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第七話 学校風景 前編

帝国歴1943年4月


あれからおおよそ10年の月日が経った。

最初こそ疑問が残るこの制度であったが実際に経験してみればなんてことはなかった。


常に清潔に保たれている学舎、およそ12畳の完全個室、毎日3食栄養バランスの整えられた食事。サニタリーの衛生面も申し分ない。

軍の学び舎ゆえに戦闘訓練や多少なりとも厳しい規則はあるものの土日は外出でき決して少なくない給与も与えられる。


ここでの学びは文字の読み書きに始まり現在は中等教育(わかりやすく言いなおせば日本の高校レベルの教育)と並行して簡単な戦略、戦術、帝国戦史、統率を学んでいる。

何より驚いたのはここでの教育の質だ。与えられる教科書、教師陣、自習室や図書館などの勉強環境どれもが素晴らしい。


あの孤児院にいたままではこうはいかなかっただろう。それぞれを専門とする各教師陣と帝国による資金の支援により私を含む子どもたちはここ10年で見違えるほどに成長しただろう。


黒板に走るチョークの音と教官の声だけが教室に響く。今は軍事・統率の授業を受けている。

その言葉を意味をひとつでも残すまいと鉛筆を走らせる。

10年前、孤児院の子供達と泥だらけに鳴りながらあの頃と比べるとずいぶん遠くにきたものだな。


「では質問をする」


教壇に立っていた教官が振り返り教室の後方を見る。

前列に座る私を含む子どもたち(もはや子供といえるのかは曖昧だが)は後列に座る40人ほどの幹部候補生と共に授業を受ける。


「戦闘中、部隊の半数が恐怖状態に陥り命令が機能しなくなった場合、指揮官はどう対処するべきか。君、答えろ」


1人の候補生が指名され全員の視線が集まる。


「は、はい! 厳格な命令を再度下し、規律違反には処罰を……」


「違う」


即座の否定。その重く低い言葉に教室の空気が凍る。


「恐怖状態の兵に対して威圧は逆効果だ。心理はさらに萎縮し、統制は崩壊する。基本が理解できていないな」


当てられた候補生は言葉を失い、分かりやすく落ち込みながら席に沈む。

教官は一拍置き、今度は前列へと目を移す。


「では、アーサー。答えてみなさい」


名前を呼ばれ視線が集まる。いまだ幹部候補生組からの視線は痛いものだがこの程度の問題は焦るほどではない。


「前提に、恐怖状態の兵は理性より本能が優位となり命令理解能力と判断力が低下します。そのため指揮官はまず恐怖の原因を除去または緩和し、心理の安定を回復させることが求められます」


教官の眉がわずかに動く。


「具体的には」


「三段階で対処を行います。

第一に、状況の単純化。命令を短く具体的にし、行動の選択肢を減らします。第二に、模範の提示。指揮官自身、あるいは信頼の厚い兵が先行行動を示し、部隊の心理的支柱となります。第三に、小規模単位への再編。恐怖は集団全体に伝播するため、統制可能な規模へ分割し、相互監視と安心感を回復させます」


「さらに重要なのは、恐怖を否定しないことです。恐怖は自然な反応であり、それを共有しつつ任務遂行へ導くことが統率の本質です」


一礼をして締める。


「以上です」


「模範的回答だ」


教室にざわめきが走る。


「恐怖状態の兵を動かすとは、力で押さえつけることではない。心理を理解し、行動可能な状態へ導くことだ。今の回答は統率の本質を捉えている。覚えておけ。兵を動かす前に、人を理解せよ」


教官の視線が幹部候補生へ向く。

諭すように、警告するように告げる。


「他人を侮る暇があるのならば、まずは彼を見習え」


その後授業は滞りなく進み終了を知らせる鐘が鳴る。

1時間半ほどの昼休み。


それまで張り詰めていた教室の空気が緩み雑談とざわめきが広がり始める。


私は早々に席を立ち教室を出る。

向かう先はもう決まっている。


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