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ハイブリッド  作者: 保波しん
一章
8/12

8 ルール決め

 久しぶりに流した涙がようやく止まり、真田はリビングに躍り出る。

 あれから閑散としていたリビングは、堕地の荷物で少しばかり賑やかになっている。スーツケースとカジュアルなバッグぐらいだが、荷物のにの字もなかった真田にとって、久しぶりの経験だった。

 真田はまたもや涙腺から涙を溢れさせそうになる。

「ちょっと、何? また泣こうとしてるよね」

「……ごめん、ちょっとね」

「それ気持ち悪いからやめて。気持ち悪いから」

 ――二度言わなくてもよくない?

「ごめんごめん、もうやめるから」

 真田は泣いているところを見せてしまったことよりも、自分が久しぶりに泣けたことを嬉しく思っていた。

 記憶を取り戻してから、鈍っていた感情が鋭くなった気がしている。

「……夕食、作ったから。好きに食べて。終わったら話あるから」

「あぁうん、ありがとう」

 そう言うと、ソファーの上に座り、そこからテレビを見始めた。

 対して真田はテーブルの上に置かれた料理に目を向ける。

 焼き魚に味噌汁、ポテトサラダ。どちらかと言うと和食寄りだ。自分の好みに即していることに真田は微かに喜ぶ。そして丁寧にラップまで描けてある。

 ――俺がいつ帰ってもいいように、考えてくれたのか?

 もちろん、見かけではそう思えない。現に、しかめっ面のまま、テレビのバラエティ番組を見ている。

 笑いどころでも、黒条は表情一つ変えない。

 ――番組変えた方がよくないか。

「何?」

「あ、いや、何でも」

 思ったっことは口にせず、真田は用意された夕飯を口に詰め込んだ。

 ――仲良くしていける気はしないけど、誰もいないよりかはいいな。

 そう考えて、真田は微かに口角を持ち上げた。

 食事を済ませ、食器を片付けた真田は黒条に話しかけようとする。

「食べ終わったね。じゃあ、話するから」

 一応こちらへ意識は向けていたのか、視界に入る前に黒条が先に言ってきた。

「えっと、場所は……」

「そこ座って」

「あ、はい」

 ご飯を食べるときにいつも使う席を指定され、真田は為す術もなく座る。一度共闘したとはいえ、真田は黒条のことが苦手だった。

「この家でのルールを決めましょう」

「……ルール?」

「それはそうでしょ。共同生活なんだからルールは必要。そんなのもわかんないの?」

「そ……そうだよね」

 相変わらず毒舌な黒条。

「まずは家事分担から。真田は何やりたい?」

「え、俺の要望から?」

「もちろん私がやりたいのだったら却下だけど」

「そ、そうなんだ」

 ――やっぱりちょっと苦手だ、この人。

 真田は少し考えた後、口を開いた。

「掃除は俺にやらせてほしい。使ってない部屋とか掃除するとき、黒条だと困るだろうから」

「……それはそうね。じゃあ掃除はあなたに任せる。他は?」

「……特に。好きなの任せてくれていいよ、もともと全部俺がやってたんだし」

「なんか腹立つんだけど」

「え? あ、ごめんなさい」

 ――気取ってただろうか。

 理由はわからないが、黒条の逆鱗に触れてしまったことに反省する真田。

「洗濯は私がやるから。理由は言わなくてもわかるよね」

 少し考えた後、真田は首を縦に振った。

「料理は交代でいかない?たまには自分でやらないと、腕鈍っちゃいそうだし」

「鈍る? シェフでも目指してんの?」

「いや、違うよ」

「はぁ……まぁいいわ。じゃあ、これで家事分担は終わりね。次は私の部屋のこと」 

 それまで前傾姿勢を取っていた黒条は、上体を後ろに持って行って背を椅子にもたれさせた。

「あぁ、それなら二階に上がって右奥の部屋を使ってほしい。誰も使ってなかった部屋だから。ちゃんと手入れもしてあるから、好きに使って」

「わかったわ」

 息を吐くようにそう返事をした黒条。

 話が終わりを悟った真田は離席しようとするが、黒条がそれを呼び止める。

「まだもう一つ。大事なルールを伝えるわ」

 座り直す真田。無表情のまま、黒条がそれを口に出すのを待つ。

「お互いに不要な接触はしないこと。もちろん狩人関係の事とか、トラブルが発生したときとか、必要な時は話し合うけど、それ以外は基本的に関わらないようにする。わかった?」

 真田はそれをすべて聞き取った後、一度口を開け、何かを言おうとしたところで、口を結む。

 そして、別の言葉を探して、再度口を開けた。

「なんで?」

 少し間を置いて、黒条は目を更にきつく細める。

「あんたと馴れ合う気はないから。それだけ、じゃあ」

 そう口にした黒条の瞳の奥に、一瞬暗闇が見えた。

「……」

 それだけ言って、黒条は自分の荷物を持って、二階への階段を上がっていく。その足取りはとても早く、遠回しについてこないでと言っているようだ。

「そう……だよな。好きで同じ家に住んでるわけじゃない」

 納得しつつも、同居人として少しは仲良くしたいと思っている真田。

 それから、真田はシャワーを浴びて諸々の日課を済ませた。明日は土曜だから早く寝る必要はないが、治癒能力が高いとはいえ疲労は溜まる。早めに寝るに越したことはないのだ。

 時刻は二十三時。真っ暗な部屋の中、真田はベッドの上で天井を見ていた。

 ――時々物音はするけど、ほとんど生活音はしない。家じゃうるさいイメージだけど、俺に気を遣ってくれてんのかな。

 ――母さん、永李。絶対見つけてやるから。

 ――父さん……俺、父さんの分も頑張るよ。

 ――明日から、頑張って戦おう。

 色んなことを考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。

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