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第二話 状況整理

帝国歴1732年。


さて、近況報告といこうか。

この世界において新たに発行された私という存在、その名はアーサー。少なくとも、あの日、妙に格式張った礼装――私の感覚ではどう見ても宗教系コスプレにしか見えなかったが――に身を包んだ神父然とした人物がそう告げたのだから、名前に関しては概ね正確なのだろう。

いかにも物語の主人公然とした響きではあるが、期待されても困る。残念ながら王族でも英雄の末裔でもなく、ただの孤児である。


どうやらこの世界の私は、両親に「選ばれなかった」らしい。

もう少し正確に言うなら、父は兵士として戦場に赴き、見事に二階級特進という名の完全退場を果たした。母はその後、たった一人で私を抱え生き延びようとしたが、現実という名の重力に耐えきれなくなったのだろう。結果、僕はこの教会に置き去りにされた。

最後に残されたのは、額へのキスと名前だけ。そう後になって神父が教えてくれた。

要するに、親権は放棄され、私は信仰施設に廃棄されたというわけだ。

素晴らしい。これぞ人間の愛。あまりの美しさに涙腺が仕事を放棄しそうになる。


さて、何を嘆くべきなのだろう。

両親に捨てられた事実か。

終わりの見えない戦争か。

それとも、子を手放すという選択肢を現実的なものにしてしまった帝国の経済と社会構造か。

考えようとしたところで、どれもあまりに出来が悪く、怒りや悲しみ以前に思考そのものが停止する。人は本当に呆れ果てたとき、ため息すら出ないものらしい。


まあいい。捨てられたという事実自体は、どうでもいい。

思い入れのない、形式だけの家族だったのだから。顔も知らず、声も知らない父と母に向ける感情を、残念ながら私は最初から支給されていない。南無阿弥陀仏安らかに眠ってくれ。


ふと、思考の隙間に時折、向こうの世界に残した両親の存在が浮上する。

それは郷愁でも後悔でもない。単なる事実確認に近い、思考の副反応だ。


既に死を迎えた過去は、いかなる理屈を用いても書き換えられない。戻りたいという衝動が完全に消失しているわけではないが、それは感情の惰性に過ぎず、現実的検討に値するものではない。時間軸が連続しているのか、あるいは断絶しているのかすら不明な現状では、想像は無意味な消耗にしかならない。


仮に、あちらの時間がこちらと並走しているのだとすれば。

今頃の私は死亡者として処理され、葬儀を経て、骨片へと還元されているだろう。遺骨を前に、彼らが涙を流している可能性も否定はできない。

生きている主体が、死者として哀悼されている。この構図は感情の問題ではなく、世界の構造が生む必然的な矛盾だ。


親不孝という語を適用するのは、やや安易かもしれない。

だが結果として、彼らに余計な喪失を与えた事実は動かない。許しを請う資格があるとは思わないが、思考の整理として一度言語化しておく。

こちらは、こちらの場所で生き延びる。それ以上の意味付けは不要だ。


感傷は、ここで切り捨てる。


この世界での経過は、二年。

最近になってようやく、記憶の定着と再生が安定し始めた。乳児の未成熟な脳は、思考という行為そのものに過剰な負荷を強いる。考え続けるだけで、身体が先に音を上げる。


しかし、記憶が安定したという事実は、猶予の終了を意味する。

世界を知らずに生きることは、危険以前に無謀だ。情報は単なる知識ではなく、生存率を左右する資源であり、時として生命そのものより重い。無知のまま環境に適応できるほど、この世界は親切に設計されていない。


だから行動した。

歩行にすら未熟さが残るこの身体を無理に動かし、教会に保管されている書物を可能な限り読み漁った。内容の大半は、神性や信仰を賛美する観念的記述で占められており、実用性は乏しい。現実を測る尺度としては不十分だった。


それでも、成果はあった。

断片的ではあるが、自分が属する国家――帝国の輪郭は把握できた。

少なくとも、どのような秩序と論理の中に投げ込まれているのか、その大枠だけは視認できるようになった。


知った上で、生きる。

それが現時点で選択可能な、唯一の合理だ


調べを進めた結果、予想は裏切られなかった。

この帝国は、典型的な覇権主義国家だ。


表向きの説明では防衛や秩序維持を掲げているが、実態としては周辺へ恒常的に牙を向けている。帝国史を通覧すれば一目瞭然で、年代の大半が戦時下に分類されている。しかも、その多くが勝利で終結している。

