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飛空機構都市ワスレナ  作者: 00000‐忌210220‐00000
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純白の街

 その日の夜の事。私は不思議な夢を見た。朧気な意識がまず最初に認知したのは、冷気だった。

 風が吹きつけるようなこともなく、ただその空間が停滞しているかのような、静かな冷たさ。空気は乾いており見通しは良いが、もし天候が悪ければ雪でも降っているのだろう。

 得体のしれない空間に僅かながらの恐怖心と多大な好奇心を抱く。広い空間を反響する風音が耳をくすぐり、呆然と空を見上げた。


「なんだこれは……」


 視界に飛び込んできたのは、一面の白。ドーム状に広がっているその純白は、まるで空に洗い立てのシーツを覆いかぶせたかのようだった。よく見るとそれが雲や霞ではなく、硬質な輝きを放っているのがわかる。遠く彼方まで広がる白い天井の上には、なにやら植物のようなものが影を作っていた。

 幻想的な風景に思わず息を吞む。それが空でないことは確かで、しかしその正体はわからない。まるでスノードームの中にでも居るかのような気分になった。


 幻想的な天井とは裏腹に、地上部を見てもう一度驚く。

 背の高い建造物が乱立し、それでいてどこか規則性を感じるデザインをしている。景観のためだろうか、建物の外壁は全て純白に染められている。そこは紛れもない街だった。

 一際目を引くのが、街の最奥に聳え立つ巨大な塔。街全体が純白なのに、その塔だけは淀んだ鈍色をしていた。全体の景観を損ない、螺旋状に伸びだ階段や増改築を繰り返したであろう歪さが目を引いた。遠く離れていてもその不気味さが伝わってくるあたり、かなり巨大な塔であることがわかる。


 これは……夢か。


 しかし明晰夢にしたってやけに壮大だし、私の見たことのないものばかり。寝る前に開いたメールがいけなかったのだろうか。変な夢想をしてしまったことにも原因がありそうだ。

 しかしせっかくだから少し探検してみよう。夢なのだからいつ覚めるかもわからない。楽しめる内にできる限り散策してみよう。

 そう思って一歩踏み出した。


カチャン


 足元から変な音がした。まるで金属のような硬質で軽快な音。

 はて、気になって下を見てみれば、なんと踏み出したと思った足が真っ白な輝きを放っているではないか。元々外に出ない方ではあるけど、ここまで色白なわけがない。私はいつからこんなに色白ツヤツヤになったんだ。

 混乱しつつも足を左右に軽く振ってみると、その真っ白な足も私が意図した動きを模倣する。

 どう考えても私の足だった。体中をぐるりを確認すると、どうやら全身が同じような真っ白な素材で覆われている。まるでロボットみたいだけれど、声は出せたし視界も良好。音だって問題なく聞こえる上、この体が自分のものだとわかる程度には感覚が返ってくる。それに違和感もそこまで感じない。服を一切纏っていないのは確かで少々恥ずかしいし、自分の顔がどうなっているのかもかなり気になるけど。


 まあ、夢の中なのだからそんなことがあっても良いだろう。


 気を取り直して街の散策を開始。純白の街は地面まで真っ白なようで、貝殻を細かく砕いた砂の絨毯みたいな感触をしている。スノードームの中にいるのに砂浜を踏みしめるなんて、変な気分だ。

 しばらく建物を横目に歩くも、看板や表示の文字が読めない。私の夢なのに私の知らない文字が使われていることに多少の不満を覚えたが、街並みが素敵なので良しとする。

 さらに進むと、遠くからでも大きいことがよく分かった鈍色の塔が近づいてきた。


「しかし誰にも会わないな」


 街並みに生活感があるのに、住民を1人として見ない。街を包む冷気も相まって、ゴーストタウンみたいだ。物音1つしないし、人の気配がまるでない。

 こうなったら意地でも誰かに会いたいな。ちょっとばかし寂しくなってきた。

 正面に見える塔を見上げる。やはりかなり大きい。100mは優に超えてそうだ。あそこからなら街の全体が見えるだろう。周辺の建物も高い造りをしているけど、物見台にはなりそうにない。


 意を決して塔を登るべく歩き出した。相変わらずカチャカチャと妙な足音を立て、やがて入口と思わしき門にたどり着く。

 門は格子状になっており、奥の様子が少しわかる。どうやら広場があるみたいだ。塔の周辺はとても登れそうにないほどに高い外壁が一周し、外壁上部を這う配線が蔓のように張り巡らされ侵入を拒んでいる。有刺鉄線を張ったフェンスを大規模にしたような造りをしているが、見た目から程度の差がフェンスのそれとは大きくことなることが窺えた。

