっている事だし、まあ今回限り良いと言う事にしよう。まあ、みんなの参加は無理だろうから、参加できるものだけで。只衣装も小道具も自分たちでやる事だな」

これで話は付いた。稽古の後参加できるものを募る。勾玉県に住む者は勿論、東京の近くに住む者も殆ど参加してくれる事になった。

日取りも大体去年と同じくらいだ。ホームの責任者の人もその話を聞いて大感謝の気持ちを現した。

何でも相談してみるもんだねえ。

わいわいがやがやお迎えのミニバスも六色沼の駅に用意され、去年とは扱いが全然違う。

「今年はスペシャルだねえ」と去年参加した者たちが言う。

「そうね、遠い所からも参加してくれてるからこの位して貰わなくちゃ割が合わないわ」真理は答える。

ホーム長がニコニコして出迎える。お菓子とお茶が出る。これは去年も出たが今年は人数が異なる。

「皆さん良く来てくれました」とホーム長が挨拶する。

「去年ですね、ここにいらしゃる島田さん達が宮沢賢治の劇をしてくださって、それが後後迄評判が良く今年も是非見たいと言われまして、ご無理なお願いをしてしまいました」

舞台の為に一応みんなが用意したものに着替える。一般民衆の方は大体が何時も通りの恰好、ただ経済界の方はそうは行かない、ま今は夏と言う事で男達はズボンだけ女達はスカートだけをそれらしいものに履き替える。

で、わたしは何に着替える?でもさ、バレリーナみたいに踊るからちょっとスカートは勘弁して欲しいと

キュロットパンツに履き替えた。

「ではお願いします」とホーム長に頭を下げる。

「さあ今日はみんなが待っていたボランティアの学生さんが来てくれましたよ」

老人ホームの人達の熱い拍手。

「今日はとても忙しい所をこうして無理して大勢でやって来ていただいたんだよねえ。何をしていただくかは秘密だそうだ。只今やってる万博に関係するものらしい。まあ、万博を歓迎する歌と踊りと言った所だ。では始めてもらいましょうか」

又拍手が起こる

演奏はピアノもオルガンもないので持ち運べるエレクトーンを施設の何方かに借り、約束通り舞台の隅に据えられていたのを演劇部一のエレクトーン奏者である一年の上田さんがその前に座って演奏する。

本当の舞台では大舞台一杯に左手に経済界のお歴々、真ん中にわたし、右手に一般民衆団がずらりと並び見る人たちに「お、何が始まるんだろう?」と言う期待感を抱かせる趣向だが、何しろ小さなホームの舞台だからそうも行かない。よって初めにわたしの挨拶を澄ませ、それから順序良く経済界、民衆と言う風に出て來ることにした。その間エレクトーンの演奏で間を取る。上田さん、ご苦労さん。

拍手の中わたしが一人進み出る。

「皆さんこんにちは。一年振りの再開でございます。今日は前にやったような劇ではありません。今大阪で開かれている万博に根差したミュージカルを大舞台でやる予定なのですが、その冒頭の一部をここでやりたいと思っております。この冒頭の所はこの劇の根幹をなすものでして劇の善し悪しを左右するものです。どうか、なんだ一部だけかと言わず、温かい目でご鑑賞くださいませ」

一礼をして上田さんに合図をする。演奏が始まり経済界のお歴々に扮した一団が出て来て並び大合唱の歌が響く。歌が終わると踊りだ。渋い踊りだから大きなパフォーマンスはないが,何やら可笑しくて思わず笑ってしまう趣向。一応ダンスが終わり一礼して後ろに引き下がる。次に民衆の出番。ここは喜び溢れるみんなの気持ちを表すためみんなスキップしニコニコしながら出て來る。手に花や人形を持っている者もいてさっきのお歴々とはガラリと変わって華やかさを感じるに違いない。にこやかに合唱が始まる。曲は同じだがそれを感じさせない軽快さと賑やかさを見る者に感じさせる事だろう。これも歌が終わればダンスが始まる。賑やかで楽しさにあふれた踊り、しかもこちらの踊りの方が前のお歴々のより長く出来ている。これが終わると前のよりも大きな拍手が沸き起こる。そりゃあみんな楽しい方が良いに決まっているよね。民衆の連中も経済界に重なって後ろの方へ引き下がる。

いよいよわたしの出番。でもここで演奏者のチェンジ、上田さんだけで演奏するのは辛いと言う訳で原さんが演奏する事に。うん原さん自身が言っていたが「わたし、エレクトロン家に置いてあるけど余り弾いた事ないのよね。ここ3日程稽古したけど、失敗したらごめんなさい」とは。これは大いに心配だがやるっきゃない。礼をして下がる上田さんに盛大なる拍手。

もう後はない、何とかごまかして歌おう、ダンスはエレクトロン失敗してもそれはそれで誰も失敗とは気づかないだろう、少なくともホームの人達には。

エレクトロンの音が鳴りだす。前奏を聞いて舞台に出る。曲に合わせて踊りながら部隊の真中へ。いよいよ私の歌が始まる、万博歓迎の歌だ。

「おー万博、この日をどんなにわたしは待った事だろう

輝く太陽も月も星もお前のためにある

囁く小鳥も今日はお前をたたえ花々はお前を飾るために咲くだろう

どうかどうか万博よかなえておくれわたしの夢を わたしの小さな夢を

その広い広い万博の中に私を 狂喜するわたしを

深く深く抱きしめて遅れ」

エレクトロンの調子が早くなったり遅くなったり、時にはひっかかったりだが、そこを何とか青山先生のお教え通り、声量を上げて乗り越える。拍手も起こる。ありがたいお客様だ。次は一息入れてダンスの場面。もうエレクトロンの少々の失敗など怖くはないぞ。この夏休みの前後を通して稽古して来たんだもの、それに桑畑先生のありがたいオーケイの認定も貰ってあるのだ、御覧ぜよ皆の衆。

鳴り響くエレクトロンに負けない踊り、いや、所々音程の外れる曲を物ともせず踊って行く。言って置くがわたしの踊りは他の踊りよりも大分長い、経済界の4倍、一般民衆より2倍は長い。覚えるのも同じく長くかかるのだ。それを踊り切り一言言葉を発する。

「万博万歳」

その後後ろに控えていた連中もわたしの踊りが終わったと思って割れるような、と迄は行かない、老人たちの精いっぱいの拍手の中大声で叫ぶ。

「万博万歳」

又新たに拍手が起こる。これで今日の出し物は終わった。わたしは一礼して最後の言葉を述べる。

「盛大なる拍手、本当にありがとうございました。これで今回の出し物は終わります。これは劇の本の一部ですがここ迄を今までみっちり稽古してきました、いえ稽古させられてきました。この後もこの続きを稽古して去年と同じく大賞を貰えるよう頑張りますので、皆様も是非応援していて下さい。今日の御観覧感謝いたします」

ここで又拍手。ホーム長が出て來る。

「いやーそうでしたか、去年大賞を貰ったんですか、何も知らなくて失礼いたしました。でも今年の劇はミュージカルで去年とは全く異なりますな」

ホーム長は去年ここでやった劇で賞をもらったと勘違いしてるが面倒臭いので、そのまま放置。

「そんな人達の芸がみられるとは我々の方が感謝感激ですな。そんな素晴らしい学生さんにもう一度拍手を送り、感謝の気持ちを贈りましょう」

ここで又拍手を受ける。

それから2,3日後に篠原女史より電話があった。

「ねえ、わたし、今年もあなたからボランティアのお誘いがあると待っていたのよ。でも全然その気配ないまま今日に至ったのよね。でさ、あっちこっち電話して聞き出した情報。みんな口が堅くて中々聞き出せなかったの、そこを何とかやっと聞き出した情報。何とあなた、老人ホームで今度の劇の一部を披露したって話じゃない?何か分からないけどあなたの踊りが凄かったってホームに入ってるおばあちゃんが話していたと聞いたわよ」

「あ、ごめんなさい。今年はとても忙しくて、劇を披露する事が出来なかったの。で、五色沼の清掃で済まそうと思っていたら、ホームから電話があって、今年も宜しく皆楽しみにしてるって。そこで先生方の許しを得て稽古代わりにホームで冒頭の所を披露したの。あなたの事考える暇は全くなかったの。あなた、適当にあなたの仲間とどこかボランティアやって頂だい」

