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ハイブリッド  作者: 保波しん
序章
7/12

7 本懐

 体に少しずつ意識が戻る。

 ゆっくりと目を開けていくと、視界が下から上にかけて鮮明になっていった。

 まず目についたのは、窓の外にある真っ黒な景色と、そこから差し込んでくる月光だ。

 真田は体が何かに覆われている感覚がする。薄い何かだ。首を上げ下を見ると、シーツ一枚で自分は覆われている。

 時刻を確認しようとそのまま上体を持ち上げる。現在の時刻は六時手前というころだ。

 窓の外の様子から見て、場所は学校ではないと真田は推測する。

「起きたね」

 横にある丸形の椅子に座り、柔和な笑みを浮かべている人物から優しく声がかかる。

 左半分が白、右半分が黒と、非常に珍しい髪色をした人だ。目も特徴的で、それぞれの色が髪と対角線上で同じ色をしている。

「……誰ですか?」

「僕は志波かいり。わけあって、ここの高校に勤務させてもらっている。真田心くん、君のことは昔から知っているよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

 差し出された手に真田は応じ、握手を成立させる。見た目では分かりづらいが、かなりがっちりした手をしているようだ。着やせするタイプだろうと真田は推察した。

 ふと、周囲を見渡してみるが、志波以外に人はいないようだ。

「ケガは大丈夫かい? 黒条くんからかなりのケガを負っていると聞いたけど」

「大丈夫です。昔から傷の治りは早くて。吸う風のうちには出血が止まるんです」

「早い……っていうだけじゃ済まされない速さだね。なんかのアビリティかな?」

「アビリティ、黒条もなんか言ってましたけど、それどういう意味なんですか?」

「超越した人間……言うなれば超人が手にする能力のことだよ。能力と書いてアビリティ。一般名詞の能力と区別するためにそう呼ばれている。例えば黒条くんだと、光の矢を作り出すことだね」

「……アビリティではないと思います」

「アビリティじゃない……なら生来のものかな? それにしても異常な回復力だね。本当になんともないのかい?」

「はい。この通り傷跡はありますが問題ないです」

 服をめくって見せると、志波は顎に手を当ててまじまじとその傷跡を凝視する。彼の言う通り、傷は完全に塞がっておりそれどころか傷跡も消え始めている。志波は唸り声を上げたり、よく聞こえないかすかな声を上げている。

 それが終わると、「そっか、それならよかった」と言い、本題に入っていく。

「まずはありがとう、テラスを倒してくれて。君の活躍がなければ、もしかしたら黒条くんを失っていたかもしれない。あの個体は想像よりもだいぶ強力だったみたいだ」

ところで、と志波は話題を変える。

「対魔特殊機関……通称エネジェクトを知っているかい?」

「通称のほうならわかります。よく、クラスメイトから耳にするので。その機関がどうかしたんですか」

「君に限らず皆わかっていることだと思うが、そこ所属する狩人という構成員がテラスと戦い、今は何とか食い止めている。僕はそこから丹生高校に在籍する狩人たちを育成するように命じられて派遣されたんだ」

「派遣されてきた……でも、会ったことないですよね」

「授業とか受け持ってないからかな。日中は学外の担当地区でパトロール、もしくは要請に応じてテラスを狩りに行っていて、放課後は丹生高校の狩人たちの育成やテラス退治に向かっている。街中とかじゃない限りそうそう会わないんだよね、高校の生徒とは」

「……ほかの狩人というのは?」

「今は黒条くんも含めて八人。そのうち一人はバディを組まず一人で活動している。すごく強いんだけど、協調性に少し難ありといったところだよ」

「唯我独尊というやつですか。でも、なんでその話を?」

「君に加入してもらうためだよ。エネジェクトにね」

「……入ってもいいんですか?」

「うん。もちろんだよ。覚醒できる人間……超人とでも言おうか、その数自体がとても少ないんだ。そのせいか常に人手不足なんだよ。それに、君には才能がある。なんせ、個体値の高いテラスを、黒条くんと一緒とはいえ、倒してしまったんだからね。君はぜひ狩人になってもらいたい」

「……狩人って」

「狩人は超人化を経て更にエネジェクトに所属する人たちのことを言う。エネジェクトに所属しないと基本的には狼とみなされる。ちなみにだけど、僕たちはテラスだけじゃなくて狼たちとも戦わなくちゃいけないんだ」

