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「近衛兵、反逆罪で早くこの男を殺しなさい!」
「お母様の言う通りよ!」
「早く縄を解いて、僕たちを解放しろ!」
「まだ、状況が理解出来ていないようですね」
「卑しい妾の子が、赤子のうちに殺しておくべきだった……!」
憎々しげに口を開いた皇后が、男の持つ剣で首が飛ばされる。
「きゃああああああ!」
宮殿に悲鳴がこだまする。
ゆっくりと靴音を響かせて近づいてくるのは、第四皇子のレオン・ヴァレンティアだ。
玉座の間には、私を含む皇族が後ろ手に縄で縛られて転がされていた。周りは近衛兵に囲まれ、脇目で覗くと、ぎらぎらと憎悪がこもった瞳で睨めつけられる。
「レオン! 確かそんな名であったな? 皇帝の座をおまえに譲るから、儂を……儂だけは助けてくれ」
皇帝である父が、自分だけ命乞いを始めた。皇子や皇女たちは母である皇后の死に様に震えて、レオンを罵り叫んでいる。
「兼ねてよりの傍若無人の振る舞い、民の血税である国庫を食い潰すほどの贅沢三昧、皇后に至っては私腹を肥やす始末」
カツン、カツンと靴音が大きくなる。目と鼻の先まで迫ってきたレオンの翠玉の瞳は、冷たく私たちを見下ろした。
「今日ここで貴様らを断罪し、政権を簒奪する!」
冷酷な視線から逃れるように俯いてぶるぶると震える。
どうして、なぜ、私がこんな目に遭うのか。
レオン・ヴァレンティア。
妾のルナリア様から産まれた第四皇子であり、忌み子。
彼の母であるルナリアは元は踊り子で、絶世の美女であるその美貌に虜になった皇帝に無理やり手篭めにされた。大きな腹を抱えたルナリアが妾となり、宮殿に入内したことから全ては始まったのだ。
しかし、産まれた赤子は黒髪緑眼の忌み子であった。
ヴァレンティア帝国の皇族は、代々紫水晶の美しい瞳を受け継いでいた。
ルナリアは黒髪碧眼、皇帝は金髪紫眼であり、レオンは明らかに皇帝の子ではなかった。しかし、皇帝は唯一寵愛したルナリアを信じて皇子として今まで育てていた。といっても、得体の知れない子であるレオンに関心があるわけではなく、存在も無視に等しい扱いを受けていた。
また、皇帝が許しても、その周りのものの反応は違った。
皇族の証である、神秘的な紫の瞳を持たないレオンは異質なものだったため、皇后を筆頭に、メイドや侍従に至るまでルナリアと共に冷遇されてきた。
どれほどルナリアが寵愛されようと、レオンが真に迎え入れられることはなかったのだ。
ことを荒立てることをせず、慎ましやかに生きていたレオンだったが、ルナリアが皇后に毒殺されたことで変わってしまった。
相変わらず大人しく、息を殺して生きていたが、ルナリアが殺されたあとからレオンはめきめきと力をつけ、皇帝の座を狙っているのではないかと噂がたつほどに成長した。
そして二年後の現在、彼が二十一歳になった年の今、レオンはクーデターを起こし、皇族を皆殺しにしようとしていた。
回想をしている間に、隣に捕らえられた皇帝や第一側妃、私以外の皇帝の子供は皆、殺されてしまった。
恐怖で震えながら、目の前に立つレオンを見上げてつぶやく。
「…………なぜ……こんなことを?」
「さあな」
「……っお兄様! 私はあなたを虐めたりしておりませんわ!」
「そうだな」
レオンは相槌を打つと、腰の剣を緩慢な動作で引き、鞘と刃が当たる音を響かせた。
「だが、皇族は皆殺しにしてやる」
憎悪の炎を揺らめかせる瞳に、もう手遅れだと悟る。
「第三皇女リリアン・ヴァレンティア。最期に言い残したいことは?」
私を見下ろす眼差しがどこまでも冷酷で、一切の感情が見えない。
「お兄様だって、皇族なのに」
「俺は皇族ではない」
険を帯びた翠玉の瞳が光る。
「そんな……っ」
レオンが剣を振り上げるのを視界にとらえたあと、首に冷たい金属が当たると同時に、頭の中が暗くなった。
どうして! 異質なお兄様を虐めたのは私じゃないのに!
妾のルナリア様を殺したのも、私のお母様を殺したのも皇后なのに!
私も他の皇族に虐められ、見下され、暴力を振るわれていたのに。
虐められていた私がレオンを助けることなんて出来なかった。
皇族だからってどうして私が殺されるの?
一体私が何をしたというの?
深く暗い水の中を沈んでいくように、私の意識は途絶えた。
◾︎
意識が沈んだあと、荒い呼吸で飛び起きる。咄嗟に右手で首を押えて、繋がっているのを確認する。
首が、繋がっている、切れていない。
部屋の窓に視線を向けると、暗く、宮殿は夜に静まり返っていた。
クーデターを起こしたお兄様に、首を飛ばされるという妙に現実感のある夢だった。
寝汗が酷い。
ベッドの横に置いてある水差しで、水を飲む。
水差しがいつもより重い、それに、手も見慣れたものよりふた周りほど小さい。
嫌な予感がしつつも、ベッドから降りると、目線がいつもより低い。
──まさか!
急いで、近くの鏡台の前に立つ。
月明かりに照らされた銀白色の髪は波打ち、紫の瞳は見る角度で少しずつ色が変わる、皇族眼を持つ子供が映っていた。
間違いなく、子供の頃の自分だ。この間十八歳となった私とは似ても似つかず、青ざめて酷い顔をしている。
「…………夢じゃなかったの?」
両手を自分の頬に置いて鏡を見つめる私は、どう見ても子供の頃のリリアンだった。
心臓が早鐘を打ったまま、胸に手を当てて部屋を見渡すと、椅子にかかった喪服に目が留まる。
これは、九歳の時にお母様の葬式で着た喪服だった。
ぽろぽろと涙が滑り落ちて、喪服に吸い込まれていく。
巻き戻ったのに…なのに……お母様、もうこの世に居ないのね。
やはり、間違いない。
私が九歳でレオンが十二歳の時に、時間が巻き戻っている。