「えー無責任な奴。わたしには劇を考えるのそんなに早く出来ないわ、何とかしてよ」

「わたしだって今夏休みの宿題で手一杯よ、駅のホームで清掃するのが、暑くなくて一番だわよ、何一つ稽古しなくて済むんだもん」

「うーん、仕方がない、でもさああなたどんな踊り踊ったの?お詫びの代わりにちょっと披露してくれないかな」

「あ、それは出来ないわ、秋の地方大会の時を楽しみにね」

「うーん,意地悪ね、ホントに口固いのね、何のヒントもないの」

「へー、そうね経済界や民衆が出るのよ。これ最大のヒント。これ以上は何にも出ないわ」

「何ですって、経済界、民衆が出るんですって?ふーん、随分重そうな内容なのね、さっぱり分からないけど」

「これだけで分かればあんたは天才。じゃあ又ねえ」

そそくさと電話を切る。これ以上ごねられると何かまたまたヒントを与えそうだ。傍に来たチャトラーを一頻り撫でて抱きしめる。                                                    

「あのお姉ちゃん、聞き出すの旨いから気を付けなくちゃあいけないんだ」

 夏休みが開けた。宿題を各先生に提出。

「あ、島田君、この絵凄く好いよ、実に良い。うーんこれさ、都展に出して見ないか?何か貰えるかも知れない」と美術の田中先生が褒める。

他の友達もその絵を覗き込み一斉に感嘆の声を上げる。

「わー素敵、島田さんのお母さんて絵描きさんだよね、まさか手伝ってもらったなんて事ないわよね」

「本と凄いよなあ、何かじんとする絵だな」

「良くあんな厳しい桑畑にダンスの稽古をさせられてこんな絵を描く暇があったなあ」

「この森本の絵も上手いからこの二つを都展に出してみよう」

と言う訳で美術は合格。日本史は仏増が日本に渡り、それが時代が変わって行くにしたがって、その形が変わって行くのを調べたものだった。これも日本史の先生にお褒めの言葉を頂く。問題は化学だ。本来は進むべき道の化学である。優秀なるレポートを期待したい。だがこの化学の先生、自分の世界に入りやすい性格なのか、授業時間もぶつぶつ言って何を話しているのかさっぱり分からない。これじゃ、優秀なるレポートを提出したくても出来ない相談だ。仕方がないので無機質と有機化学の違いを大きく分けてその性格の違いを述べるにとどまった。先生も一瞥しただけで何も言わなかった。

そんなこんなの夏休み明け、でも今年はどこにもみんなと出掛かられなかったなあ、きっと美香ちゃんもがっかりしてるだろう。それとも未来の栄養士目指して勉強に精出していたかな。後から電話してみよう。と言う訳でその日美香ちゃんに電話をかける。

「あ美香ちゃん、夏休み終わったね、どうしてた?私今度の劇、初めてのミュージカルなもので、先生達もわたし達も夏休み、殆ど返上で稽古に次ぐ稽古だったの」

「そうじゃないかと思ってた。わたしは家族旅行、と言っても母の故郷の徳島に行って来たんだ。あなたのおばあちゃんの長崎とは違うけれど、でも徳島は徳島だ、色んな名物や名所旧跡があって、あなたが暇だったら案内して上げたかったわ。え、泳いだかって。うん、泳ぐ程じゃないけれど海にも行ったわよ。焼けるから日の差すとこには行かなかったけど、これが何故か日に焼けてるのよ、どうして?」

「そうね、ここと違って一般的に紫外線が強いんじゃない?だからどこにいても色が黒くなるのよ。でも健康的に見えてわたしは好きよ。でも良かった美香ちゃんに行くとこがあって。わたしが行ったとこなんて老人ホームだけなんだ。そこでみんなで日頃の稽古の歌とダンスを披露したの、ちょっとみじめかな」

「今年も云ったのね、忙しいと言いながらそこは手を抜かなかったんだ」

「そうじゃないのよ、向こうから電話があったのよ、皆が楽しみにしてるって。だから一部が出来上がっていたのでそこの所を先生の許可をもらって演じて来たの。今年は出演者も多くて舞台が狭くやりくりするのが大変だったわ」

美香との楽しい会話は続いたが、そうもしてられない高校2年生、キリを見て美香ちゃんにさよならを告げる。わたしの膝に残ったのはチャトラーだけだった。

劇も普通の会話が続く部分になり、ここの所はスムーズに進む。わたしの役の娘が何回も万博に行きたがる、それは出来ないと阻止する父と母。

「だってあのカルミール館の素晴らしさは一度行ったくらいではとても分からないわ。それにほかの処だって見なくちゃいけないじゃない?そうじゃなきゃその国々の良い処も悪い所も全然分からないし、語れないわ。わたし、大きくなったら海外に飛び出したい。そのためにももう2,3回は万博に行きたいのよ」

それを引き留めようと頑張る両親。最後のセリフが決め手。

「一回でも十分贅沢だと言うのに2,3回行きたいとはとんでもない事を言うもんだ。今年はお米が2倍以上値上がりしてとてもとてもそんな余裕は全くないよ」

次に現れるのが腹ペコ集団。先ずはスポーツをやってる者たちの出番。ここもメロディーに乗せてやりたいらしかったが、青山先生に忙しいのにそんなには作れないと拒否されてしまったので同じメロデーで済ます事に。面々とかたられる腹ペコ状態の愚痴の一部を紹介しよう。

「おお、白いご飯よ。ああ今日の朝も腹一杯食べる事が出来なかった。あのほやほやとした白いご飯にタラコをこってり乗っけてもう一杯だけ食べたかったなあ」

「この所続くパンでは昼までお腹が持たないわ、お握りでも良いからパンの傍に乗せて欲しいと思うのは

今の我が家では出来ない相談かしら。ああ鮭の鮭のお握りを一緒に頬張りたいわ」

「いくら麺類が好きだとは言ってもこの所ソバとうどんばっかりだ。でも腹持ちが好いのは絶対お米だよ、ここに来て知る米のありがたさ。今更言えないが、米を食べたい、米を食べたいよお」

こういったセリフが続く。今は服装までは手が回っていないが、本番ではそれぞれそのスポーツに合った服装にする予定。

次に出て來るのが沢山の子供を引き連れた母親。子供を数えたら12人。ここで注目。このお母さん役をやっているのが何と北山さんだ。彼女には内緒だが、どうしても彼女に良い役をやらせて欲しかったので

平身低頭林田先生に毎日頼み込んで、渋る彼にオーケイを出させたのはわたしだった。

「もうもう、お米が高くてどうしましょう。子供がこんなに沢山いるのにどうしたらいいの?麦を入れて今日は食べさせたわ。でもすぐお腹が減るのよ。え、お豆を入れて炊くと良い。そうね、それも一案だけど他の者も高くなってどうしようもない。誰か誰かお米の値段をもとに戻して頂戴」

「お母ちゃん、お中空いたよう」と子供たちが一斉に叫ぶ。

次に出て來るのが子供7人引き連れたお母さん。もう子供たちは泣いている。

「はいはい、分りましたよ、お中が空いたのね、もう直ぐお父さんが10キロ当たり200円も安いお米を向こうのスーパーまで買いに行ってるから待ってて頂だい。そしたら直ぐご飯を炊いてあげるわ、もち、麦も入れてね」

そこにお父さんお米を抱えて登場。お父さんを中心にお母さん、子供7人が取り囲み万歳三唱。

いよいよお米君の登場だ。ここも前のメロディーでお米君が歌う。

「僕はお米、今やみんなの憧れの的、的

炊けば艶々輝くお米、みんなのお中を満たしてあげる

待てよ待て 今年の僕の値段 凄ーく凄く高くなってるよ

もうもうビックリだ 来年まで待てば安くなるかな ルンルンルン

おおっこれはこれは 今年以上の値段じゃないか 

何と夢じゃないよ みんなが腰抜かす今年以上の値段になってるよー」

お米で嘆いていた者たちが両脇から出て来てお米と共に合唱する。勿論同じメロディーに乗せて。

「お米には罪はない、お米には罪はない  全然ない

何としても元の値段まで下がっておくれ下がっておくれ

みんなの願いだ どうかどうか下がって遅れー

輝く白い米を腹一杯 腹一杯食べたいんだよ

ああ神様いるのなら いるのならお願いだー」

ここは又桑畑先生の振り付が入るので皆緊張。お米と他のスポーツマンの腹ペコ軍団と子供を抱えた貧乏親子が踊る。みんなの踊りが一段落してから少し下がった所に、なんと又わたしの出番。