「……人、ですか」

 一瞬、脳裏に先輩の顔がよぎる。狼という単語と、先輩がなぜか発した狩人という単語。

 嫌な予感がして、頭を被る。そんなわけがないと、無理やり頭の中から追い出した。

 真田は別に質問を志波にぶつける。

「その、狼の相手っていうのは――――」

「もちろん基本は拘束を目指すよ。だが、罪には問われないようになっている。

 それでこちらの誰かが殺されたらたまったもんじゃないからね。実際それで何人も殺されてきた。さっきも言ったけど、本当に人手が足りないんだ」

「……そうですか」

 理屈としてはわかるが、心では納得しきれない。いざというときは殺さなくてはいけない、つまり自らの手で、誰かを死に追いやる必要があるのだ。

 だが、真田の決意は揺るがない。その狼も平和を乱す立派なテラスと言えるだろう。同じ種類の敵を相手にするというだけのことだ。

「俺、エネジェクトに入ります。いや、入らせて下さい」

「一応、動機も聞かせてもらえるかな?」

 言うか迷ったが、これから一蓮托生の関係を築いていく人に隠し事はすべきではない。

 真田は重い口をゆっくりと開いた。

「平和な世界を作りたいんです。テラスのせいで、いろんな人が死んでます。田淵だってそうです、俺の父さんだってそうです。そして、それに悲しむ人たちも出てほしくない……それと」

「探します。いなくなった母さんと妹を」

 柔らかな笑みを一度解いて、驚いた顔をする。そして少しだけ悲しそうな顔をした。

「そうかい。一応、今も探しているところなんだけどね。見つかっていないんだ」

「知ってるんですか」

「うん、三年前だよね。実を言えば僕はその場に駆け付けたことがあったんだ。だから君のことを知っていた。なんか悪いね」

 そういえば、と思い出す。あの時は気が動転していてわからなかったが、確かに髪色が特徴的な男の人がいたような気がすると。優しい声にもどこか懐かしさを感じる。

 ――大丈夫、なわけないか……あれって、もしかして。

 言葉と共に声がフラッシュバックする。真田はその声の主が志波と同じであることに気付き、ハッとした。

「どうかしたかい?」

 こちらを心配そうに見る志波。真田は頭を左右に振った。

「いえ。それともう一つ理由があります」

「なんだい?」

「あの事件の真相を調べたいからです」

「あの事件……君の家にテラスが出た事件だね」

「そうです。もともとあの事件に関する記憶は曖昧だったりしたんですけど、さっき全部思い出した時、人が窓の外にいたのを知ったんです」

「人が窓の外……人為的な物かもしれない、ってことかな」

「そうです。俺はその犯人を捜します」

「なるほど、そうだね。それはぜひ、うちで優先的に対処するとしようか」

「ありがとうございます」

 素直な感謝の気持ちを述べた後、周囲を今一度見渡す。

「そういえば、ここは?」

「エネジェクト管轄下の、最先端医療を備えた病院だね。一般人もここの病院は利用できるけど、優先度は低く設定されているんだ」

「そうなんですか」

 よくわからない場所にいるわけではないとわかり、ほっと一息吐いた。

「一応、簡単な説明をしておこうか」

 志波が懐から取り出した紙。ベッド上にある机に差し出されたそれを真田は見る。『加入契約書』と書かれていた。下には署名ようの空欄と、契約内容が書かれている。

「君これからあの丹生高校で、表面的には部活という形で活動してもらうことになる。

 まず、基本的には正体を隠すようにしてね。バレたら大騒ぎになるだろうから。一部には意図的に公表しているところもあるみたいだけど、それは沖縄を一人で守ってくれている人くらいしか位しかいないから例外だね」

「一人で沖縄を守ってるって……すごい人がいるもんですね」

 横に置かれたペンで署名しながら言い返した。

 署名を終わらせ、誓約書の紙を志波に渡す。志波は何回か頷いた後、小さく感謝を述べて、その紙をカバンにしまう。

「じゃあ最後のもう一つ。エネジェクトはバディという仕組みを採用しているんだ」

「確か、さっきも言っていましたね」

 聞きなれない単語だが、誰かと組むような感じなのだと予想する。そしてそれはほとんど的中していた。

「うん、バディは年々死亡率の上がっている狩人を案じて設けられたものなんだ。一部例外はあるけど、基本的に対象は高校生全般と戦闘経験の浅い者のみ。バディ同士は常日頃から行動を共にしてもらうことになる」