 肝心の門は閉じており、この様子では内部に足を踏み入れることは難しいだろう。


「中、入れないかなあ」


 どう見ても入れないことを目の当たりにし、落胆を体で表現して門を見上げる。塔と同じ鈍色で重厚な門は、ピクリとも動く気配がなかった。仕方がないと諦めて踵を返す。


『本日の面会受付時刻は21:00までとなっております。明日また日を改めてお越しください』


 唐突に後ろから無機質な声が聞こえ、文字通り飛び上がって驚いた。

 恐る恐る振り返ると、門の横にスピーカーのようなものがある。もしかするとあそこから声がしたのかもしれない。

 機械的な音声であったため、この施設の営業時間を過ぎた後に訪れる人に向けた自動音声なんだろう。


「面会じゃないんだけどなあ」


 自動音声に言っても仕方がないが、独り言が漏れる。この際人に会えたらそれで良いやなんて思っていたけれど、こうもきっぱり拒まれて行けない場所があるのはなんだか釈然としないな。


『ご用件をお伝えください』


 スピーカーからまた声が聞こえた。もしかして返事をしてくれているのだろうか。


「塔に登りたい。できるだけ高いところから街を見渡したいんだ」


 言ってはみたが、自動音声の続きかもしれないし言うだけ無駄だったかな。しかし用件をわざわざ聞きだすのだから、何かしらの返事はあると思いたい。

 もし塔の天辺まで行くのが無理でも、人の姿があれば私はそれで満足だ。


『不審な言動をする機構を検知しました。都市座標100‐2500‐360螺旋収容施設侵入口風上。周辺の機構種は警戒態勢をとり機構兵の到着をお待ちください』


 今度は街中から大音量の声が聞こえた。相変わらず無機質な音声だが、内容が物騒だ。この不審な機構というのは状況から考えてどう考えても私のことだろう。

 誰かに会いたいなとは思っていたけど、こんな形で兵隊さんとこんばんはがファーストコンタクトだなんてあんまりだろう。


 先ほどから物音1つしなかった街が、音声を起点に騒めきだす。そこら中から金属の擦れる音や、硬いものが当たる音が聞こえだした。

 どう考えてもおかしい。先ほどの全体放送と言いこれではまるで、私が不法侵入でもしたみたいではないか。

 ギギギと鉄の軋む音がして、目の前の門が開き始める。今なら入れるかも? と淡い期待を抱くが、どう考えても歓迎しているようには見えない。

 さらに遠くから何かが走ってくる音がして、目を見張った。


 機械の犬がいた。機械の鳥がいた。機械の羽虫がいた。


 追われると分かった瞬間、私は来た道を走り出していた。どう見ても機械だった。周辺の家屋から漏れる金属音の正体も、奴らのような無機質なものだったらどうしよう。来た道は大通りとなっており、両側には人の住んでいそうな建物がたくさんあった。逃げ場はないかもしれない。

 走りながら、ふと後ろを振り返る。機械の犬と目が合った。望遠レンズのような瞳はまっすぐ私を逃がすまいと捉えている。鳥の方も犬と並走してかなり近い距離まで迫ってきている。

 このままでは追いつかれてしまう。もっと速く走らなければだめだ。もっと効率の良い走り方をしなきゃ追いつかれる。


『二足競技走法をインストールします』


 今度は私の脳内に響くような声。今はそれどころじゃない。機械とは言え、犬なんかに追いつかれたら噛みつかれるかもしれないじゃないか。今はとにかく速くここから逃げるんだ。

 いつの間にやらすぐ隣まで迫っていた機械の羽虫が、視界の横に映る。


「通報のあった不審機構ですね。逃走を今すぐにやめてご同行願います」


 羽虫が話しかけてきた。このスノードームで初めて聞いた肉声がこれだと思うとモヤモヤするが、羽虫が話すと羽音も相まってかなり気持ち悪い。


「イヤです逃げさせていただきます」


 私に並走する羽虫を手で思い切り払い落し、問答の余地すら与えない強固な姿勢で拒否する。羽虫が話すとか生理的に無理。この間足は止まることなく走り続けているのだから、我ながら執念深いなと思う。

 羽虫を払われたことに腹をたてたのか、犬と鳥はスピードを上げて本格的に私を取り押さえにきた。


『二足競技走法のインストールが完了しました』


 また脳内に響くような声。いよいよ真後ろまで迫ってきた追っ手が蹴りだした踵に触れそうになった時のことだった。

 走る速度が急に上がった。何か特別に意識しているわけでもなく、がむしゃらに走っているだけなのに。

 これ幸いと犬と鳥を遥か後ろへ置いていくほどの速度で走り出す私の体。一体どうなっているやらさっぱりわからないが、逃げられるのならそれでよし。

 この先しばらく進んだら、隠れられる場所に入り込もう。ある程度距離があれば見つけるのは難しいだろう。


 上手くいきそうだと調子づいて油断した私は、足を絡ませて盛大にずっこけた。

 純白の地面を頭から滑っていく私。後ろからものすごい勢いで迫ってくる追手。もう立ち上がっても間に合いそうにない。

 すぐに追いついた犬に逃がすまいと噛みつかれてしまった。


「ご同行願います」


 そのまま逃げてきた道を辿って引き摺ろうとする犬の言葉を受け、やはり逃げ場はなかったと項垂れる。

 私はその要求を素直に呑むしかなかった。

 

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