「ああ万博-わたしの万博

もっと行きたいわたしの万博

でももう直ぐ終わってしまう

行かないで 行かないで

あなたが言ってしまったら ああわたしはどうしたら良いの」

勿論局は例のメロディーだ。そこへ北山さんの登場。

「何を言ってるの、万博万博って浮かれて場合じゃないわ。わたしの12人の子供達を見て、みんなお腹を空かして泣いているのよ。万博に行くお金があったら,この子達に白いご飯をお腹一杯食べさせて上げたいわ」

そこに7人の子供の両親も出て來る。

「そうだそうだよ。万博なんて浮かれてる暇はないんだ。この子達の飢えた顔を見て言って欲しい」

スポーツ軍団も出て來る。

「我々も言いたいよ、もっともっと米を食べたい、鮭のお握り、タラコをまぶした白いご飯を食べたいと願っているんだよ」

この間わたしにはセリフがない。只只驚きの表情のみ。お米君の登場。お米君歌う。

「ああ、みんなが叫んでいる みんなが叫んでいる

どうしてこんなに高くなったのか

僕にはさっぱり分からない 誰かが裏で何かしてるんだろう

来年になったらも少し安くなるだろうと言ってた者もいたけど

これがどうした 反って高くなってるよ

それもそれも僕にはさっぱり分からないー」

ここでお米君と万博娘を残してまた下の方へ下がる。残ったお米と万博娘、顔を見合わす。

「お米、足りないのね?」

お米頷く。

「なんて事でしょう、万博は華やかで未来の姿をちらりと見せてくれるわ、知らない世界を見せてくれるわ。それはそれで大事だけれど、でも毎日食べるご飯はもっと大事」

お米君ここで激しく何回も頷く。

「わたし達には何にも出来ないけど、せめて明日のお米が少しでも安くなるように祈り、歌い、踊りましょうよ」

お米君又激しく肯く。青山先生のお馴染みの曲にあわせて歌う。

「巡り合ったお米と万博 お米と万博ー

みんなで祈ろうお米がも少し安くなるように

そして万博が無事に幕を閉じますように

この二つ この二つ どうかどうか叶えて下さい

心優しい神様 心優しい神様 どうか叶えて下さいー」

お米と万博娘が二人で踊る。

後ろに控えていたみんなも前に出て来て同じ歌を歌いもう一度みんなでスクラムを組み歌う。

これで一応劇は終わる。でも仕上げはこれからだ。わたしの娘と両親の会話ももっと長くなるだろうし、晴れペコ集団のスポーツ選手達ももっとやらせろとその瞳が燃えている。特に3年生からのやらせろアピールが凄い。林田先生もこれには答えねばならないと事細かく指示し、書き加えて行く。

劇は当然より長めになった。でもこれで好いのだ、林田先生の頭の中にはみんなが持ち込む苦情が最初から予定としてインプットされているのだから。

その間に都展が開かれ、わたしの絵も無事に入選したらしい。学校の方も中間テストが終わり、増々稽古に身が入る。白熱を帯びているようにさえ見えるほどだ。勤労感謝の日の前後に東京の地区大会が開かれるのだから無理もない。

それでもこの間学校の勉強強化は休みなく続けられているのだから中々感心感心、と言う所だ。

当日になった。何故か篠原女史と同じ日になるのは学校が近いから?

「また同じ日になったのね、去年はわたし全然お呼びでなくて、全然役を貰えなかったから気にもならなかったけど、今年はちゃんと役を貰ったから、気になるわ」

こう言って篠原女史、わたしの服装をじろりと見まわす。タイツ姿にふわりとしたスカート。一瞥しただけでは全く普通の恰好、まあそれより少しおしゃれをしている程度だ。

「今年は去年のような黒塗りはしないの?」

「全然、だって今年の劇は今年の劇だから、普通の女の子の役よ。北山さんは普通の女子からお母さん役になるから二役ね。うーんわたし達の劇でわたしみたいに一役しか演じないのは実はわたしだけなのよ」

「へーじゃあ谷口君も」

「ええ、最初は紳士役だけど・・・あとは見てのお楽しみ」

「えっそこに何か隠されているのね、教えてよ、もうすぐ始まるんだから」

「駄目駄目、あなたの方は何にも話さないのに、わたしの方はペラペラ、不公平だわ」

「わたしがやるのは万博の整備係よ。見ればわかるでしょう。館に入る人の監視役よ、とっても厳しい性格で、それに意地も悪いんだ。気の好い性格で優しい整備係もいるけど、それは3年の副部長が演じるのよ」

「あらーま、仕方ないわね、でもそう言う役、やりがいがあるわねえ。うんと意地悪く演じなさいよ、思いっきり」

「あ、先生呼んでる、これからあなたの劇の話、もっと聞き出してやろうと思っていたのに」」

篠原女史残念そうにそう言うと先生の所に走り去って行った。

わたし達の出番が最後になったので、ここは篠原女史の名演技をしっかり見ておこう。他にも万博を取り扱ったものもあったが余り感心するものはない。米に関するものもなく少し残念。

いよいよ篠原さんの学校だ。入場者の戸惑いやワクワク感が出ていてとても楽しい。困った入場者もいる。食べたり飲んだ物をそのまま掘って行く者。ここは篠原女史の出番だ。

「もしもしお客様、あなたゴミをここに捨てましたね。ここはごみを捨てる所ではありません」

うん、これは普通の係の人の言葉だ。

「ごみはごみ箱かもしくは自分で持って帰りましょう。もしそれが出来ないならうんと高い罰金を払ってもらいましょう。高い入場料を払ったからそんなお金はないと言うのね。分かりました、ではこれらのごみを片付けたら、はいはい、この箒と塵取りで掃き清め、わたしのお眼鏡にかなったら良いとしましょう」

なんだ、ちっとも意地悪なんかじゃないぞ。もっと意地悪くやるんだー、と心で叫ぶ。その時列を乱すお客様あり。

「ねえ、ねえあなた達、確か、あなた達もっとずーと後ろに並んでいたんじゃないの?ここはきちんとみんな順序良く並んでいるんだから、下がって下がって、もっと後ろよ、後ろ。何なら罰として一番後ろに並んで頂だい」

これも言葉使いがぞんざいなだけで良くある光景、意地悪とは思えない。

お客さんが彼女にパビリオンの場所を尋ねるシーン。

「え、なに?ココリアパビリオンですって?わたし、ここのパビリオンの整理が担当なのよ、良く分からないわ。あなたマップを持ってるじゃないの、それにスマートホンがあるんだから自分で調べなきゃ、年寄りか、小さい子供じゃないんだから、何でも聞いて片付けようなんて。わたしはあなたの御用聞きじゃありません」

うーんこれは少し意地悪さがプラスかな。でもどれもこれも言葉遣いは悪いけど、道理が通っているものばかりだな。もっと手厳しい意地悪さを期待してたけど、相手のある事だから手加減したらしい。

いよいよ私たちの番。みんなの緊張した顔。音楽はこの劇の為に青山先生がアレンジし、自らピアノを弾いて下さったものを録音したものが用意されている。先ずはそのピアノの前奏曲が流れる。それから経済界のお歴々の出番だ。前は舞台の上に経済界も民衆も並んで立ってる設定だったが、ここは別々に出て來る方に代えられたのだがこっちの方がすっきりして良いと思われる。

「待ってました万国博覧会 

この沈滞した日本を救う この疲弊した日本をすくう 万国博覧会

皆が日々夢見た経済界をきっと潤す

皆が日々願った経済界を立ち直らせる

万国博覧会 万国博覧会 ここに開催される」

経済界の渋い踊り。彼らの踊りが終わり後ろに下がると一般民衆の手を振りスキップをしながらの登場。

「万博 万博 万博

待ちに待った万博が始まるんだ

ミャクミャクもあの目でしっかり受け止めて

楽しい楽しい そして知らない国を教えてくれる

その万博を我らは長く長く待ち焦がれていたんだ」

大衆達の賑やかで華やかな踊り。これが終わり皆後ろに下がる。わたしの登場だ。先ずは最初の踊り

喜びに満ちた気持ちを込めて踊る。それからここ数か月稽古して来た万博歓迎の歌。

その後又ダンス。ここはバレリーナを思わせるような踊りを披露。万博への期待と夢を乗せて踊るのだ。うーん桑畑先生の教えはとても厳しかったぜよ。

それが終わるとみんな前に出てわたしを中心に歌ってこの膜は終わる。これを見ていた他の学校の劇団員から漏れる溜息と悲鳴にも似た称賛の声。

次もわたしとその両親の出番。

「お父さん、この子又万博に行きたいって言うのよ」

「何だって万博にはこの間行かせたばかりじゃないか」

「そうよ、安い入場料でもないし、ここからじゃ交通費も随分かかったわ。2泊したから宿代もね」

「それだけのお金で我が家がどれだけ贅沢が出来ると思っているんだ」

と言う両親の会話が話されわたしの抗議の言葉が続く。

ここの抗議の言葉は恋する万博の思いが溢れていなくてはならないのだ。ここにしか普通の言葉で語られるセリフは他には何もない。熱を込め、両親にも観客にも力説する所だが、あんまり力説すると嫌味になるのでその加減が難しい所だ。