「……常日頃っていうのは?」

「基本的には学校にいるときと、どこか外に行くときだね」

「なるほど。ということは、一緒に住むことになるんですね」

「そうなるね。君の場合はあそこの家から動きたくないだろうから、黒条くんが引っ越すことになるかな」

 バディの話が出たあたりから何となく予感はしていた。だが、実際に口に出されると全身が硬直するくらい真田は困惑した。

「……え、ちょっと待ってください。なんで黒条?」

「バディが不在だからね。少し前までいたんだけど、ある時からいなくなっちゃってね。本当は一週間後くらいにほかの学校から転校してもらって……と考えていたけど、その必要はなくなったみたいだ」

「え、ちょっと、ちょっと待ってください。本当に黒条とバディを組むんですか?」

「うん。実をいうと、僕は君が入ると確信していたんだ。だからもう手続きは済ませてある。今頃、君の家で晩御飯でも作ってるんじゃないかな?」

「は? え?」

 バディを組むだけでなく、同居。急展開に追いつけない真田は、思わずそう反応した。

 ――黒条と、同居?

 生存率を高めるため、バディを組む必要がある。その理屈はわかる。

 だが、自分の心がそれを処理できていない。

「まぁ、今日はもう帰った方がいいね。あれだけのダメージを受けたんだから暫くの間は入院させようとも思ったけど、傷もすでに完治してるらしいし」

「……わかりました」

 少ししてからそう返事した真田。志波は「じゃあ、またね」と言って病室から出る。

 考え込んだ末、何とか、黒条と一緒に住むということに納得した。

 信じがたいことだが、今後は嫌でもそうしていくしかない。そう飲み込んで、真田は帰宅の準備を始めた。



 *


「あ……カバン忘れた。まぁいいか、明日でも」

 真田は帰宅中、自分のカバンを学校に忘れることに気付いたが、流石にもう遅いということで辞めておいた。

「……黒条か」

 今一度考えてみるが、やはり頭が追いつかない展開だった。

 テラスと戦うことは覚悟していたけど、黒条と同居するなどと誰が考えつくか、と真田は嘆く。

 だが、それでもやっぱり受け入れるしかない。

 真田はあの日以来、家に誰かを入れるのを非常に嫌がっていた。それまでは堕地や皮島を家に招き入れて遊んだりしていたが、あの日以来あの二人であろうと家に入れることはしなかった。

 今までの真田であれば、嫌悪感を示していただろう。だが、今の真田は不思議と悪い感じはしなかった。

 ふと、自分の体が軽い高揚感に包まれているのが分かる。

 ――そうか。

 真田はテラスと再び戦ったことで、自分が変わったことを自覚した。

 やがて、家の前に着く。中から物音は聞こえてこないが、志波の言うことが正しければちゃんと家の中に入るのだろう。

 ――あれ、そういえば鍵ないのにどうやって入ったんだろ?

 考えられる可能性は二つ。一つは真田のカバンを持ち帰って、その中にある鍵で開けた。もう一つは……何かしらの方法で無理矢理入った。

 ただ、窓が割れたとかそういう気配はないから、多分後者だ。

 まぁなんでもいいか、と真田は玄関に手を伸ばす。

 が、鍵は閉まっていた。開けてもらうため、少し後ろに下がって家のインターホンを鳴らす。

 ――リビングに居れば、気付くはずだけど。

 そんな邪推をしてるうちに、遠くから開錠音が聞こえてくる。

 真田は近づきドアノブに手をかける。

 その後、それを引いて瞬きをした。

 その瞬間、真田は言い表せようのない感情に包まれる。

「…………」

 自分で開けない玄関。

 そこに点いた明かり。

 そして、自分を出迎えてくれる人。

 あれ以来、自分の帰りを待ってくれる人はいなかった。

「何? ジロジロ見て」

 それが、黒条だからなのかはわからない。もしかしたら、人なら誰でもよかったのかもしれない。

「……は? 何で?」

 それでも、真田は泣いていた。

 目の前にいる黒条の姿を見て、もっと泣いた。

 一度溢れ出した涙は止まらない。

 真田は自分が久しぶりに涙を流したことに気付いた。

「え、ちょっと何……キモいんだけど」

 相変わらず毒舌な黒条。真田はそれをどこかありがたく感じている。

 ――あぁ、そうか。

 真田は今まで自分が言いたかったことに気付き、それを黒条に伝える。

「ただいま!」

 久しぶりに、真田は本心から笑えた。

序章は異常で終わりとなります。次から一章です、よろしくお願いします。

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