勝ち続けた戦争が、軍事主義を正当化し、常態化させた。因果関係としては分かりやすい。


さらに問題なのは制度だ。

一定年齢に達すれば、性別を問わず徴兵対象になるらしい。例外は少ない。理念上は平等で、公平で、進歩的なのだろう。

男女共同参画が完全に機能した、実に立派な国家だ――建前としては。


実態は最悪に近い。

私は静かに生きたい。余計な義務に消耗されず、知識を集め、世界を理解しながら時間を使いたい。そのために初等教育機関に通うという選択肢も考えていた。

だが、国そのものが人間を資源として扱う以上、その計画は著しく不安定になる。


ここまでが一つ目の問題。


そして、もう一つ。

こちらは制度ではなく、世界の前提そのものに関わる事実だ。


この世界には、魔力が存在する。

比喩ではない。現実逃避の産物でもない。誇張でもない。確認済みの事実だ。


ある日、教会で子供の一人が軽い外傷を負った。その際、シスターの一人が意味不明な音列――少なくとも、僕の理解体系には属さない言語――を口にした。

次の瞬間、傷は消失していた。過程は省略され、結果だけが成立していた。


理解不能、という評価が最も正確だ。

何が起きたのか説明できないし、再現原理も不明だ。観測された事象だけが事実として残る。


――と、ここまで書いておいて何だが、少し整理が雑だな。


失礼。

ここからは、もう少し真面目に考えよう。


もっとも、いわゆるファンタジー作品で頻出する要素は、この世界にはほとんど見当たらない。

魔法は神秘でも奇跡でもなく、この国においては明確に兵器として分類されている。戦争の過程で洗練され、体系化された技術――それが魔法だ。


帝国史を俯瞰すれば、その因果関係は単純である。

戦争が技術を促進し、技術がさらなる戦争を可能にした。その循環の中で、魔法技術は発達し、結果としてこの国は戦争に満ちた歴史を積み重ねてきたのだろう。


一般に想像されがちな異世界像――中世ヨーロッパ的な社会構造とは、この世界は明確に異なる。

確かに魔法技術は存在するが、社会の成熟度はそれほど牧歌的ではない。比喩するならば、二十世紀初頭の欧州国家に近い。官僚制が整備され、軍需産業が文明発展を牽引する、あの歪んだ近代だ。

悲しいことに、文明の加速は常に戦争を触媒としてきたらしい。


また、魔力がもたらした変化は、魔法技術の確立だけに留まらない。

生物学的な前提そのものが、地球とは異なっている。


この世界では、明らかに別系統の進化を遂げた種族が存在する。初めて、耳の長い人型種――便宜上、エルフと呼ぶべき存在を目にした時の違和感は、今なお記憶に残っている。

なぜ、このような分岐が生じたのか。


現時点での私の仮説はこうだ。

魔力は、本来、生身の人間にとって有害な環境要因なのではないか。


酸素は生命維持に不可欠だが、過剰になれば細胞を破壊し、最悪の場合死をもたらす毒となる。しかし多くの生物が生存できるのは、体内に防御機構を備えているからだ。

これと同様に、何らかの要因でこの世界に魔力が発生し、それに適応できなかった生物は淘汰された。一方で、偶然にも魔力への耐性、あるいは防御機構を持っていた個体のみが生き残る。


その結果として、地球とは異なる進化経路が固定化された。

長耳の人型種も、その副産物に過ぎないのだろう。


もっとも、これは専門家による検証を経た理論ではない。

私は生物学者ではないし、実証データも持ち合わせていない。

あくまで、現時点で得られた情報を基にした、合理的仮説に過ぎない。


もっとも、それ以外の環境条件は地球と大差ない。

重力、気温、天候、大気組成――いずれも生理的違和感を覚えるほどの差異は存在しない。この点に関しては、正直に言って助かっている。言語についても同様だ。翻訳過程を必要とせず、自然に理解できる。少なくとも、意思疎通という最低限の基盤は保証されている。


だが、天体だけは例外だ。

夜空を注意深く観測すると、決定的な違いが浮き彫りになる。地球では季節ごとに姿を変えるあの三角形の星並びは、ここには存在しない。その代わり、月と呼ぶにはやや躊躇する衛星が三つ、夜空に浮かんでいる。

環境がどれほど似通っていようと、空を見上げた瞬間、ここが異世界であるという事実を否応なく突きつけられる。


……話が逸れた。

悪い癖だ。軌道修正しよう。


本題は魔力だ。

この世界で生き残るための鍵となる要素であり、避けて通ることはできない問題。焦点は一つ――私にも、それが扱えるのかどうか。


魔力には適性が存在するらしい。才能と呼んでもいい。適性を欠いた者がどれほど努力しようと、魔法は発現しない。努力が万能だという考えは、この世界では通用しない。


そして現実として、私はいずれ軍に徴収される。

徴兵開始年齢は十八歳。ならば、戦場での生存確率を少しでも上げるために、魔力はあった方がいい。持たない理由がない。


適性の有無は、三歳時点で判定される。

帝国では全ての子供に対し、魔力適性検査が義務付けられているらしい。適性ありと判断されれば、「おめでとう、君は魔法が使える」という扱いになる。祝福に見えて、その実は別の意味を持つ。


問題はその先だ。

魔法を教える人間が、圧倒的に不足している。この教会でも、帝国全体を見渡しても、専門的な指導者はほぼ存在しない。基礎的な読み書きや簡単な算術までは教えてくれるが、それ以上は自己責任。学びたければ、金を稼いで学校に行け、という方針らしい。


そもそも魔法を扱える人材は、貴重な軍事資源だ。

戦争に使わない理由がない。適性が確認され次第、速やかに前線送り。十分な訓練期間など期待できない。例外は、体内魔力量が極端に少ない場合のみだ。先のシスターがその例に当たる。


ろくな教育も受けずに戦場へ放り込まれる。

死ぬのが前提の運用だ。人材を消耗品として扱う国家が、育成に時間を割くわけがない。

軍大学のような制度も一応存在するらしいが、資金面を考慮すれば入学は現実的ではない。選ばれた者だけの逃げ道だ。


変えられない構造を恨んでも、意味はない。

怒りは理解できるが、解決には寄与しない。


恨むべき対象があるとすれば――

こんな世界に放り込んだ、あの女神だろう。


だが、それすらも今となっては優先度が低い。

重要なのは、現在の自分に何ができるか、それだけだ。


なお、こちらの性別は男らしい。

どこぞの幼女になったサラリーマンと比べれば、多少はマシな立場だろう。

少なくとも、可能性という名の余地は、まだ残されている。

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