次はスポーツ好きの腹ペコ軍団の登場。

今日は本番だからみんなそれぞれの衣装を着てる。野球服、バスケ姿、バレーボールを持った者、おっ柔道着姿もいる。卓球もテニスもバトミントンもそれぞれの姿で頑張る。

各自それぞれ自分たちがいかにお腹が空いているか、お米を食べたいかをアピールする。

それが終わると12人の子供を連れたお母さん、北山さんの登場。少し緊張気味だったので背中をそっとなで「大丈夫よ」と囁いた。彼女もこくんと頷き舞台へと向かった。

そしてお米君の登場。白塗りと白い衣装、1年前のわたしとは正反対だと密かに思い、一人心の中でクスリと笑う。

だが彼は消して笑わない。悲壮感を漂わせでも大げさすぎず必死にしゃべりそして歌う、あのみんな楽しげに歌った歌のメロディーかと思えるほど悲しみに満ちている。それだけでも彼の業績は大きいと言って良いだろう。みんなの今の苦しみと悲しみを受け止め包み込む歌だ。そこにわたしのまたまた登場。みんなに詰めよられる万博娘。北山さんの子供を思う母心がにじみ出て素晴らしい。そしてみんなで心を合わせて歌い祈る最後のシーンで終わる。思わず拍手する他校の生徒達。

「良かったよ、素晴らしかった。文句付けようがない出来栄えだった」

あまり褒めない林田先生が先ず褒めた。

「ほんと、みんなそれぞれ頑張ったわ。勿論島田さんの万博さんもお米君の歌も踊りも今までの中で一番素晴らしかったし、他のこまごました役の人達迄-もここまでやるんだと言う心遣いを見せてくれたわ」

「ライバルの我々に思わず拍手してしまうほどの出来栄えよ、夏休みの殆どをこの劇にかけた事あったわねえ。思わず涙が出ちゃったわ」

石川、斎藤先生の感激の言葉だ。

勿論東京予選は悠々トップで通過した。

この結果に気を良くした青山先生はも少し音楽に色を付けようと張り切りだし、音大の同窓生である管弦楽奏者達に応援を頼み、もっと厚みのある音楽劇に成るよう骨を折ってくれた。

桑畑先生も結果を知ってニコニコ顔。

「島田さんは実を言うと最初は少し無理かなと思っていたのよ。でもやってる内に頑張り屋さんだから無理な所が出来ちゃうのよね。だから、無理な事でもどんどんさせちゃったわよ、ハハハ」

無理な事をさせられたわたしとしては堪ったものではない。

「は、これからも宜しくお願いします」と建て前上頭を下げる。

「僕さー真理ちゃんが稽古させられるのを見て、本と言うとね、逃げ出したくなったよ、踊り一つした事のない真理ちゃんがあんな踊り出来る訳ないと思っていたもの。でも暫くするとこれが出来ているんだな。内心驚いたよ」と敦君は言う。

「毎日帰ってから猛練習よ、ホント大変だったわ。もう2度と御免こうむりたいと言いたい所だけど、先生には感謝してるわ」

「やっぱり僕の尊敬する真理ちゃんだね、みんなも凄いと褒めるけども、僕はそれをやってのける真理ちゃんを尊敬しないではいられないよ。これからの僕の人生で飛んでもなく厳しい事が起こっても、真理ちゃんの事を思えばやり通せると思うんだ」

「いえいえ、そう思う敦君が偉いのよ、みんな感心するけど大抵そこ迄なのよ、それを人生の道しるべにしようなんて誰も考えないもの」                               こそれが電車の行き帰りに交わされた二人の会話である。

電話が鳴った。

「島田ですが」

「あ、わたしよ、美香。あなたの踊り凄いんですってね?」

「え、なに?突然にそんな事誰が言ったの?」

「篠原さんから電話貰ったのよ」

「えー篠原さんから電話あったの?珍しいわね、あの人が美香に電話するなんて」

「うん、わたしもそう思うわ。でもあの人誰かに伝えたかったのよ。でわたしが一番適当と言う事になったのよ。それほどあなたのダンス、素晴らしかったのよ」

「あの人の高校も予選通過したから、今は五分五分と言う所なのよ。内の高校が-優勝した訳でもなんでもないわ」

「でも彼女が言ってたわ、あなたには敵わないって。わたし達とレベルが違う、彼女に比べたらわたし達は味噌っかす、真理ちゃんが大倫のバラならわたし達はそこいらに咲いてる目にも止まらぬ雑草の花だわって」

「まあそんな事言って。彼女凄く落ち込んでいるのね。分かった、彼女に電話してみるわ。彼女をこのまま放置できない、も少し元気を出させて、お正月の全国大会の良きライバルになってもらわなくちゃ」

「うんそうして、ホントに元気なくしていたわ。精出してもらって溌剌演技してもらわなくちゃ、応援しがいがない」

それで篠原女史に電話する。電話にはお母さんが出たが直ぐ代わった。

「はい瑠美奈ちゃんどう元気してる」

「島田さん、あなたが瑠美奈って言うのも珍しいわね。わたしの不甲斐なさを笑いに電話したの?」

「あら不甲斐ないって、それは誰の事を言ってるのよ。確かに今度の劇では今一篠原女史のパンチの良さが見られなかったのは少ーし残念だったけど、あれはもう一工夫すれば見違えるように良くなるわ」

「えっ何処をどうすればいいの?先生に聞いたけど、あれはあれで好いんじゃないかって」

「うん、もう少し大袈裟に意地悪くしたいんだろうけど、実際には そこで働いている人がいて突拍子もない意地悪な事は出来ない事情がある訳よね」

「それは先生も言ってたわ、本来はもっと意地悪なセリフになってたのを毒抜きにしたのよ。そこをカバーしてどうすれば面白く出来る?」

「セリフもそのままにして面白こする方法。それはあなたが動く事しかないわね。あるいは極力動かないか、そのどちらか」

「一体どういう事」

「あなたが全く動かないでお客さんに命令するの、まあ、踊りで言えば人形振りみたいな事をやる、これが後の方の意味ね。これ、優しそうで難しいのよ、でもクレームがあっちこっちからあるのは間違いなし。相手の役者からも先生からもね」

「わたしもそう思うわ」

「じゃあ次のあなたが動く方ね。これはねお客さんが動く前にあなたが動くのよ。ゴミ箱の所にお客さんが動く前に行く、割り込みのお客だったそのお客の手を取ってドンドン後ろの方に戻って行くと言う方法。これはとても疲れる手段だけれど観客受けするわ。それに相手の役も決して文句は言わないと思うのよ。どうやってみる、あなたの舞台なんだからあなたの好きな方法で観客にアピールしなくちゃ詰まらないでしょう?」

「そうそうね、これはわたしの舞台なのね、うんと運動してみんなを吃驚させたいわ、うん何か面白くなりそうな感じ」

篠原女史、感じる所があったのか満足したみたいだった。

「それにしても島田さんがあんなにダンスと言うか踊りと言うか、まあモダンバレーの名手だとは今まで全然知らなかったわ。あれには参った参っただわ」

「ハハハ、ダンスは学校でやるだけだったから。今回は鬼のような先生が付ききりで始動させられちゃったわ、本当に大変だったのよ、誰にも言わなかったけれど」

「ふーんそうなんだ、わたしなら諦めて他の人に代わったわね」

「そうか、そういう手もあったのね、逃げるのが一番早い解決方法と言う訳だわ」

と言う訳で篠原女史との電話会談は終わった。

でも人の噂には戸は立てかけられないもので、わたしが踊りの名手と言う事が学校だけでなくわたしの周りにも広まっている。

遂に沢口君に迄知れ渡ったらしい。夜電話が鳴った。

「はい、島田ですが」と電話を取る。

「あ、島田さん、俺沢口だよ。良かったお父さんじゃなくて」

「あらあ沢口君、こんな時間に如何したの、何か事件?」

「え?いいや違うよ。あのさ君の噂が流れて来てさ、君の今度の劇の噂。君の踊りが素晴らしいともっぱらの評判だよ」

「まあ誰に聞いたの、あなたの学校には演劇部はなかったわよねえ」

「ハハハ、勿論ないよ。でも評判は直ぐ聞こえて来るものさ。兎も角すっごく上手かったてみんな言ってるらしいよ。それを知らないなんて島田さんの友人として済まないだろう?だから電話したんだ、勿論藤井の耳には入っていないだろうけど」

