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私と先生の悩み事

「美夜ちゃん結局軽音部入ったの?」



次の日。朝食の碧さん特製卵焼きを摘みながら、莉奈が聞いてきた。



「んー、やっぱりいいかなぁって」



私は、特に興味のない朝の占いTVを見ながら答えた。今日の私の運勢は、上から4番目。別に信じてはいないけど、悪くないならそれで良い。



「なんだそうだったの?勿体ない。昨日はスタジオでも寄ってきたの?」



と碧さん。和食にコーヒーを合わせられる凄い人。ちなみにミルク多め。



「昨日は・・・」



別に隠すような事でもないのだけれど、見ず知らずの男性の話をするのは少し気が引けた。



「秘密基地でギターの練習」



嘘ではない。



「何それ!夢歌も行ってみたい!」



今日も元気いっぱいの夢歌が、ウィンナーのケチャップをほっぺに付けながら言った。



「ダーメ。秘密の場所だから秘密基地なんだよ」



「美夜ちゃんて秘密基地とか言い出すキャラだっけ?あ!さては、男の気配がする」



昔から莉奈は、どこか勘が鋭かったりする。



「えー。そっちの方がなくない?」



碧さんのおかげで話を逸らせそうだけど、これはこれでなんか悔しい。でも、



「入学式早々、そんな話あるわけないでしょ。うちでマセてんのはアンタで充分」



と、莉奈に一線を引いておいた。



実際、偶々会った先生が男性だっただけで、女性に同じ様に対応されても、昨日の出来事は何も変わらなかったと思う。



「そうだ、2人今日どっちか帰りはやかったりする?」



夢歌のほっぺを拭きながら、碧が言うと、隣の莉奈は申し訳無さそうにこちらをチラチラ見ている。



「たしか今日は、オリエンテーションだけだったはずです」



「ごめん美夜ちゃん!今日デート、、、」



どうせそんな事だろうとわかっていたので、莉奈を無視して食べ終わった食器を下げる。



「じゃあ美夜、晩御飯お願い。私今日、夢歌迎えに行った後そのまま用事あるからさ」



帰りに少しだけ秘密基地で練習して、早めに切り上げれば余裕で間に合う。



「大丈夫ですよ。用事って?」



「近々もう1人、此処で暮らす事になりそうなの。その子の顔合わせがあってね」



「そーなの?夢歌お姉ちゃんになれる?」



夢歌は前々から、私達の様に『お姉ちゃん』になる事に憧れているらしい。



「残念。お兄ちゃんが増えます」



「マジで!?男の子!?」



「莉奈が興奮するような相手じゃないわよ。小学4年生。仲良くしてあげてね?」



碧さんのウィンクと、莉奈の「なーんだ」というボヤキで、今日の朝食は解散となった。



この施設に男の子が来るのは初めてで、他が全員女の子となると変に気まずくさせないようにしなければと、通学中莉奈と話し合った。



------

教室に着くと、既に何人かの生徒が登校していて、新しく出来た友人同士で連絡先の交換などに励んでいた。昨日特に誰とも話さなかった私は、すれ違った人にだけ軽く挨拶をして、窓際の1番後ろの席に座った。別に授業中に居眠りするわけじゃないけれど、隅っこの後ろという位置は少し気に入っていた。



一年生のクラスは4階。窓の外に広がる、高い所から見渡す景色も嫌いじゃなかった。



「ねぇ、東郷さん。それギターだよね?軽音部入ったの?」



ボーッと外を眺めていると、まだ名前も知らない前の席の女の子が、壁に立て掛けたギターケースを指差して話しかけてきた。



「あ、、、軽音部には入ってないんだ。私いつも、ソロで弾いてるから」



「そうなんだ。昨日も持って来てたよね?毎日練習してるの?」



「うん、一応ね。毎日触ってないと、感覚鈍っちゃうから」



父の教えの一つだ。どんなに忙しくても、1日5分でもいいからギターに触れ、と。そうすれば、いざという時でも本当の自分で演奏できる、と。いざという時が未だに来たことはないけれど、私はちゃんと、毎日ギターき触れている。



