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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ
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94.内界へ行ってみた(1)

いつもありがとうございます。

「うーん、どうする? どうやって行こっか?」


 唸る姉ちゃんの声を聞きながら、俺は残りの身支度を整えた。


 今後、カイやネムの姿を他人に見られたくない場所ではこの夜鳩商会の制服一式を身につけることにしよう。


 武器はもちろん俺のアイコンになってるデスサイズじゃなくて、魔導書『眠れる銀の書』を選ぶ。これを使っているところはゴーグル団の仲間にしか見せたことがないから、俺に繋がるヒントにはならないだろう。でも、念のため魔導書ホルダーは違う色のものを用意したほうがいいかもな。


 スペルショートカットの登録魔法も『聖なる癒し』から『闇の触手』に戻しておいた。


 姉ちゃんも魔法水銃は特徴的すぎるから弓を装備して「武器も課題か……」とぶつぶつ言っている。


「まあセンリさんも怖がりすぎなくてもいいって言ってたし、とりあえずブランで行けば? というか、姉ちゃん今から仮宿にブラン戻しに行って、またこの場所にくるのは億劫じゃない?」


 俺は陽の光を浴びて黄金色にキラキラ輝くブランを見上げて言った。いつにも増してゴージャスで偉そう。


「たしかに面倒だわ」


「前に皇国領の古いマップを手に入れたんだけど、」


 と、俺はウィンドウに料理修行中に西国騎士団の資料室で手に入れたマップを表示させて確認する。


「見た感じ、皇国は壁外にもいくつか仮宿があったみたい。今も使えるかどうかはわからないけど、通り道に近い仮宿を辿りながら行ってみたらどうかな。もしそこに登録できれば従魔の交代もできるだろうし」


「なるほど名案~」


 握り拳を手のひらにぽんと打ちつけて姉ちゃんが頷いた。


「じゃあ行こうか」


 俺たちはそれぞれの従魔を連れてまずは商会の屋上ワープポイントからアルケナ神殿へ向かい、そこからゲートで『内界に出る』を選択した。周囲の世界が切り替わる。


「うわあ……」


 姉ちゃんが小さく声を漏らした。


 そこは見渡す限り砂の世界だった。砂漠の真ん中に、神殿にあったのと同じデザインの石のゲートと星見の塔がぽつんと建っている。そして、雲に覆われて見えない塔の上部あたりから幅広の、白い光の帯がどこかに向かってのびていた。


 真っ青な空と黄色い砂の世界を横切る白い帯。幻想的な光景だ。


 俺はマップを確認する。


「ここは……この塔は王都から正確な真西に位置しているみたい。あの光の先に王都があるんだね」


「ふうん。じゃあ真北に行けば北国のアルケナ神殿があるのかしら」


「そうみたい。とりあえず一番近い仮宿跡に行ってみよう」


「うん、ナビしてね」


 小さな銀雪を夜鳩商会のスーツの懐に入れる。


「あんまり暴れちゃダメだよ」


「アン!」


 好奇心いっぱいで目をキラキラさせている銀雪に言い聞かせて、俺はブランの背に跨った。ハーネスをつけて騎乗ベルトをしっかりと握る。


「いくよー!」


 周りの砂をぶわりと巻きあげて、ブランが飛び立つ。力強い羽ばたきで俺たちはあっという間に空にあがった。


「わあ……」


 地面を歩いていたときは砂漠だと思ったけれど、上から見ればそんなに砂地は広くなかった。少しずつ地面に緑色が増えて行き、前方には森のようなものがある。


「……あ」


 魔猪の群れが眼下を走っていた。


「モンスターも結構いそう……」


「戦闘も覚悟しなくちゃいけないわね」


 人が住んでないぶん、安全エリアが少ないんだな。ちらりとウィンドウを確認するとこのエリアはアルケナ神の領域のようで、称号の文字色が変化している。油断は禁物だけど、バフがつくのでちょっと安心した。


 しばらくの間、交互に現れる荒地と森の上を飛び続けた。


「あれかな」


 前方にある山の麓に集落らしき建物の影が見えた。マップを確認すると仮宿の印がついている。


「姉ちゃん、あの集落に降りて。ほら、塔みたいな高い建物がひとつだけあるでしょ、あのあたりに」


「らじゃー!」


 近くまで行くと高い建物は時計台のようだった。針は落ちていて文字盤の数字もよく見えない。他は背の低い建物が立ち並ぶ小さな町だった。


 町のメインストリートらしい場所だが、砂と雑草がすっかり地面を覆っていた。建物の下部は積もった砂に埋もれ、壁にも屋根にも緑色の網をかけたように蔓草が絡みついていた。太く大きく育った木が石造りの建物の屋根を貫いて伸びている場所もある。


 町の住人がこの地を去ってから相当長い年月が経過していることがわかった。


「えーっと、仮宿はこれか?」


 マップを確認しながら、見覚えのあるデザインの建物を探した。


 仮宿は少し高台の、アルケナ神殿の敷地内に建っていた。町の建物はドアが開けられないくらい砂が堆積しているけど、仮宿はなぜかそれほど被害を受けてない様子である。入り口のドアも少し固かったが、力を込めて押すとボロボロと小さな土の塊を落としながらすんなり開いた。