「あ、武志君はまるっきり知らないと思うよ、彼それ所じゃないもの」

「そうだよな、教えるべきでもないよな」

「当たり前よ、今は彼の頭の中、静かに静かにしてあげないといけないわ。わたしの踊りなんかでかき乱すべきではないわ」

「分かったよ、彼には何も言わない。お正月の全国大会が楽しみだな、彼には悪いけどね」

「バスケットの調子は如何、もうとっくに行く所は決まっているんでしょうけど」

「うん実は高校出たら直ぐアメリカに行くんだ。アメリカで鍛えられて来いってさ」

「そう凄いわねえ、アメリカでうんと活躍して来てね、日本から応援してるわ、頑張ってね」

「うん、頑張るよ、島田さんもこれからの研究生活に全然関係ないダンスに精いっぱい努力してるし、藤井も血のにじむような勉強をしてるんだもんな、バスケ一筋の俺が努力しなくてはならないのは当たり前だよなあ。きっとアメリカで頭角を現して活躍して見せるさ」

又劇の日程が決まったら電話すると約束して電話を切った。

と言う事は健太にも噂は伝わっているはず。多分睦美が突かれているはずだ。睦美には恋敵みたいなわたしに電話するのはきっと面白くないに違いない。でもかけなければかけるまで煩い健太だ。渋々ながらもかけないわけにはいかない可哀そうな睦実ちゃん。

その翌日電話は鳴った。

「はい島田ですが」

「わたし、睦実よ。聞く所によると随分ご活躍みたいね」フムフムそう来たか。

「え、何、何がどうしたの?何が活躍してるの、全く分からないわ」

「何をとぼけてんのよ、あなたのダンス、プロ並みの腕前だって評判じゃないの。噂はあっという間に広まって、聞かせたくないものの耳にも届くのよ」

「何それ、聞かせたくないものの耳って」

「健太先輩の耳よ、健太先輩。彼さまだ大学決めてもないのに、と言うか、あっちにしようかこっちにしようか、揺れ動いて決めかねているのよ」

「ああ、大学ね、もう決めなきゃいけない頃よねえ。ここは睦美ちゃんがスパッと決めてあげたらいいのに。睦美ちゃんの決断には何時も感心するもの」

「わたしが決めても良いも何か不都合な事が起きたらどうするのよ。あいつの事だから全部わたしが悪かったからなんて言いかねないわ」

「ふーん、中々難しいのね、大学決めるのって」

「ペーパーで入るのと違って相手の考えもあるし、こちら側の考えもあるから」

「で彼は将来何になりたいの?まさかテニスのプロを目指すんじゃないでしょうね」

「そうね、そこよね。彼は内心はプロになりたいのよ、決して口には出さないけどさ。でも、実力が・・・上に行けば行くほど自分の実力が分かって来るのよ、だから、今は大学で頑張って何かどこかのテニスコーチを見つけるか、体育の教師を目指すしか道はないと思う」

「ふーんそうね、夢はあってもみんながみんな叶う訳ではないのよねえ。むしろ敵わない夢の方が多いと言うべきだわ」

「ええっと、わたしこんなことで電話したんじゃないんだ。あのさ、その健太先輩が煩いのよ、あなたに電話しろって」

「え、健太君が煩いの、何がどうして煩いの?」あくまでもすっとぼけよう。

「あなたの踊りよ、一体いつの間にダンス覚えたのよう、バレー習っていたっけ?」

「うううん、何も習っていないわよ。バレー処か日舞もね。あそうそう、祖母が小学生の時、日舞を隣のおばさんに習ったことがあるらしいけど」

「で、では今度の踊りは一体どうしたのさ、そのプロ並みな踊りと言うのは」

「それは、体操の先生の鬼のようなお教えがあったからよ。それ以外何にもないわ」

「ふーんあの体操嫌いの真理がねえ」

「為せば成るって言うじゃない、只管鬼の教えに食らいついたのよ、これ本当」

こうして睦実ちゃんとの電話も終わった。

後はもういない、武志君はわたしの踊り所じゃないし、千鶴は卓球の猛練習中だ。

所がかかって来た、その猛練習中の千鶴ちゃんから。

「え、千鶴ちゃん?どうしたの、何かあったの?」

「ご、ご免なさい、わ、わたし脅かすつもりで電話したんじゃないの。あなたが又劇の中で素晴らしい踊りを披露したって噂を聞いてどうしても電話したくなったのよ。劇には踊りも必要だから、こっそりわたし達に内緒で何処かで習っていたのかなあと思って」

「まあ、千鶴ちゃん、わたし、ダンスなんて習っていないわよ。母が今も合気道の道場に通ってはいるけど、ダンスも踊りも全然よ、盆踊りさえ出来ないわ」

「まあ、で、でも凄いダンスだって評判よ。どこかで稽古してなくちゃあんなに踊れる訳がないって」

「いえ、わたしは只振付を担当した先生の言いつけ通りにやっただけよ、とても大変だったけどね」

「そう、そうだったの、教え方がお上手な先生だったのねえ、噂になるほどのダンスなんだもん」

「そうね、先生の教え方が旨かったのよ.それに釣られてわたしも踊ったの。所で千鶴ちゃん卓球の方は調子良く行ってるの?心配はしてるけど無暗に電話して稽古の邪魔をしたらと思って電話もしないけど、何時も心配してるのよ、何かあったら電話頂だい。いえ何もなくても話したくなったら電話してねわたしの携帯千鶴ちゃんには教えとくから」

こんな短い電話だったが嬉しかった。みんなが未来を見つめて生きている、しかもわたしを気にかけている。それが何より嬉しかった。

おや、待てよ、重要な人物が抜けているぞ、武志君は一体今どうしてるんだ?気にはなる、いやとっても気になる。

「ねえ、お母さん、武志君順調に言ってるかしら?何の音さたもないけれど大丈夫だよねえ」

「えっ、藤井さんも何にも言って言ってないから大丈夫なんじゃない。ただ、幾つも大学受けるからその受験料が大変らしいわよ」

「大学沢山受けるのねえ、そりゃ大変だ」

「どこでも良いからは入れたらもうけものだから何も言わないけど、将来あの子が稼ぐようになったら、がっぽり利子付けて返してもらうわっておばさん言ってる。でもおばさん自身も心配してて、顔色悪いわ」

「そう、おばさんの顔色も悪いのね、それは少し、いえ大いに心配だわ」

「うんそうね、でも今は部外者は何も言わずそっと祈る事しか出来ないわ」

この所殆ど彼の姿を見ていないし、おばさんの姿も拝めていない。まあわたし自身が稽古や勉強強化の所為で遅くなる事が多い為もあるが、たまにはちらっと見たいものよ。

いよいよ年末も近づき、全国大会の稽古も怠りない。特にわたしの場合一日でも稽古を休むと踊りのテンポも切れも笑くなるので油断は絶対に禁物だ。

「ねえ、島田さん、あなたの頑張りは嬉しいけど、学業は大丈夫なの?学力にもし差し支えあるなら、少し手抜きをして頂戴」

石川先生が尋ねる。

「ああ、そうですね。少しはあると思いますが、今はこれにかけます。ただこれが終わったら暫く演劇部休ませてください」

「そう、今はこれにかけるのね。そして・・そして演劇部,しばらく休むって・・いよいよ大学受験の準備に入るのかしら」

「わたしが居なくても演劇部には敦君、いえ谷口君がいます。彼は俳優として優れた才能を持っています。彼は今までわたしの陰に隠れて目立ちませんでしたが、わたしが抜けた後を立派に勤めて呉れるでしょう。きっと彼は光り輝く存在になります。それでもわたしが必要な事がありましたら、少しだけですがお手伝いいたします」

