3話 すずらん通りにて
僕には、こうした状況への心構えがいくらか備わっている。
僕はいたって冷静だった。大体の僕は冷静だ。いつもならまずは交番をさがし、そして事情を聴かれる、それからなんとかやり通す、このパターンだ。警官は今頃困っているだろう。警官など嫌いだが。
けどそんな不安な時間は、わりと短く終わる。
思いがけず、池田さんの方から僕を見つけに来たのだ。池田さんは曲がり角からやってきた。
向こうは心配していたらしい。僕の姿を見ると、ほっと息をなでおろし、「無事か……よかった」そう言った。
ぼくはそれに「はい」と、やっぱりそう答えた。すこし温かい。厚着をしているからだ。僕は服を脱いだ。書店の並ぶ通りに行き、池田さんがそこで本を見て回った。書店はクリスマスセールで、店の棚にはクリスマス関連の本が並んで……いない。
聞いたことのない出版社の出している、地方の本ばかりがそこにはならんでいた。池田さんはここで資料を買いに来ることが多いという。
書店の店員に僕の苗字を告げると(割と変わった苗字なのだ)その名字の作家がいないかどうかを店員に池田さんはたずねた。店員はすらすらと二、三の作家をあげたが、表紙の裏に写った本の写真に両親はいなかった。
「いないか」
「はい」
「だめか」
「はい」
それから別の店に入ると、店員が、
「なにか、お探し物ですか?」と、たずねる。
「じつはこの子の両親を探しているんですよ。おそらく作家関係じゃないかと思ったんですが、あくまでも仮説ですが、この線は駄目そうですね」
「警察の方ですか?」
「ええ、じつは」
池田さんはこれまでの事情を話した。書店員はピンと来たのか「一年前の本なのですが」と言って本を取り出してきた。
「この本に書かれている記述は、ひょっとして参考にはなりませんか?」
池田さんは、それは参考になると言い、書店員に礼をのべ、本を買い、近くのカレー屋に入って入手した本を広げた。
本は、ノンフィクションだった。サイン本だ。両親や土地の記述は妙にぼかされていたが、僕には覚えがあった。一年前、人が僕に話を聞きに来たことがあったからだ。多分その人かもしれない。僕は妙に興奮して、やっぱり「はい」と、答えた。
池田さんは電話をかけ、「出版社の方に問い合わせてみたら、このノンフィクション本の著者と話ができることになったよ。そうなれば君の家もすぐにわかるな」と、笑った。
それはいいことなのか。おそらくいいことなのだろう。僕にはわからない。でもなぜか、僕は張り切る気になった。
その日は電車とバスを乗り継いでふたたび葉山に戻り、池田さんの家の食事を、今晩もごちそうになった。
夕食は刺身とわかめのみそ汁、それと近くの山で採れた山菜の小鉢だった。どれもみなおいしく、警察の家で厄介になっていながら悪いとは思いながらも、僕はそれだけでは足りず、夜、こっそり抜け出して、近くのコンビニまで買い食いに向かった。
ここにいつまでもいたい。
コンビニは集団暴走のたまり場になっていた。コンビニのすぐ前で、チキンをソフトドリンクと一緒にほおばり、ちょっとしたパーティーを開いているようだ。