「ゲーム的な都合かな」


 メタ発言をしながら、俺たちは仮宿に入った。見慣れた仮宿のロビーを過ぎて奥のドアの前に立つと『マイルームに入りますか?  Yes/No』といういつもの選択肢が出る。


「使えるみたいだよ」


「やった!」


 なんにもない砂の町ってのは置いといて、この仮宿に登録しておけば次から夜鳩商会のワープポイントを使わなくても内界に来られる。


 俺たちはいったんマイルームに入って、すぐに出てきた。これでOKだ。


「姉ちゃん、ブランはこのままで大丈夫?」


「うん。地面は危険そうだし続投するわ」


「了解」


 俺たちは神殿の階段の上を風魔法で綺麗にして腰をおろした。ちょっと休憩だ。


 銀雪とブランにモンスターのおやつをあげて、俺たちはプレーンマフィンを食べながら神殿から坂道を下った位置にある建物をなんとなく眺めた。


「本当はさ、あちこちの家を家探しして珍しいアイテムとかゲットすべきなのかもしれないけど、家に入るのにまずドアを掘らないといけないよね」


「それはちょっとねえ」


 俺の言葉に、姉ちゃんも頷く。


「わたしたち、今回はべつにアイテム探しに来たわけじゃないから。とりあえず仮宿の登録だけすればいいんじゃないかな、そういうのやりたくなったらまた来ればいいんだし」


「だよね」


 温かい飲み物で人心地ついて、HPやFULが完全回復したのを確認して俺たちは立ち上がった。膝についた菓子屑をパンパンとはらう。


「うぉっとと!」


 ブランのところへ行こうとした姉ちゃんが蔓草に足を取られて転びかけた。俺は咄嗟に姉ちゃんの襟首を掴んで引っ張る。


「ぐえ!」


「あっ、ごめん!」


 カエルを潰したような声をあげた姉ちゃんの身体を両手で支え直す。


「姉ちゃん、だいじょうぶ?」


「うん……あやうく顔からスライディングするところだったわ」


 額に浮いた冷や汗を拭って顔をあげた姉ちゃんが、動きを止めた。


「ん? どうしたの?」


 すぐ傍にある太い木の幹を大きな目をかっ開いてじっと見ている。


「カイくん、この木って」


 言われて、俺もその木の情報を確認する。植物鑑定スキルはもってないけど、名前くらいならわかる。


「ええと……『古代木』? ってなに?」


「えっ、知らないの!?」


 大袈裟に驚いてるけど、知りませんがな。


「西5で光の魔石で航海石を手に入れたら、次に要求されるのが『古代木の木材六十本』なのよ! でもどこに生えてるのかわからなくって、夜鳩商会で買おうものなら一本五十万コルト、いまプレイヤーたちを震撼させているホットな話題よ!」


「えええ、一本五十万!? ぼったくりじゃないの!?」


 あまりにアコギな金額で悲鳴が出てしまう。


「えっ、じゃあどうしよう。ここに生えてるってこと他人には言えないけど、うちのパーティの分だけでも伐採していったほうがいいかな?」


「そうね。それがいいと思うわ」


「六十本……ってパーティ全体で六十本か」


 神殿の敷地内のものを切るのはなんとなくバチ当たりな気がするので、俺たちは坂道を歩いて下って町のすぐ裏手にある森に入った。同じ木がたくさん生えている。


「いっきにやるよ。危ないから姉ちゃん下がってて」


「うん」


風の刃(ウィンドスライサー)!」


 俺は魔導書を開いて風魔法を唱える。これは初級から使える基本の技のひとつだけど、今の俺はバフがかかっているから相当威力が強い。


 鋭利な風の刃は周囲の太い木々を根本から勢いよく切り倒した。棲家を追われた大量の鳥たちがバタバタと慌てた羽音で飛び立つ。


「おっと。風の壁(ウィンドウォール)!」


 こちらに倒れてくる木々をバリアで止めようとしたら、それらは触れる前にふっと掻き消えた。


「えっ?」


 姉ちゃんが声をあげる。


「んん?」


 俺のウィンドウに『古代木の木材×18を獲得しました』と表示が出る。


「姉ちゃん、木が自動的に木材になってインベントリに入ったみたいだよ」


「あ、そうなの……」


 なんと便利な。俺、切り倒した後少しくらい作業が必要かなって思ってたよ。


 切り株の数から計算して、どうやら一本の木から三本の木材がとれるみたい。ということは、あと十四本倒せばいいかな。


「ちょっと待っててね」


 処理が不要ならば遠慮はいらない。俺は風の刃をさくさく放って六十余本の木材を作った。


「わあ、あんなに悩ましかった木材問題が一瞬で解決しちゃったわ」


 青っぽい木の匂いを放つ切り株を前に、姉ちゃんが満面の笑顔で両手を合わせる。


「なんかもう内界に来た元が取れちゃった気がするわね!」


 いやいや。姉ちゃん、俺たちまだ出発したばかりだから!



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