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第三話 魔法適正

帝国歴 1733年。1月1日


ハッピーバースデー、トゥー・ミー。

祝福すべき日であるらしい。今日で私は三歳になる。もっとも、生誕の正確な日付など知る由もないため、便宜的にこの日が誕生日として定められているに過ぎない。祝うという行為そのものが、すでに形骸化した儀式だ。


この世界に生を受けてから三年が経過した。

帝国は戦時下にあり、国家規模の武力衝突が継続している――少なくとも、公式にはそう発表されている。だが現状、街に砲弾が降り注ぐこともなく、警報が日常を引き裂くこともない。各戦線では武力衝突寸前の緊張状態が続き、互いに銃口を向け合ったまま膠着しているという。


国境を挟んで睨み合う二大国家。

一歩踏み出せば全面戦争、しかし誰も最初の引き金を引けない。

その様相は、かつての地球史における冷戦構造――核を抱えたソ連とアメリカの関係に酷似していた。


空襲警報が鳴り止まぬ日々を覚悟していた身としては、拍子抜けするほど穏やかな生活である。もっとも、この静けさが嵐の前触れであることくらいは理解しているつもりだ。


さて、三歳を迎えるこの日には、一つの重要な儀式が待ち構えている。

魔力適性検査。

この世界において、人生の大半を左右する分水嶺だ。


本日の検査結果次第では、私の余命は大きく変動する。

戦場において魔力を行使する兵士は総称して魔装兵と呼ばれる。陸上、海上、航空の各兵科に加え、魔導、魔砲、結界といった専門分野へ細分化され、その運用方法は多岐にわたる。


魔力を有するというだけで、徴兵後は即座に最前線へ投入される可能性が高い。これは一見すると致命的な不利に思えるが、必ずしもそうとは言い切れない。

魔装兵は一発あたりの攻撃力が高く、身体能力も一般兵より優れている。運用次第では、むしろ戦場で生き残る確率は高い。少なくとも、無策な歩兵として消耗されるよりは遥かに合理的だ。


もっとも、それは適切な教育と訓練を受けた場合の話である。

残念ながら、この世界には体系だった指導体制が存在しない。前線で生き残った者が経験則を語り、それを次世代が模倣する――そんな杜撰な継承が常態化している。軍大学へ進学できれば話は別だが、そこへ至る道は極めて狭く、今の私には現実味がない。


思案するには、材料が足りない。

魔力がなければ、すべては机上の空論だ。


結局のところ、今はただ結果を待つしかない。

取らぬ狸の皮算用――まさにその言葉通りである。


検査会場は、村の集会所を一時的に接収しただけの、いかにも仮設と呼ぶに相応しい建造物だった。

石造りとは名ばかりで、壁は薄く、継ぎ目からは容赦なく冷気が侵入してくる。冬の空気が肌を刺すたび、帝国軍が魔力という戦略資源をいかなる価値として扱っているのか、疑念を抱かずにはいられない。


もっとも、この場で不満を述べたところで状況が改善されるわけでもない。

末端とは常にそういうものだ。


会場内には、教会で共に育った顔なじみの子どもたちに加え、周辺の村落から集められたと思しき子どもたちが、無秩序に並ばされていた。年齢は同じはずだが、表情はまちまちだ。不安に怯える者、状況を理解できずにぼんやりとしている者、親の姿を探して泣きそうになっている者。

