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第六話 帝国立軍事大学ツェントル

軍人たちの背に導かれるがまま、私たちは緩慢に、しかし確実に歩を進めていた。


先導する彼らの背は一切の逡巡を許さぬ直線を保ち、その沈黙そのものが命令として機能しているかのようである。声による指示は不要であった。ただその存在が、私たちの進路と選択肢をすでに規定している。


校舎の玄関へと至る道程に至るまで、この帝都の中枢に相応しき厳格な整備が施されていた。

整然と敷き詰められた石畳は幾何学的な秩序をもって配置され、いかなる歪みも許容せぬ完璧な均衡を保っている。そこには人の往来による摩耗の痕跡すら見当たらない。まるでこの場所が「使用される」ことよりも、「完成された状態を維持する」ことを目的として存在しているかのようであった。


一歩、また一歩と踏みしめるたび、靴底を通じて伝わる硬質な感触が私の神経を刺激する。

乾いた音が規則的に響き、その単調な反復は儀式めいた律動となって空間に拡散した。


それは歓迎の音ではない。

むしろ、侵入者を測定し選別する無言の審問のように感じられた。


この場所そのものが、私たちの存在価値を値踏みしている、そのような錯覚すら覚える。


やがて先頭の軍人が足を止め、振り返ることなく口を開いた。


「さぁ。本日より、ここが諸君の学舎となる」


抑揚の少ない声音でありながら、その言葉には確定事項としての重みがあった。

選択の余地は存在しない。ただ告げられた現実を受容するのみである。


直後、重厚な校舎の扉が静かに開かれた。


外界との境界線が解かれた瞬間、内側から流出した空気は明確な異質性を伴っていた。

長い年月を経た古紙の匂い。研磨剤のような鋭さを帯びた微かな薬品臭。そして石造建築特有の乾いた冷気。


それらが混じり合った空気は、外の世界の温度や匂いを拒絶するかのように閉鎖的であり、侵入者の精神を自覚なく矯正する力を帯びていた。


その冷たさは単なる温度の問題ではない。

思考を引き締め、感情を削ぎ落とし、存在を秩序へと従属させる圧力を含んでいる。


私は無意識のうちに背筋を伸ばしていた。


誰に命じられたわけでもない。

ただ、この空間がそうすることを要求していた。


足を校舎の内部へと踏み入れた瞬間、視界が大きく開けた。


天井は異様なほど高く、視線を持ち上げてもなお全容を把握できぬほど遠い。

光を反射する大理石の床面は鏡のように磨き上げられ、私たちの小さな姿を歪みなく映し出している。その白色は純粋さの象徴というよりも、むしろ一切の不純を許さぬ絶対的な無機質さを思わせた。


その圧倒的な空間構成を前に、私を含む子供たちの間から一様に息を呑む気配が広がる。


私たちを迎え入れたのは、吹き抜け構造を有する広大な中央空間であった。

石造りの巨大な柱が規則正しく並び立ち、その配置は軍隊の整列を思わせるほどに厳格である。柱の一本一本には緻密な装飾が施され、そこには帝国の紋章や象徴的意匠が彫り込まれていた。