「すごいね。将来はシンガーソングライター目指してるとか?」



「いや、別にそういう訳じゃないんだけど」



私がそう言うと、彼女は首を傾げてこう言った。



「じゃあ、どうしてギターを弾いてるの?」



その瞬間、この教室の中に、私以外の人が居なくなってしまった様な感覚になった。



何故ギターを弾くのか。



何故歌い続けるのか。



私にとって、どんな難しいテストの問題よりも、苦しめ続けてくる『それ』。自分で考えてもわからない。他人から問われて、答えられるはずもない。答えがあるのかさえわからない。



彼女に悪気があったわけじゃない。この先毎日ギターケースを背負って登校して、軽音部にも入ってないとなれば、いずれ誰かは疑問に思うだろう。



他の誰でもない。私が一番、私に聞きたい。



あなたは何故、歌い続けるのか。



理由のわからない事を、何故今日まで続けてきたのか。何故この先も、続けていくのか。



楽しいかどうか聞かれても、心から楽しんでいるとは言えない。はっきりと、「趣味だから」とも言えない。



それなのに、ずっとこのギターと過ごしてきた。ずっと、ハートポストの曲を歌い続けてきた。周りの音はヘッドホンで耳を塞ぎ、父の歌声だけを聴いてきた。



一つわかっている事があるとすれば、否定されると思う事は、特定の人以外には話さない。だから、



「どうしてかなぁ。暇潰し?とか」



濁す。



こんな事だけ得意になる。そういった場面が、あまりにも多すぎたから。



「そっかそっか。でもせっかくそんなに練習してるなら、いつか聴かせてほしいなぁ。ほら、文化祭とか!部活入ってなくても、有志の部でステージ立てるらしいよ」



「そうなんだ。考えとくね」



考えると言っておきながら、本当は答えなんて決まっている。そんな事、出来るはずもない。



先生が昨日話していたように、何が悪いのかもわからないまま、後ろめたさだけに埋もれている私がいる。悩めば悩むほどに、私は自分でステージから遠ざかっている。



初めて『青』のドアを開けた、あの日の私の勇気は、もう何処かへ消えてしまって戻る事はないのかもしれない。



ーーーーーーーーー

13時を過ぎたあたりにオリエンテーションを終えて、担任の先生から軽い連絡事項を受けてから、その日は下校となった。部活動に入部を決めた生徒は、その日から参加するらしい。



軽音部ならバンドを組んだり、パート決めでもするのだろうか。あまり意識すると、余計なものに埋もれてしまいそうかこで、私はすぐさまヘッドホンを付けて学校を後にした。



坂を降り、川沿いの桜のトンネルを抜け、石段を降りて秘密基地の方へと向かう。途中コンビニなか寄ろうかと思ったけど、あの言葉を思い出したので今日はやめておいた。



朝の一件でどっと疲れたけど、其処に着いてしまえば何故かすんなりと歌えてしまいそうな、よくわからない自信があった。昔父が、似たような事を話してくれた。



何て言ってたっけ。確か、



「色んな物抱えたままで、何一つ解決もしていないのに、ステージに立ってしまえば結局同じなんだ」



『青』で初めて歌った時の事を考えると、確かにそうなのかもしれない。でも今ならどうだろう。自分で選んだステージ以外に立てるだろうか。否定を恐れて、理由も見つけられずに、ただギターを弾き続ける事しかできない今の私が。



ヘッドホンから聴こえる父の歌声は、確かに自信に満ち溢れていて。でも今の父は、もう歌う事なんてできなくて。私を

中心に、正しい事が何一つ無い空っぽな気分になった。



鏡を見なくても想像できる今の自分の表情。どのみち、そんな顔の人のステージなんて、誰も見たくないだろう。



でも、



「結局歌うんだよね」



そう呟いた辺りで、先生の家がある海岸へと続く遊歩道に着いていた。



なんだかんだで此処まで来てしまったけど、本当に迷惑ではないのだろうか。先生は、休業中だからと言っていたけれど、だったら静かに休めた方が良いんじゃないのかな。あ、でも、静かなのは好きじゃないって言ってたっけ。



そういえば知らない。先生は、どうして休業中なんだろう。



昨日と同じく遊歩道を進むと、波の音と潮風が私を出迎えてくれた。先生の家の前には、昨日も目に留まったペンキで塗り潰された看板。近づいてよく見てみると、ペンキの向こうに『クリニック』とおぼしき文字が読み取れた。玄関に自転車があるので、先生は在宅のようだ。

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