石川先生は寂しそうに微笑んだ。

「最初から決まっていた事なのよねえ。むしろ良くここまでやってくれたと感謝すべきなのかも」

「ハハ、まだ終わっていません、むしろこれからが本番です。最後の舞台と思って頑張ります」

「ありがとう、あなたの存在があってこの劇は燦然と輝くものとなったわ。桑畑先生もあんな短時間で完全以上にマスターしてしまうとは思わなかった、も少し程度を下げなきゃいけないって思っていた所をあなたが頑張るから、むしろ程度を上げてしまったわっておしゃっていましたもの」

「桑畑先生にもご指導ありがとうございましたと島田が感謝してたと伝えて下さい。本番、先生のご希望に沿うよう一生懸命踊りますって」

お正月が来た。お隣がピリピリしているのが伝わってくる。正月が明ければ直ぐに受験第一番目がもう始まるんだ。お守りもここマガタマ市から2か所、東京から3か所貰て来た。直接渡したかったけど呼び出す訳にも行かないので我が家に来たおばさんに渡す。

「まあ、沢山のお守り、ありがとう。でも真理ちゃんが直接渡した方が真理ちゃんも武志も嬉しいんじゃないの?ちょっと待ってて汚い恰好してるけど呼んで来るから」

おばさんは出て行った。暫くすると少し伸びた無精ひげで余計に顔色が悪く見える武志君が入って来た。

「おめでとう、風邪は引いてない?だったら大丈夫よ試験きっと大丈夫。これさ、あっちこっち行ってお守り貰って来たの。お守りなんて全然お呼びじゃないと思うけど、気は心、わたしの心だと思って持って行って頂だい」

「あ、ありがとう。お前も今度の劇、凄い評判らしいな」

「えっ、あなたがどうして知ってるの?」

「うん、後輩が話してくれたよ。全国大会にはいけないけど、後輩達が代わって応援するから頑張ってくれな」

「うんありがとう、あなたの心に波風立てちゃいけないと黙っていたけど、これは飛んだ所に穴が開いてたんだ。でもそんな事忘れてあなたは試験の事だけ考えてね、お願い」

「うんそうするよ、少しは見たい気もあるけどね」

「駄目駄目、絶対駄目なの、ダンスなんて後から見れるときに見れるんだから」

「劇じゃなくてダンスなの、それ?」

「ええっ、そ、そうね劇の中にダンスがあるのよ。それが少し評判で・・ああもう御仕舞、早く受験生は家に帰って勉強しなくちゃいけないの」

そこに我が母の言葉ありき。

「折角来たんだから、我が家のお節、少し食べて行く?」

武志君こくんと頷いた。

全国大会の当日になった。装備も大道具小道具が前よりグッと強化されている。他の高校も同じに違いない。今回は前評判が良かったためか見物人が去年よりずっと多くなっている。友人関係では武志君を除いて皆集まった。それ以外にも同級だった者、後輩達、バスケにつながる者。親戚からわたしの杉並の祖父母、父母。父は武志君の為にビデオを持ってきている。敦君の方も去年のようにご両親が見えている。多分篠原女史の御両親も見えてる事だろう。

その篠原女史がチラリと言葉を交わす。

「あなたのアドバイス効いたわよ。すっごく先生に褒められたわ。もっと早くやらなかったんだとね。自分は何にもアドバイスしなかったくせにさ」

「勿論わたしが口を挟んだなんて言わなかったでしょうね」

『うんうん、それは内緒よねえ、敵に塩を貰ったなんて言えないわよ。まあ今回のわたしの演技を見て頂だい、第一わたし自身が生き生きしてるしさ」

彼女は友人の手招きで行ってしまった。

次に我が応援団の場所へ。

「去年は声出しちゃ不味い所で声をかけたりしたけど、今年は大丈夫かな?」

「今年は声かけても拍手しても大丈夫よ、お涙頂だいの所は全くないから」

「でもさ、題の所に泣き叫ぶお米ってあるけど」

「それは題がそうなってるだけで中身はそうでもないのよ」

「俺は真理の評判の華麗なるダンスが見たいなあ」

「勿論だよ、華麗なるダンスもお芝居も観たいよ。でも藤井は試験で今年は見る事が出来なかったな。残念だろうな今まで一度も欠かした事なかったのに」

「父がビデオを持って来てるわ」

「そりゃ手際が良い、ダンスはみんなが居て一層引き立つもんだから」

「彼は何故わたしの劇が評判なのか知らなかったみたい。只劇が凄いとだけ聞いていたみたいだけど、わたしが思わず口を滑らしそうになってあわてちゃったわ」

「でも劇の噂は聞いていたんだ。ま後輩たちが居るからな」

「あいつらだな、武志の分も頑張って応援しろよ。去年みたいに変な所で拍手しちゃだめだからな」

それを聞いてぺろりと舌を出す後輩たち。

「じゃあわたし用があるからもう行くわね。応援よろしく」

次々各学校の劇が始まる昨日4校、今日4校の予定だ。昨日の中にも優れたものがあり、感心させられた。特に関西の大阪代表は万博を扱っても、地元と言う事もあり、皮肉とジョークにまみれながらも捕まえ所がしっかりしてて、やはり地元には敵わないと思わせる。今の所ここが優勝候補の一番手だ。

篠原女史の学校の番だ。心の中で応援を贈る。万博の人気館の見物人やそれを整備する係の人を題材にしたものと言えば簡単だが、見学する人々もユニークに捉えられているし、係の人々も篠原女史を初めとして中々興味深く演じられている。しかも今回は篠原女史が前回の味気ない演技をかなぐり捨てて激しい行動をすると言うから楽しみが出て来たと言うものだ・。

案の定、観客が大いに沸いている。

「篠原さん演技変わったね。今回の方が断然好いよ」敦君が囁いた。

「そうね、この間、やってる本人が悩んでいたもの。今回、もう一回やり直しが出来て良かったわ」

「もしかして真理ちゃんがヒントを与えたんじゃないの?」

「ハハハわたしが?敵に塩を贈るなんて事をねえ、さあどうかしら」

「僕は今回彼女前回と違って生き生きしてたから、きっと真理ちゃんから何かヒントをもらったんだと思っていたよ。そしてこの動き、これは真理ちゃんのアイデアだと僕は思うよ、人には言えないけど」

この前より大きな拍手が鳴り響いた。劇の大成功を物がったている。

「わたし達も彼らに負けないようにやりましょう」

わたしは敦君に声をかける。敦君大きく肯いた。

いよいよわたし達の番だ。緊張しているみんなの顔。

「何も緊張する事はないわ、少しぐらい間違えても、テンポが外れても平気平気、お隣がカバーしてくれるわ、気楽に気楽によ」

わたしがみんなに声をかける。みんなも頷く。音楽が鳴り響いた。さあ、我らが劇の始まり始まり。

一番最初は経済界の大物になった敦君らの登場だ。うん見える見えるとてもあの気の弱い敦君とは思えない、どっしりとした物腰、威張った素振り、もうそこには敦君はいない、居るのは経済界のボス然とした男だけだ。その彼らが歌い踊る。観客は静まり返る。彼らが舞台表面の左手に下がる。今度は打って変わって陽気で賑やかに民衆一般組が右手よりスキップしながら登場。スキップもとても綺麗に揃っている。万博歓迎の歌をおおらかに合唱。ここもとても良い。次に民衆の歓迎の踊り。彼らが舞台後方の所に下がった。わたしの出番だ。ピアノの音が一段と大きくなった。わーと歓声が上がる。拍手が成る。「待ってました」と声援も聞こえる。

この日の為に、これを最後の舞台にするために必死で稽古して来た踊りと歌。

「素晴らしいー」と声が上がる、拍手も成る。歌が終わればダンス。踊りに踊った。誰にも文句は言わせないと優雅に美しく、万博に愛をこめて踊る。

わたしの踊りが終わると、後ろに控えていた経済界の人達も一般民衆の人々もわたしを真ん中にし、もう一度万博へのエールを送る。だが、わたしの踊りへの賛辞が凄く、わたし達の万博への思いが中々通じないのが少し残念。

次は両親と娘の会話のシーンだが、熱気が凄くて少し時間を置かざるを得ない。その少しの幕間ににダンス用のスカートからスラックスへとはきかえる。ここは両親と娘の会話で言い争いもあるけれど、本来静かな話し合いのシーンだ。でもわたしが芝居をしていると盛んに掛け声を上げる。

「いよっ、真理ちゃん日本一」

「最高のダンスだったよ」

「もっと踊って!」

それを無視して親子の会話が続き話題はお米に移動して行く。わたしの絶望の溜息で2幕目は閉じる。

次はスポーツ少年、少女達。ここが自分達の一番の見せ場、短い出番に全てをかけて炎を燃やす。時に滑稽に笑いを誘い、あるものはこの上もなく恰好良く、はたまた個人プレーから組になって演技するもの人様々だ。彼らのファンから掛け声や拍手が鳴り響く。