壁面には巨大な浮彫、帝国の歴史を描いたであろう壮麗なレリーフが連続して掲げられている。

戦勝、征服、栄光、犠牲。そこに刻まれた物語は、無言のまま訪問者へ一つの理念を植え付ける。


この国家は永続し、服従は当然であり、個は国家の下にある、と。

玄関から奥へは、真白の廊下が一直線に伸びていた。


軍人に手招きされ、私たちは長い回廊を抜けた。

高く連なる石柱の間を進むたび、靴音が反響し、まるで自らの存在が誇張されているかのように響き渡る。外界の光は細く切り取られ、床に幾何学的な影を落としていた。


やがて視界が大きく開ける。

その先に広がっていたのは、大広場であった。


先ほどの吹き抜け構造の校舎にも匹敵する、いやそれ以上に広大な空間。

天井は遥か上方にあり、視線を向けてもその終端はぼやけて見える。人間という存在の矮小さを自覚させるために設計されたかのような構造である。


半円状に設置された観覧席が階段状に連なり、その中心には黒光りする演壇が据えられていた。

磨き上げられた床面は光を反射し、空間全体を冷たい輝きで満たしている。


広場の最奥には帝国旗と帝国軍旗が並び立っていた。

深紅の布地は微かな空気の流れに揺れ、その紋章は静かに、しかし絶対的な権威を誇示している。

そこに掲げられているのは装飾ではない。

国家そのものの意志である。


観覧席にはすでに大勢の人々が着席していた。

無数の視線が一斉にこちらへと向けられる。


「さぁ、みなさんこちらに」


軍人の穏やかな声に導かれ、私たちは半ば引き寄せられるように大広場の奥へと歩みを進めた。


観覧席の中央を貫く通路を進む。

その道は、まるで裁きの場へ向かう被告人の歩む道のようにも感じられた。


私は歩みを止めぬまま、周囲の人々へとさりげなく視線を向ける。


席の大多数を占めているのは軍服に身を包んだ者たちであった。

ただの兵士ではない。姿勢、徽章、漂う空気、いずれもが高度な訓練と階級を物語っている。おそらく幹部候補生であろう。


なるほど。

ここは軍の指導層を育成する機関らしい。


さらに視線を巡らせれば、各軍の将校と思しき人物、豪奢な衣服に身を包んだ大臣級の者、そして政界の主要人物らしき顔ぶれまで確認できる。

軍事のみならず、国家そのものが関与する場であることは疑いようがない。


おそらくこれは私たちの入学式に相当する儀式なのだろう。しかし、その場を満たす空気は祝福とは程遠かった。


注がれる視線には期待よりも疑念が多く含まれている。測るような値踏みするような、あるいは露骨な困惑。


やがて周囲から抑えきれぬ小声が漏れ始める。


「……なぜこんな子供が」

「聞いていないぞ」

「冗談だろう」


断片的な言葉が耳に入る。

囁き声でありながら、その否定の響きは明確であった。


だが、その空気を察する者は子供たちの中にはいない。


彼らは初めて目にする壮大な空間に興奮し、声を弾ませ、礼節など意にも介さぬ様子で駆け出していく。

指示された席へと小走りで向かい、椅子によじ登るようにして腰を下ろす者もいる。


足をぶらつかせながら周囲を見回す者。

旗を指さして無邪気に笑う者。

隣の子と楽しげに言葉を交わす者。


この厳粛な場において、あまりにも無垢で、あまりにも場違いな光景であった。

やがて広場全体に低く重い鐘の音が響いた。


一度。二度。三度。


ざわめいていた空間は、水面に石を落としたかのように静まり返る。観覧席の私語は止み、軍人たちの背筋が一斉に伸びた。


そして、演壇奥の扉が静かに開かれる。

現れたのは一人の老人であった。


白髪は寸分の乱れもなく整えられ、黒の礼装は過度な装飾を排しながらも絶対的な威厳を帯びている。

その歩みは遅いが迷いがない。

杖を持たぬにもかかわらず、その足取りには一切の揺らぎがなかった。


彼が一歩進むごとに、広場の空気が引き締まっていく。


軍人たちは無言で敬礼し、幹部候補生たちは一斉に起立する。


この人物が何者であるか、説明は不要であった。


学園長。


帝国立軍事大学ツェントルの最高責任者にして、おそらく帝国軍教育体系の頂点に立つ人物。


老人は演壇に立ち、しばし沈黙した。

その沈黙は単なる間ではない。

空間そのものを支配するための時間であった。

やがて彼は口を開く。


「本日、ここに新たなる入学者を迎える」


声は大きくない。

しかし広場の隅々まで明瞭に届く、不思議な響きを持っていた。


「諸君らがこれまで見てきた入学式とは異なるものであることを、まず理解してもらおう」


観覧席にわずかな動揺が走る。


学園長はゆっくりと視線を巡らせ――そして、はっきりと私たちの方を指し示した。


「本日この場に集められた子供たちは、通常の学生ではない」


広場に緊張が走る。


「彼らは選ばれし存在である」


断言であった。

一切の疑念を許さぬ口調。


「国家の精査を経て確認された、比類なき資質の保持者。帝国の未来を担う天賦の才――すなわち“天才”である」


ざわめきが爆発する。

観覧席の幹部候補生たちが明らかな動揺を見せた。

露骨な不快感を示す者さえいる。

だが学園長は意に介さない。


「諸君らが数十年の鍛錬を費やして到達せんとする領域に、彼らはすでに立っている。努力の成果ではない。生得の能力である」


言葉は静かであるにもかかわらず、残酷なほど明確であった。


「ゆえに、」


学園長はわずかに間を置く。


「本学園において彼らの教育は最優先事項とする」


その瞬間、広場の空気が変質した。

幹部候補生たちの視線が鋭さを増す。

不満、嫉妬、困惑、怒り――様々な感情が混ざり合う。

しかし学園長はさらに言葉を重ねた。


「諸君ら年長の学生には理解を求めたい。彼らの存在は競争相手ではない」


そして騒ぎの治らない広場に冷然と言い放つ。


「指標である」


凍りつくような沈黙。


「自らの未熟を知るための鏡として、彼らを見よ。

彼らの歩みに追いつけぬのであれば、それは才能の差ではない。努力の不足である」


観覧席の一部から息を呑む音が聞こえた。

明確な序列の宣言。

しかも子供と成人の間に。

学園長はようやく私たちへと視線を向ける。


その眼差しには慈愛があった。

だが同時に、研究対象を観察する学者の冷徹さも宿っている。


「恐れる必要はない」


声色がわずかに柔らぐ。


「諸君らはすでに完成に最も近い存在である。

失敗を恐れるな。試行の過程すら、常人には到達し得ぬ価値を持つ」


子供たちの多くは意味を理解していない。

それでも賞賛の響きだけを受け取り、嬉しそうに顔を輝かせた。


「我ら帝国は諸君らを最大限に保護し、育成する。

知識、環境、資源、すべてを与えよう」


そして最後に。

学園長は深く、ゆっくりと言葉を刻んだ。


「諸君らは帝国の希望である」


広場に拍手が響いた。

軍人たちが義務的に手を叩き、子供たちはそれにつられて笑顔を浮かべる。


だがその拍手の中に、確かな違和が混ざっていた。

祝福ではない。

確認の音、そしえ選別の音か。


私は無意識に自らの掌を見つめる。


天才。選ばれた存在。国家の希望。


その言葉のどれ一つとして、私の胸に温もりを残さなかった。

むしろ感じたのは、逃れようのない拘束の予感。


この学園は学びの場ではない。

ここは、何かを育てるための装置だ。


歓声と拍手に満ちる大広場の中央で、

ただ私一人だけが、その事実を静かに疑っていた。


帝国立軍事大学ツェントルでの生活は、こうして幕を開けた。

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