いずれも、国家にとっては同列の「候補資源」に過ぎない。


「次、番号三二」


無機質な呼び出しに応じ、立ち上がる。

黒い軍服に身を包んだ検査官の視線が、一瞬だけこちらを捉えた。


三歳児としては随分と落ち着いた動作だっただろう。

もっとも、その理由は明白だ。外見に反して、中身は既に状況を理解している。無駄な挙動は、目立つだけで利益にならない。


検査官は年老いた下士官だった。

片腕は義手。魔装兵として前線に立ち、使い潰された末に生き残った人間――そういう経歴が容易に想像できる。国家に消費され、それでもなお役目を与えられ続ける存在。

正直に言えば、あまり縁起は良くない。これから魔力の有無を判定されるという日に、敗残兵の象徴と対面するのは気分の良いものではなかった。


机の上に置かれていたのは、くすんだ水晶球だった。

見るからに年季の入った魔力測定用の簡易装置。高精度なものではないが、魔力の有無と大まかな出力程度は測定できるとされている。

帝国の財政事情と、地方の扱いを如実に物語る代物だ。


「手を置け」


命令は簡潔だった。

言われるまま、小さな手を水晶球の上に載せる。


冷たい。

思っていた以上に、冷たい感触だった。


水晶球は沈黙したまま、数秒が経過する。

その間、会場の空気が張り詰めていくのを、はっきりと感じた。


検査官の眉が、わずかに動く。


次の瞬間、水晶球の内部で淡い光が瞬いた。

一度、二度。

やがて、それは規則正しく脈打つように明滅を始める。


「……ほう」


短い感嘆。

それだけで、結果を悟るには十分だった。


ある。

しかも、誤差や気のせいと切り捨てられる程度ではない。


検査官は帳簿に何事かを書き込み、私を一瞥する。


「基礎適性あり。属性反応は未判定。数値は平均より、やや上」


平均より上。

これ以上ない評価だった。最低ではないが、突出もしていない。期待され過ぎず、切り捨てられもしない。

戦時国家において、生存を考えるなら理想的な位置だ。


これで即座に研究対象として扱われることもなければ、無能として後方に追いやられることもない。

前線行きの切符は手にしたが、首に縄を掛けられたわけではない――その程度の距離感だ。


私は小さく息を吐いた。

その安堵を、三歳児らしい無邪気な表情で丁寧に覆い隠しながら。


――さて。


生き残るための駒は、どうやら一枚、手中に収めることができたらしい。


問題は、この力を徴兵の時までに使いこなせるかどうかだ。

否、より正確に言うならば、使いこなしていると見なされる水準に到達できるか、である。


先ほどの水晶を用いた検査によって、魔力の大まかな挙動は把握できた。

体内のどこか深い場所に沈殿している不可視の何か。それを意識的に引き上げ、一定の経路に沿って流し、外界へと放出する。

その感覚は、呼吸に酷似している。肺を膨らませ、空気を取り込み、吐き出す――それと同じように、魔力にも吸気と呼気に相当する段階が存在していた。


もっとも、理解できたのは構造だけだ。

実行とは別問題である。


分かったことと、できることの間には、埋めがたい隔たりが横たわっている。

魔力は筋肉ではない。鍛錬を重ねれば比例して強化される単純な代物ではなく、反復によって安定する保証もない。むしろ厄介なことに、精神状態、集中力、体調といった曖昧かつ不安定な要素に強く依存する。


三歳児の身体に、三歳児の精神。

そこへ大人の思考が同居しているという歪な構造は、果たして利点として機能するのか、それとも制御不能な欠陥として露呈するのか。現時点では、判断材料が足りない。


さらに重くのしかかるのが、指導者不在という現実だ。

魔装兵向けの教本は一応存在しているが、そのすべてが「既に基礎を修めた者」を前提として書かれている。理論は記されていても、そこに至る道筋は記されていない。

実践なき理論は、戦場において何の意味も持たない。


まして私は、徴兵対象年齢に達するまで、まだ十四年もある。

一見すれば十分な猶予だが、裏を返せば、その長い年月を誰にも知られず、誰にも教わらずに過ごさなければならないということでもある。


下手に目立てば、軍の関心を引く。

早熟な魔力保持者は、教育対象ではなく、試験材料か即戦力として扱われるのが常だ。実験か、前線か。どちらも選択肢としては論外である。


かといって、力を隠し過ぎれば、徴兵時に「使えない」と判断され、訓練も装備も最低限のまま消耗品として扱われる危険性が高い。

凡庸であることと、無能であることは、似て非なるものだ。


――要するに、最適解は一つしかない。


平時においては凡庸。

しかし、有事においては確実に生き残れるだけの力を備えていること。


欲張りな条件だが、戦場ではそれくらいでようやく及第点だ。


まず必要なのは、魔力の「流れ」を身体に刻み込むことだろう。

出力を高める必要はない。むしろ抑える。漏らさない。暴走させない。

細く、小さく、しかし確実に――それでいい。


幸い、この身体はまだ柔軟だ。

余計な癖がつく前に、正しい流れを日常の一部として定着させることができれば、魔力は意識せずとも巡るようになるはずだ。呼吸と同じだ。意識しなくなった瞬間、それは本当の意味での武器になる。


問題は、訓練の場所である。


家の中は論外。

外界もまた安全とは言い難い。魔力反応に敏感な者が近くにいないとも限らない。


ならば――

人目につかず、多少の異変が許容される場所。


私は小さな頭で、村の周囲の地形を思い描く。


森。

獣の気配、自然魔力の乱流。多少の異常は環境のせいにできる。失敗しても言い訳が立つ。


結論は出た。


生き残るための訓練は、誰にも知られることなく、静かに、そして着実に始めなければならない。


これは英雄になるための準備ではない。

ただ、次の年を生きて迎えるための――極めて現実的な戦争準備だ。


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