それが終わると北山さんの登場。舞台に上がる前に彼女はわたしに抱きしめて欲しいと言う。

「大丈夫よ、何も心配する事はないわ。何時もの通り、いえ、ナレーターをやってる時の気持ちで頑張って」彼女を抱きしめながら呟いた。

12人の子供に囲まれた北山さん。とても優しそうに見える。相変わらずの美声が役を引き立てる。

7人の子とその両親。両親はこれも3年生が演じているが中々息が合ってる。

ドドッと笑いが上がった。お米君の登場だ。顔も真っ白に塗って良く見ても言われていない者には全然分からない。勿論我が親派には断ってある。彼の踊りも歌も軽妙で洒脱、実に素晴らしい。そこを分かる人間がこの見物人の中に何人いるのだろう。

でも大丈夫、彼にはそんな事は関係ないのだ、只只管お米になって歌い踊る、それでこその敦君なのだ。きっと彼を見ている人がいる、彼こそ真の役者になれる人物だと心の底から思っている人がいるに違いない。又わたしの出番。もうダンス用の服に着替えているからご心配無用。

お米とわたしの万博娘がペアーで歌い踊る。会場から手拍子が聞こえる。

舞台の後ろに下がっていた皆が出て来て、わたし達と一緒になりお米の値下がりと万博の成功を祈りつつ最終の幕となった。

割れんばかりの拍手と歓声。終わった、わたしの最後の舞台。ありがとうみんな、わたしの芝居を、わたしの劇を見てくれて。もう一度ありがとう、感謝いたします心より。

勿論、最優勝校選ばれたのは我が今中高校だった。林田先生の嬉しそうな顔。去年よりもずーとずーと

嬉しそうに見えた。

その日は見に来てくれた人達にお礼の言葉を述べ、祖父母と両親と一笑に食事に行く事になっていたので心残りではあったけど、丁重にお別れを告げた。でも篠原女史が彼らと行動を共にするらしい。

勿論敦君も御両親と夕食を一緒にするらしい。うーん、どうもこのファンの集いは篠原女史の独り勝ちのようだ。

その後2,3日は受賞のお祝いと踊りが本当に素晴らしかった、あんなにダンスが旨いなんて思いもしなかったとか言う電話が続いた。

でも私の関心事はお隣の武志君の受験の進み具合だ。ばっちゃんに送ってもらった頭の冴えわたる薬を差し入れたり、試験の時落ち着いて受けられる薬とかも贈った。わたしがドキドキしてどうなるもんではないけれど、何故か自分の事以上に落ち着かないし溜息が出る。ああ、代わって受けてあげたい、なんて不埒な考えも起こる。本人の頑張りが効いたのか、2月に入って一か所私立大学に引っ掛かったらしい。藤井家と我が家に歓声が響く。ちょっと田舎の方にはなるが、一応東京にある大学だ。しかし、も少し本人が有名校に行きたいと言う希望もあって他の大学も一応j受験するらしい。

だが入学金の払い込みが迫っているから、例え試験にパスしても只結果を知るだけと言う事になる。

「でも国立に入れたら、勿体ないけど私立は捨てて国立に進ませるわ。長い目で見たらやはり国立の方がお金かからないと思うわ」

おばさんの頭の算盤で弾き出した計算ではかかる費用が天と地の違いがあって入学金処の騒ぎではないとの事。

「無理無理、とても無理だよ、受かりっこないよ。でも一応受ける事は受けるけどね」

「だけど試験問題があなたの得意な分野だったり、何か調子が良くてホイホイ出来たりして受かっちやうなんて事があるかも知れないわ。そこはプラス思考に考えましょうよ」わたしは彼に発破をかける。

「へへ、反対に全然知らない問題が出たり、解けない問題が出るかも知れないぜ」

「受験にそんなマイナス思考は厳禁よ。どんな時も良い方に考えなくちゃ、プラス思考あるのみ」

マイナス思考に陥りやすい彼を奮い立たせ何とかプラス思考の受験生に仕立て直し、もう受かりっこないと諦めモードの受験生を今一度机に向かわせる。

お守りはもう貰ってあるから、今度は今度は受かりますようにと神頼みの合格祈願の神社参りを入り年に行う。

で、彼は一体何処の医系を受けるのだ?そう彼は同じ関東でもずっと離れた群馬の医学部を受けるのだ。もし受かったとしたら、この長い年月幼馴染であった彼と離れ離れにならなければいけないのだ。それでも彼に合格してもらいたい、どうしても。何故か分からないけど、何故かその方が良いような気がするだけだ。

2月の末、彼は初めて家を出て群馬に旅立った。玄関の前に彼の両親と何故か我が両親、それに私が見送りに立つ。が、わたしはイザナギ駅まで見送りに行った。そこには敦君も健太、沢口君の男性陣と美香ちゃん千鶴ちゃん睦美ちゃんそれに篠原女史もわたしの電話に呼び出され見送りに参加した。

「うへっこんな見送り初めてだよ、落ちたら恥ずかしいな」武志君がきまり悪そうに述べた。

「駄目駄目、絶対に受かると胸を張って行かなくちゃあね」わたしが咎める。

「そうそう、絶対に通って見せるとここはみんなに約束して行かなくちゃ駄目だよ」

「うん、俺達の中から国立出て医者になるなんてよ,夢みたいだよ」健太も励ます。

健太は1月に入る大学を決めている。

「わたし、お昼のお弁当作って来たの、良かったら食べてね」美香が恥ずかしそうに弁当の入ったパックを手渡した。

「わたしはお守り、真理ちゃんから沢山貰ったと思うけど、これも貰ってね」

千鶴ちゃんが小さな紙袋をわたした。

「ぼ、僕は何にも渡すものがないけど、でも、でもさ真理ちゃんのこの間の踊りを見てて感じたんだ、人は必死になれば何でも出来るって。だから、武志君も絶対に出来るよ、僕信じてるよ」

敦君の言葉にみんなが頷く。

「ありがとうみんな、元気出て来たよ。兎も角頑張って見る、それしかないね」

彼は群馬に向かって旅立って行った。

「さあ俺達はこれからどっか喫茶店に入って少し喋って行こうか?」

「賛成ー」

話は簡単にまとまって駅にある喫茶店にみんなで押し掛けた。武志君の当落は神様に任せて。

三月になった。もう春になったよ、猫のチャトラーも背伸びをして冬の間に縮こまった体のストレッチに余念がない。学校では3年生の卒業式が行われた。送辞を読めと言われたので当たり障りのない事を述べて良しとする。

「来年は島田さんが卒業するのね、あなたの入学でこの学校も変わったわ。勿論演劇部もね。きっと来年の卒業式はあなたの晴れ姿を見たい人が沢山いると思う」と石川先生がわたしを見つけて囁いた。

「あ、石川先生、御無沙汰してます。あの後もみんな元気一杯やってるようで安心しました」

「ええありがとう。谷口君が中心になってやってくれてるんだけど、あなたが言う通り彼はみんなの心を掴むのも芸を教えるのも上手で頼りがいがあるわ」

「彼はもっともっと頼りになって行くとわたしは思います」

「あ、そうそうこの間の劇を見てね、幾つかのプロの劇団から問い合わせが来てるのよ。あなたは駄目だろうと思って断っているんだけど、もし良かったらあなた、谷口君連れて売り込みに行ったら?あなたの顔と名前で劇団も断れないと思うの、あなたを欲しくて仕方ないんだから」

「えっ劇団ですか?私は行けないけど谷口君ならきっと喜ぶわ。わたし彼に話してみます」

その帰り敦君を捕まえた。この所学校塾が終わり、彼は演劇部に行き私は先生の再指導を受けるかそのまま帰るかのどちらかだったので、一緒に帰る事は殆どなかったのだ。

「ねえ、敦君あなたに話があるの、大事な」

「えっ僕に。一体何の話なの?」

「まあ詳しくは帰りの電車の中で話すわ。だから今日は一緒に帰りましょう」

「うん良いよ。今日は演劇部も何にもないから一緒に帰ろう」敦君の嬉しそうな顔。

「えっそんな話があるの。うんみんなあの劇見て真理ちゃんを劇団に欲しいと思うだろうな。僕が劇団のスカウトだったら絶対に欲しいと思うよ」

「でもわたしは絶対に行かないの。で石川先生とも話したんだけど、あなたを良い劇団があったら、そこにあなたを推挙したいと言う事になって」

「ええっぼ、僕を、僕を推挙したいだって」

「そう、あなたこそ劇団がもろ手を挙げて迎え入れなきゃいけない人物だわ、わたしの踊りに幻惑されあなたを見落としたの。春休みにその劇団を幾つか一緒に見て回りましょうよ、わたしと一緒に」

