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飛空機構都市ワスレナ  作者: 00000‐忌210220‐00000
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天空の絵空事

 室内にキーボードを打つ無機質な音が鳴り響く。

 本日12時期限の提出物の完成までは、残り僅か。もっとも残された猶予もまた僅かであり、時計の針は今に重なり合おうとしている所だ。もっと早く完成させろだって? 夏休みの最終日まで宿題が残っていない小学生なんてそういないだろう。それと同じだと思ってもらいたい。私は高校生だけどね。

 文字数を稼いだだけの心の籠っていない文章だが、時間が限られている中クオリティまで求めていては身を滅ぼしかねない。

 しかしこの地獄も残り僅か。なんとか規定の文字数を叩きこんだデータを送信する。


「間に合ったか」


データの送信を完了させたその直後、時計の針は邂逅を果たした。ギリギリだった。今度からは計画的に、もしくは早めに提出物をこなそうと心に誓った。

 そう。提出期限が迫っているのに提出物を認知すらしていなかったことや、期限当日に気が付いたもののまだ時間があると余裕綽々と構えていたのは仕方がないこと。

 私の所属する学校はVR通信制度を採用しており、登校の必要がないためレポートや課題はしっかりと確認しなければいけない。一応VR空間内に教室は存在しているが、それすら自由登校となっている。

 この際間に合えばそんなことはどうでも良い。期日までに提出物を完成させ、間に合わせたという結果があれば他の事など些細な事だ。


 ひとまず作業を終えたので、一息つこうと席を外そうとした時のことだった。


『未読メール1件』


 もしや提出物が間に合わなかったのか? と冷や汗をかく。恐る恐るメールの内容を確認すると、見たこともないような宛名でURLが添付されているのみの文面。

 新手の詐欺か何かだろうと勘繰ったが、初めて遭遇した不思議なメールに好奇心を抑えられず、何気なくURLをクリックした。


『問一 あなたの絵空事を教えてください。』


 URLをクリックした直後、質問がどでかく表示されたページに飛ばされる。主張が強すぎやしないか、この質問。しかし質問の内容は興味深い。例え詐欺だとしてもこちらから連絡を取ったり振り込んだりしなきゃなんとかなるだろう。興が乗った私はこの内容を真剣に考えることにした。


「しかし、絵空事か」


 絵空事なんてのは、まさに絵に描いたような嘘で塗り固められた空虚な妄想などだろう。事実無根のものから脚色したものまで、嘘が織り交ぜられたらそれは絵空事になる。

 では私にとっての絵空事とは何か。私の空虚な嘘は一体どんなものなのか。

 例えば、私がパンを朝食にしたその日、友人にはガッツリごはん食べてきたよ、なんて答えたことがある。相手にするにが面倒で適当を言ったまでのことだが、これも絵空事と言えなくはない。

 他には、今日期限の提出物とかだろうか。これがもう終わってたらなと思うのは当然だろう? もちろんそれは絵空事に過ぎず、慌てふためいてこなす羽目になった。

 叶いもしないことぼんやりと想像してみたり、ありきたりな日常に少し脚色してみたりする。自然体で日常的に行う、ほんの少しの満足感を得るだけのささやかな嘘。

 つまらない日常に優しい色を与えてくれる絵空事は、私に彩を与えてくれる自由な水彩画のようなもの。

 絵空事とはつまり、日常に付随するほんの少しの楽しみでしかない。


 問いの解答欄には簡素に『日常』と入力し、送信する。


問二 あなたの欲しいものを教えてください。


 次の質問は至って簡単なものだった。欲しいものをなんでもあげるよと言われた時、咄嗟に出てくるものと言えばかなり限られてくる。代表的なもので金や名声、それから自由や時間などだろうか。私はまだ学生の身だからふと思いつくのはこの程度だけれど、きっと家族や友人を欲する人もいるだろう。

 両親は健在。金に困ったこともなく、さして名声が欲しいわけでもない。私はまったりと自由に生きたいからね。

 ついさっきまで時間に追われて提出物を作成していたので、ここは迷わず時間を選ぶ。


問三 あなたがなってみたいものを教えてください。


 なってみたいものとはなんだろう。将来の夢や人生の目標だろうか。しかしそれならば、質問の内容はなりたい職業にしてくるだろう。

 もっと自由に考えるのならば、それこそ自由気ままな猫になりたいだとか、広い海を自由に泳ぐ魚になりたいだなんてことも言える。

 私自身、特別なりたいものなんてない。日々なんとなく生きている適当人間には人生の目標なんてものはなく、憧れるような人物や生き物すらいない。

 強いて言うなら、機械のように無機質でありたい。何をするにも感情が伴わず、その動作だけは事前に決められた手順に倣って正確無比。今後もやる気の出ない中で、回らない頭と疲れきった心でちんたら課題をこなすような日々が続きそうだし、もしAIのような演算能力があればこれほど嬉しいこともないだろう。

 質問には『機械』と返す。


問四 あなたの望む身分をおしえてください。


 

次は身分ときた。身分と言われても現実味がないな。なにせ身分制度なんてものはとうの昔に消滅したと聞くし、私自身も身分を気にするような生活はしてこなかった。多少の貧富の差はあれど、よほどのことがなければその扱いに関して特に差は生まれない。

 私が唯一社会的な地位や身分を示せるとすれば、それは学生であることぐらいだろう。家計は扶養者から賄ってもらっている庇護の身であるため、貧民というのもまた違う。

 私は身分を持たないが、それを不満に思ったことは一度としてなかった。これは果たして贅沢な悩みなのか。それとも高望みする想像力すらないことを嘆くべきなのか。私にはわからない。

 私に身分は必要ない。言ってしまえば平民が良い。平凡で苦しくもなく、かといって権威を揮うほどの覚悟も持ちあわせていない。

 私は質問の答えに『平民』と入力した。


『質問は以上になります。この質問に最後までお付き合いいただいたあなたには、我々から世界を贈らせていただきます。お疲れ様でした』


 随分とあっけない終わりだった。次に表示されたテキストにはこれまた理解に苦しむ内容が書かれている。世界を贈るだなんていったいどうするつもりだろうか。テーマパークの招待チケットでも送られてくるのか。私は生粋の引きこもりだからそんなものには釣られないぞ。ちょっと期待はするけど。

 どうせいたずらの類だろうとは思っていたが、最後までわけのわからない内容で私を楽しませてくれた。質問の内容を考えている間は、提出物の作成で疲れ切っていた心にほんの僅かな安らぎを与えてくれた。一日の終わりの余興としては十分すぎるほどだ。

 ここでハッとする。


「一日の終わり?」


ふと時計を見れば、なんと日付が変わってから一時間も経過しているではないか。朝が早いわけではないが、もう寝なくては。

 私はパソコンの電源を落とした後、ろくに寝支度もせず床に就いた。


「不思議なメールだったな」


 布団に潜り込んでふと考える。もし質問の最後にあった世界を贈るという言葉が本当だったら、一体どんな光景をみられるのだろうか。

 カーテンから覗く窓の外をぼんやりと眺める。どこまでも続く夜空とそこに佇む月の姿を最後に、私の意識は遠のいていった。

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