「ぼ、僕が周るの、君と一緒に」

「そう、まあここにその劇団の名前が書いてあるわ。ご両親と良く相談して選んで頂だい。それにいやだったら断って好いんだから」

彼の顔は上気していた。いきなり飛び込んで来た劇団の話だもの、それを決めろと言われてもそんなに決められる訳がない。

「大丈夫よ、時間はたっぷりあるわ。それに断って好いんだから」

「で、でも僕、劇団に入りたいと思っているんだもん」

「そう、じゃあご両親と先生達に良く相談して決める事ね。売り込みはこの真理にお任せあれ」

翌日にこやかな敦君の顔があった。電車に乗り込む。何時ものようにぎっしり満員、ありがとうございますと言う所。

「お父さんとお母さんの反応はどうだった?」

「まあ何も向こうが言って来た訳じゃないし、と言って嬉しくない訳でもない。でも親父が君を欲しがってる劇団の会社を調べてみるとか言ってる。でもさあ向こうが来て欲しいのは真理ちゃんの方だし、僕には何の興味も示していないんだよ。それなのにさ良いのかな、君を出しに使って僕を売り込むのって」

「良いじゃないの、チャンスの神様前髪掴めって言うもの。人のチャンスだって必死で掴めば掴んだものが勝ちなのよ」

「良く分からないけど真理ちゃんが言うんだからそうなんだろう」

それから2日後、武志君の運命の日がやって来た。金曜日だったので「今日はどうしても抜けられない用事がありますので」と断ってから飛んで帰った。

「どうだった?」ドアを開けるなり大きな声で叫んだ。

「ニャー」と鳴いて出迎えたのはチャトラーだけだった。

「お母さんはいないの?」チャトラーに尋ねる。

「ニャ、ニャー」困った顔をしてチャトラーはわたしの足に頭をこすりつける。

荷物を置いてチャトラーを抱く。

「お隣かしら?どちらにしてもそうは簡単には帰れないもんね。うーん、わたしも行くか、チャトラー連れて」私はチャトラーを抱いて立ち上がる。

隣のチャイムを鳴らす。「はい」と武志君の声。

「わたしよ、真理とチャトラーの二人連れよ」

「分かった、直ぐ開けるよ」ドアが開き武志君が顔を覗かせた。

わたしは先ず武志君の顔を見た。相も変らぬ無精ひげの伸びたさえない顔だ。

「ねえ、どうだった?入学金は無駄になったの、それとも払い込んでて良かったの、どっち?」

「うん、まあそうだなあ」彼が答え様とする時奥から声がかかる。

「なあに、立ち話してないで中に入ったら」母の声だ。

「やっぱりここだったのね、チャトラーに聞いてもニャーと鳴くだけ。仕方ないので一緒に来たのよ」

中に入る。キッチンテーブルには藤井夫人と我が母が座ってコーヒーを飲んでる。

「今日は随分早かったのね、何かあったの?」

「何があったって、我が家、じゃないここの藤井家にあるんじゃないの。それを知りたくて先生達に謝って早く帰って来たんじゃないの」

「あらま、藤井家の為に帰って来てくれたの、嬉しいわ。たとえそれが入学金がパーになるか、無駄にならず良かったとかの話でも、兎に角嬉しいわ」

「入学金がパーになったの、それとも払い込んでて良かったの?」

「どちらだと思う、真理ちゃん?」

「ええっ分からないわよ、さっき武志君が答えそうになった時、お母さんが声かけるから聞きそびれちゃって」

「そう、ごめんなさい。何時まで経っても上がらないから声かけたのよ」

「で、そんな事より早く結果を教えてよ。みんなだって知りたがってるはずよ」

「では発表いたします。でもここは藤井家を代表して・・藤井夫人から行く、それとも武志君から?」

「本人より、おばさんの方が良いんじゃないの?」

「そう、それならわたしから。えー皆さんには大変ご心配とかけました我が息子藤井武志はこの度無事に群馬医科大学の試験にパス致しました」

「えーっ、本当に本当にパスしたのね。良かったー本当に良かったわ、今までの苦労が報われたのね」

「これも一重に真理ちゃんのお陰だわ。武志はもうとっくに諦めていたし、と言うかわたし達親も諦めていたのよ。それが真理ちゃんの激励の声に目が覚めたようになって試験に向かったのよ。ほんとよほんと、真理ちゃんの言葉の後と前ではまるで別人みたいになって。ありがとう真理ちゃん、全てあなたのお陰よ」

「おばさん、それは違うわ、必死に頑張ったのは只一人藤井武志君なんだから」

一頻りお祝いの言葉を述べて兎も角仲間に報告しなければと、又チャトラーと今度は武志君も引き連れてわたしは我が家へ戻った。先ずは美香ちゃんへ報告。

「あ美香ちゃん、武志君無事群馬の大学受かったの。本当よこんなことで嘘つかないわよ。彼さ、傍にいるから話聞く?」

嫌がる彼を急き立てて電話を渡す。

「うーん、お蔭さんで試験通ったので、兎も角ありがとさん。こんな所かな」

そう言うと慌てた調子で受話器をわたしに戻す。

「も少しゆっくり話せばいいのに」とわたしはお冠。

「男ってそんな所ヨ、恥ずかしかりやなのね自分の事となると」

「そうかもね、じゃ春休みになったらお祝いとお別れ会を兼ねてみんなで集まろう」

千鶴ちゃんや睦美ちゃん、篠原女史、ついでに敦君もこんな調子で終わったが、こと健太と沢口君に関しては、堰を切ったようにぺちゃくちゃ喋りまくった。まあ長い事話してなかったから無理もないが。

「沢口、アメリカに行くんだって話だけどな、健太は後4年大学で頑張って様子見るとか言ってる。彼は一体どうなるんだろう、少し心配だな」

「大丈夫よ、睦実が付いてるもの。彼女が付いてる限り彼は真っすぐな道を歩いて行くわ」

「うん、俺にも真理と言う立派な相談相手がいるようにな」

「ちょっと睦美ちゃんの場合と違うけど、ま今日はめでたい日だから大目に見て良いと言う事にしよう」

二人は心から久しぶりに笑いあった。

しかし沢口君との話の結果、彼はもう直ぐ渡米するらしい。仕方がないので明後日の日曜日にこの先の喫茶店に集まる事となった。昔中学卒業の時紅茶で祝福してくれた喫茶店だ。

時間は午後の一時からと言う事で決まり。

「あの時の紅茶は美味しかったなあ」当時を思い出してわたしは呟いた。

「へー、そんなに美味しかったのか。俺も今飲みたくなったよ」武志君が言う。

「飲みたい?」

「うん飲みたい」

「じゃあ今日はお祝いにわたしが武志君に紅茶をおごろう」

「え?真理におごられるのなんて悪すぎるよ」

「じゃ、武志君はわたしにケーキ、チーズケーキおごって」

「でも俺財布持って来てないもん」

「うーんそうか、でも紅茶だけではおじさんに悪いから、ケーキもわたしがおごっちゃうね」

「じゃあ増々悪いよ、真理に散財させる事になる。何か埋め合わせをしなくては」

「そんな事は後で良いよ、今はそのお店に行って紅茶を飲みましょ」

「うん、そうしよう、そうしよう」

二人は隣に電話をしてから出かけた。外は今日も結構暖かくてコートがなくても平気だった。

「桜はまだ咲かないけど白木蓮が咲き始めていて綺麗ね」

「うん、桜はまだか。でも毎年少しずつ咲くのが早くなって行くなあ。俺達さあみんなバラバラになって行くんだね、昔は考えもしなかったけどさ」

「一番考えられなかったのは武志君よ、あなたが医学部を目指すなんて本当に考えられなかったわ」

「そうか、そうなんだ。でも敦だって昔々は人の前でどもって話す事も出来なかったんだぜ、それが今では歌ったり踊ったりしてお芝居をするんだぜ。あっちの方がもっと信じられないよ」

喫茶店に着いた。二人は仲良く入り仲良く窓際の席に腰掛けた。店主のおじさんがにこやかに笑った。 

      続く お楽しみに














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